085:強敵との戦い
ついに決闘の日がやってきた。
城の近くに併設されたコロシアムには、超満員の人、人、人……。
退屈な日常に飽き飽きした民衆が、目を輝かせながら……人間同士の殺し合いを愉しもうとしている。
正直な話、このまま会場ごと爆破してやりたい気分なのだけど、リリーとの約束もあるし、どうにか元の世界に帰ることを優先したい。
客席を見ていると、明らかに異国の人間の姿もチラホラと見える。
「回りの海流が荒くて他の国との行き来が難しいとか言ってなかったか?」
『ああ、今の時期だけ波が穏やかなのですよ。妖精は飛んで渡っちゃうから関係ないんですけどね』
なるほどね……。
ちなみに、四人の戦士はそれぞれ試合場の東西南北に立たされている。
北の戦士は大刀を持った筋肉質のソードマン。
サポート妖精は凛々しい男の子。
南の戦士は両手剣を持った細身のソードマン。
サポート妖精は可愛らしい女の子。
西の戦士はひょろっちい他称・大魔法使いこと、私ラムダ。
リリーは腕を組みながら私の左横にフワフワと浮いている。
そして東の戦士は……真っ黒なローブに包まれていて顔すら見えない。
というか、デカい。
身長は私の倍以上ありそうだが、本当にアレは人間なのだろうか?
武器は何も持っていないように見えるのだが……。
それに、サポート妖精の姿も見えないんだけど???
「それではルールを説明する!」
白ひげ姿の羽の生えた男が試合場の上を飛び、顔の前に現れた円錐に向かって声を上げた。
「ここに居る四人の戦士には、これから自らの生死を賭けて戦ってもらう! 勝者には帰還の約束と、名誉と、そして願いを叶える権利を与えようぞ!!!」
その宣言と共に会場は大盛り上がりだ。
あー、あのじじいマジで撃ち落としたいなぁ。
そんな事を思いながら眺めていたが、急に悪寒が走った!
これはパッシブスキル「第六感」が発動したという事。
私は無我夢中で腕を伸ばすっ!
『ぴぎゃっ!』
リリーを鷲掴みしてローブにしまい込むと、即座に詠唱を完了させる。
「精霊の加護よ、我を護りたまえ!」
私の回りに虹色に輝くシールドが出現し、その直後にキィィィィン!!とガラスを引っ掻くような不快な音が辺りに響いた。
すぐに音が止んだものの、キーン…という耳鳴りは続いている。
「なんだ今の……?」
シールドを解除すると……試合場には何も残っていなかった。
厳密には私とリリーと、向かいに居たデカ男だけが残り、北と南の戦士の居た場所には巨大な血溜まりがある。
二人の戦士と共に居たサポート妖精も消滅したようだ。
そして、試合場の上を飛んでいた大妖精の姿も……無い。
『さすがだな、やはりお前が残ったか』
初めてデカ男が口を開いた。
……私の事を知っているだと?
「「「「キャアアアアアアアアアア!!!」」」」
コロシアムの観客はパニックに陥り、会場内は騒然となる。
特等席に居た各国の王族や貴族達が慌てて専用口から逃げる姿が見えた。
『ふはははははっ! やはり人間共が騒ぐ姿はとても愉快であるぞ!』
この喋り方を聞いて、目の前の相手が誰なのかがやっと分かった。
マジで最悪だ……。
「魔王……なのか」
『力の大半を封印された状況で、我を魔王と呼べるかはいささか疑問ではあるが、貴様の想像通りだとお答えしておこう』
封印された状態ですら、周囲の人間や妖精の長を一瞬で蒸発させる化け物だとは……。
勇者達と一緒だったとはいえ、我ながらよくこんな化け物に勝てたなぁ。
「んで、魔王様はさっさと私をぶっ殺して、再び元の世界に戻って世界征服でも企んでるのかい?」
私の皮肉を聞いた魔王は鼻で笑った。
『別に我はあの世界に執着など無い。幸いにもこの世界の人間共は魔法すら使えぬゴミクズのようだしな。思う存分暴れさせてもらおうぞ。それに……』
そう言うとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『願いを叶えるだの元の世界に戻るだのと言っていた老いぼれ妖精は、先程の一撃で消し飛んでしまったではないか? 貴様、どうやって帰るつもりだ?』
え? 嘘……だろ……?
『そこで貴様に問う。もし我の邪魔をせずに降参すると言うのなら、元の世界に返してやるぞ?』
「っ!?」
この野郎、勇者に質問した時は「世界の半分をくれてやろう」みたいなクソ質問だったのに、私への質問は本気で足下見やがって……。
だがどうする?
正直な話、人をさらってきてデスゲームをさせて喜ぶような世界の連中を助ける義理は全く無い。
このまま見殺しにして、見なかった事にして、勇者達と合流して、パレードに参加して……。
平和な世界で、幸せに、リリーも一緒に……。
ふと視線を下に向けると、縋るように私を見つめるリリーの目。
……私らしくもない。
平凡な日常にうんざりして故郷を飛び出して、勇者のパーティに加わった私がっ!
平和な世界でのんびり暮らすために魔王を見逃すだと?
そんな事が……出来るものかっ!!!
「聖なる槍よ、闇を貫け!!」
私の手から放たれた槍が魔王に直撃した。
『ふはははははは!! それでいいっ!!!』
ローブを脱ぎ捨てた魔王は、私が封印する前の姿そのままだった。
「勇者パーティ全員が力を合わせて、やっとの思いで倒した魔王を相手に、パーティ最弱の魔法使い一人で挑むとか、全く無理ゲーにも程があるな……」
私が苦笑しながら呟くと、胸元からリリーがポンっと飛び出てきた。
『私も居ますけどねっ!』
「ごめんごめん、そうだったなっ!」
しばらくして、コロシアムからはほとんど人気が無くなり、かなり静かになった。
会場に残っているのは、この国のアルフ国王と側近、それに警備兵や怖いもの見たさで逃げなかった馬鹿な民衆か……。
「まあ、これで少しは戦いやすくなったかな……。人がたくさん居ると、巻き込んじゃいそうだし」
呆れ顔の私の横で、リリーは別の理由で呆れた顔をしている。
『世界征服を企む魔王が現れたというのに、誰も立ち向かうことなく、"女の子ふたり"に全部押しつけるなんて、ホントこの世界の連中はだらしないですね』
「ははは、言ってやるなよ」
私は魔王に向かって杖を構えた。
「それじゃ、いっちょ魔王退治に行きますかねっ!」




