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008:何か御用ですかお客様?

 次の日、学生の本分である学業を済ませた俺たちは、1件目のターゲット顧客を目指して移動を始めた。


『これで上手くいくの?』


「なぁに、やっと入り口に入ったばかりさ。それよりも……クレアの命はあとどれくらい持つと思う?」


『私もハッキリとリソース量を見られるわけではないし、人間が使ってる魔道具だって大まかにしか分からないみたいだけど、流出の勢いを考えると、もって3ヶ月くらいかしら…』


 つまり、3ヶ月以内に特効薬の購入費用である5,000万ボニーを稼ぎつつ、平行してクレアの入院費も工面する必要があるため、月平均で1,800万ボニー以上の利益を出さないとアウトということだ。

 転生前の俺なら調子が良ければ3週間くらいで稼げる金額なのだが、異世界というアウェーで稼ぐのは至難の業だろう。


 しかも、午前中は学校に通わなければならないので、実際に働けるのは昼から夜の間に限られるうえ、部下を使って雑務を処理することも出来ないため、とにかく自分一人の力だけで全てを解決しなければならない。


 何という極悪難易度の無理ゲーだ…。



 というわけで、まずは一件目のお客様のところに到着。

 でかい屋敷! 広い庭! すごい豪邸! 何だかめっちゃ毛量の多い犬!


 どこからどう見ても金持ちの屋敷である。

 出迎えてくれたメイドさんにリカナ商会の者であることを伝え、この館の主にお会いしたいと言うと……


「あらあらまあまあ、可愛いお客様ね。シーナ! この子にお茶とお菓子を持ってきて頂戴!」


 妙齢のマダムが指示すると、シーナと呼ばれた三つ編みメガネのメイドさんがバタバタと駆けていく。

 個人的にあの子はロベルタと呼びたくなるなぁ…と呟くと、ロザリィは『ごめん、元ネタが分からないわ』と残念そうだった。


 それはともかく、このマダムが館の主であることは間違い無さそうだ。

 目の前に放課後ティータイムなセットが出てきたところで……


「それじゃ、坊やの用事を聞かせて頂けるかしら?」



 俺を抱きしめながら号泣するマダム。

 メイド達は「キャ~」とか「ええわぁ、憧れるわぁ…」とか「私も守られた~い!」と大騒ぎ。

 どうしてこうなったのかと言うと……これまでの経緯を全て正直に話したのだ。


 父母と別れて暮らす男の子が! 両親を亡くした病気の女の子を救うため! 家財をなげうって! 薬を買うために働いている!!!

 しかも物乞いをすることもなく、自ら働いてそれを成し遂げようとしている! と。


「偉いわぁ…!! ホント偉いわぁ…!!」


 感動の涙を流すマダムの締め付けがさらに激しくなり、危険が危ない!!


「オバチャンに協力できることがあれば何でも言ってね!!」


『マダムキラー…』


 ウチの妖精が何か呟いたが、キラーなマダムの絞め技で落ち掛けている俺の耳に届くことは無かった。



「マダム・バテラーヴ邸のメイド室、全5部屋に置くための飾り棚を受注してきたよ!」


「ホント何者だよお前ぇは……」


 家が貧しい、まだ働き始めたばかりの新人、可哀想な境遇、恥ずかしかった過去話、DQNネームなどなど…、"ふつうの人"と比べてマイナスになると思えるような要素でも「他の営業マンとの違い」としてお客様から認知されれば、それは独自の個性としてプラスに転じることが出来る。


 10歳の少年の場合、学校に通う必要があったり卸問屋に契約を拒否されるなど、ビジネスシーンでは不利な点がかなり多いのだが、お客様先で少年の姿であることを意図的に活用すれば、普通の営業マンに比べて圧倒的なアドバンテージになるのだ。


 例えば、職場体験学習で働いている小中学生を見て「頑張ってるなー」とか「懐かしいなー」とか思うのもその補正のひとつで、これが俺の転生前の姿である30代のおっさんが働いている場合は、誰も気にかけないだろう。


 しかも今回の場合は、俺から事情を聞いたマダムにとって「望ましい未来」を描くための商品を提案し、結果的に次の3つの利点が生まれることになった。



 マダム:メイド達が喜ぶうえに子供を救う手伝いが出来る。


 クリス:この案件が決まれば薬を買うための目標に一歩近づく。


 メイド:部屋に待望の飾り棚がやってくる!



 いわゆるビジネスにおける「Win-Win関係」というヤツだ。


 恐らく転生前の俺のステータスでは、こんなにあっさりと商談を決めるコトは出来なかっただろうし、子供の姿ならではの結果とも言える。


「飾り棚だけで売上700万、粗利168万、君への報酬が75.6万…か」


「おっちゃん、聞きたいことがあるんだけどー…」


「おう、もう何でも言ってくれ!」


 たぶん、おっちゃんの頭の中には「ふつうに雇えば良かった!」の葛藤や、「どうやって決めたんだ!?」など商売人としての好奇心とで大変なことになってるんだろうな。


「この近くで贈り物を買える店、知らない?」



収入

 飾り棚5架の販売利益756,000ボニー

[現在の所持金 3,756,000ボニー]




 というわけで、おっちゃんが奥さんを怒らせた時に、怒りを静めるための贈り物を買う際に愛用しているショップ可憐庭かれんていにやってきた。


 ここでメイドさん達の部屋に置く飾り棚にオマケで付ける小物をゲットして、あわよくばメイドさん達のハートもゲット…もとい、今後のご贔屓ひいきさんになってもらおう!という作戦である。


 あわよくば、可憐庭も俺の客になってくれたら良いなー…なんて思惑もあったりするわけだが。


「いらっしゃいませぇ~。あら僕、こんにちは」


 店に入ると、ヒラヒラフリルな服装の店員さんに話しかけられた。

 頭は大きな帽子を被っており、なかなかお洒落さんな感じだ。


「リカナ商会で社会勉強で働いている、クリスと申します」


「あらあら~、これはどうもご丁寧に~」


 マダム・バテラーヴ邸のメイドさん達への贈り物を5つ買いたいと伝えると、店員さんはノリノリで棚から候補をピックアップし始めた。


「あそこで働いてる子はみんなウチの常連だから、既に持ってるモノは避けて選ばないとねっ」


 つまり、この店員さんの頭には常連客が今まで購入した履歴がしっかりインプットされているということだ。

 店を見渡す限り、小物雑貨だけでも何百種類もあるし、そもそも俺には見分けすらつかないモノもかなりある。


 見た目はイタイ…いや、個性的な人だが、腕はかなり良い。

 さすが、目利きなリカナ商会のおっちゃんが気に入ってるだけのことはある。



 しばらく悩んだものの、可愛らしい小物入れを贈ることに決まり、今はせっせと会計係の人が箱詰めをしている。

 お客様である俺は、本日2回目のティータイムである。


「ところで坊や、好きな子に贈り物はいかが?」


「ブッ!ゴホッゴホッ!」


 店員さんの不意打ちに思わず咽せる。


「あらあら、大変ね~」


 全く大変そうに思えない口調で微笑んだ店員さんは、棚から髪飾りを取り出した。


「はい、今後とも"私の可憐庭"をご贔屓ひいきによろしくお願いねぇ~」


 店員どころか経営者様でしたか……。

 まったく、あわよくばどころか相手の方が一枚上手だったよ。



支出

 小物入れ30,000ボニー×5個

 綺麗な髪飾り50,000ボニー×1個

[現在の所持金 3,556,000ボニー]




「突然だが、理由もなくプレゼントだ!」


「あ………うん、ありがとう………」


 生まれてこの方、私的理由で女の子にプレゼントを贈ったコトなんざ一度も無く、照れくさくてよく分からないセリフを言いながら髪飾りをクレアに渡す。


「そういう時はもっとロマンチックに渡すものよ!」

「ヒューヒュー!」

「チューしちゃえよー!」


 ええい、外野がやかましいっ!


「いいなぁ…」


 意外にも美人ナースのお姉さんがショボーン(´・ω・`)、みたいな顔をしている。

 俺がクレアを救うと宣言した時も熱い眼差しで俺たちを眺めていたのだが、もしかしてこの人、美人過ぎて全然モテないタイプとか、男運が絶望的に無いタイプなのかもしれない。


 そんなことを考えていると、髪を結ってから髪飾りを付けたクレアが俺を見上げた。


「………似合う?」


「うん、超似合ってる」


 周りから「ギャアアアア!」とか「見てられない!」「目が…目がァ!!」のような叫び声が聞こえるが、無視だ無視!


「えへへ………ありがとう」


 髪飾りを付けてご満悦なクレアを見て、自然と俺も笑みがこぼれる。

 何だか、すごく久しぶりにこの子の笑顔を見た気がするよ。

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