075:ラピスとの再会
夜間での移動は魔物に襲われて危険なので、いくつも宿場町を経由しながら神都ポートリアを目指しているのだが、それはつまり……再び宿場町アイルを経由しなければならないという事だ。
「何だかおにーさん、浮かない顔をしてるけどどうしたの~?」
自分の前に乗っているティーダが振り返ってこちらを向いてきた。
「ああ、この次に寄る町でちょっと一悶着あってな……。妖精を見慣れていない町民がエクレールを見て大騒ぎになったんだ。それに……」
『沼コワイヨー、泥コワイヨーー……』
胸元の衣嚢に入っているエクレールが目を虚ろにしながら震えている。
あの一件がよほど辛かったらしい。
「り、理由は聞かないでおくけど、念のためティンクも隠れておく方が良さそうねぇ…」
『う、うん……』
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夕方には宿場町アイルに到着したので、ひとまず宿に宿泊料金を支払って部屋を確保してから、一同は教会に向かった。
聖堂の右奥にある部屋の扉を叩くと、中から金髪の女性が出てきた。
『お久しぶりですカトリさん、エクレールさん』
「ああ。ラピスも元気そうで何よりだ」
そして後ろにいるティーダを見て和やかに微笑んだ。
『探していた人が無事に見つかったのですね。耳と尻尾がとてもキュートで可愛らしいですね~』
「この毛並みの素晴らしさが分かるなんて、アナタ見る目あるわねぇ!」
ラピスとティーダが楽しそうに話している中、ティンクだけが難しい顔をしている。
「どうしたんだティンク?」
『あ、カトリさん。いや、この修道女の方をどこかで見たことがある気がするんです』
『っ!!』
ティンクに驚いたためか、ラピスが変な顔をしている。
『初対面の女性に対して見たことがあるだなんて、ナンパの手口まんまだね。ティンクはいつの間に、ヘナチョコ野郎からナンパ野郎にクラスチェンジしたの?』
『エクレールちゃん、ひどいー…』
『私をエクレールちゃんと呼ぶなと何度言ったらっ!』
エクレールがティンクを殴り出した。
「落ち着けお前ら!!」
やいのやいの……。
『み、皆さ~ん! ここは教会ですので、あまり騒がないでください~~』
ラピスが涙目で困り顔になってしまった。
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『なるほど、ワラント国の魔物が凶悪化してしまったのですね……』
一連の話を伝えると、ラピスは不安そうな顔になった。
『そもそも、魔物は昼が苦手だから夜にしか動けないというのも、それが真実かどうかは誰にも分からないのです。それに、人の姿を見つけた時だけ攻撃的になり、そうでなければ一切危害を加えてこないのも不思議です』
「確かに。ワラント国が襲撃された時も屋台がいくつも破壊されたが、それだけの力があればこの小さな村は一晩で焼き尽くされるだろうな……」
しばらく沈黙が続き、それからラピスが口を開いた。
『お邪魔になるかもしれませんが、宜しけば私も御一緒させて頂けませんか?』
その言葉に一同は驚く。
「君はこの世界の人間だろう? 魔物に対して攻撃が出来ないという事は、万が一の時に自力で対処出来ないという事でもある。一緒に来るとしても命の保証は出来ないが、それでも良いのか?」
少し意地悪な言い方をしてしまったが、生半可な気持ちで来られても困るのだ。
まあ、例え彼女が魔物に対して攻撃が出来たとしても、戦闘に参加させるつもりは毛頭無いのだが。
『全く構いません。足手まといだと思ったら容赦なく置き去りにして頂いても結構です』
さすがに置き去りはどうかと思うのだが、そこまで言うのであれば、多少は自信があると思っても良さそうだ。
ただし一つ気になる事が……。
「ティーダが馬車を嫌っていてな。長距離の乗馬が必要になってしまうのだが……」
『こんな田舎の村で生活しているのですから、お馬さんだって乗れますよっ。さすがに長距離移動は初めてですが、きっと大丈夫です』
見た目は可憐なお嬢様なのだが、さすがに村育ちは逞しいなあ……。
~~
その日の晩の事。
私は独り、宿の屋根の上でぼんやり月を眺めていた。
「この世界にも、まん丸のお月様があるんだねぇ~…」
『まあ、全て同じ世界がベースになってますからね』
っ!?
私はその場を飛び退き、声の主を睨みつけるが、私の気持ちなんてつゆ知らず、そいつは私を見てにこやかに微笑んでいる。
『この町は闇の城からそう遠くないので、夜更けに外に出ると危ないですよ?』
「ラピス……貴女は何者なの? 何が目的なの?」
『私は田舎の修道女です。目的は、魔王退治ですかね』
しばらく無言が続く。
『ただ、貴女が人の身でありながら神の名を騙るのは些か問題かと思いまして、ちょっとお仕置きが必要かな? と』
「なんだとっ! 私は獣…」
『獣人カレンちゃん』
なっ!!!
『獣神ティーダもカッコイイ名前だとは思いますが、残念ながらそんな神様は居ないのですよ。それに、カレンちゃんという名前は可愛らしくて、私は好きですよ?』
ヤバイヤバイヤバイっ!
コイツは間違いなく本物だ!
私の尻尾がやたら膨らんでいて、本能的に危険を察知している。
『でも、ここで暴れると皆さんが目を覚ましてしまいますので……』
目の前の女がパチンッと指を鳴らした瞬間、私は真っ暗闇に放り込まれた。




