074:獣神の決心
ここはワラント国の王城。
さすがに防衛を兼ねているためか、簡素な家々が並ぶ城下町とは違って石造りの立派な建物だ。
その城の中には立派な祭壇があり、獣神ティーダはそこを通って神の世界と行き来している……というのは民衆向けの話で、実際には客間で寝泊まりしているそうだ。
今、我々の目の前にはワラント国王、つまりティーダをこの世界に連れてきた張本人が居る。
「ライン公国の渡り人とその妖精よ、よくぞ我が国に来てくれた」
国王は褐色肌と細身が特徴的で、齢は恐らく五十歳前後くらいだろうか。
人相を見た限りでは、とても優しそうな顔をしている。
「そして獣神ティーダ様、これまで我が国を助けて頂きありがとうございました」
ました……か。
「それは、役立たずの私の力はもう必要ない……ということでしょうか?」
自虐的なティーダの発言を聞き、慌てて玉座から国王が立ち上がった。
「そんな馬鹿な話があるものか! 今まで貴女様が幾度となく我が国民をお救い頂いていたことは事実であり、この恩は一生忘れませぬ!! ……だが、我々は魔物を侮りすぎていたのだ。もしも今後も魔物を撃退を繰り返し、街を焼き払う程の化け物が現れた時はこの国が終わる……。盛り場を今まで通り保持するのはもう無理だろう。夜に姿を見られなければ大丈夫なのだから、夜間外出禁止令を発令するしかあるまい……」
そう言いながら、再び国王は腰を下ろした。
ティーダは悔しそうに堅く唇を噛みしめている。
『なんだかさー…』
エクレールが両手を頭の後ろで組み、気怠そうにぼやいた。
『飲み屋街が廃れるからって落ち込みすぎじゃない? 朝から飲めばいいじゃん』
一刀両断過ぎる意見に全員の目が点になり、それから国王が笑い出した。
「ライン公国の妖精はなかなか大物だな! 確かにその通りだ!」
一方のティーダは納得出来ていないらしく、まだ頬を膨らしたままだ。
仕方ない、助け船を出してやるとするか。
「国王様、もう一つ解決策があります」
「なんと!」
周りの注目が自分に集まる。
「獣神ティーダ様が魔王を倒してしまえば良いのです」
その発言で再び皆の目が点になるが、今度はティーダが笑い出した。
「あはははっ! やっぱりそれしかないよねぇ!」
一頻り笑ったティーダは、それからニヤリと笑った。
「にーちゃんがそこまで言うなら手伝ってあげてもいいかなぁ! すぐに魔王をぶっ飛ばして、この国を酔っぱらいだらけにしてあげちゃうよん~!」
ティーダの言葉に、王の側近達も感嘆の声を上げた。
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「全く、堅物に見えて、そういうトコちゃっかりしてるねぇ、おにーさん」
「何の話だ?」
ワラント国からの帰路は、馬にティーダと二人乗りで移動している。
馬車で後から追いかけて来ても良いと伝えたのだが、ティーダ曰く「馬車は遅いから嫌い」だそうだ。
「何だかんだで私を連れ帰るのに成功しちゃってるしねぇ。そんなに私の身体が欲しいなら、夜の方もサービスしようかなぁ~?」
妖艶な笑みを浮かべるが、こんな子供と見間違えるような相手に興奮するわけがない。
『なっ!? ボク達は魔王を倒す為に組む仲間同士なんだから、そういう爛れた関係はダメだよっ!』
何故かエクレールが顔を真っ赤にして興奮している。
自分も同意見ではあるのだが、神都ポートリアに戻ってその発言をされてしまうと、チアとフォスタの立場が無くなってしまうので、後で厳重に注意しておこう……。
「おやおやぁ? 私がおにーさんに手を出すと困るみたいだけど、どうしてなのかな~? どうしてなのかな~? 教えて欲しいなぁ~?」
馬の上で両手をひらひらと動かして挑発するティーダに対し、エクレールが涙目で両手をこちらに向ける。
『パライズぅぅぅ……!』
「やめろ! 馬が驚くだろうが!!」
『なんでエクレールちゃん涙目なのっ? どうしてっ!?』
『聞くなっ! そしてティンクの分際でボクをエクレールちゃんと呼ぶな! 死ねっ!』
『ひどいぃぃぃ~~~~』
『ヒヒーンッ』
何とも騒がしい旅路になってしまったなぁ…。




