073:魔物との戦い
さて、カトリには離れてもらったけども、果たしてボク一人であの化け物を倒せるだろうか……。
目の間に居る少女がボクを見てニヤリと笑った。
「なぁんだ、お兄さんも妖精付きか~」
『なっ!?』
お兄さん「も」だと……!
『まさかキミが三人目の渡り人……?』
ボクの問いかけに対して、チッチッチッと舌を鳴らしながら人差し指を振る少女。
「渡り人、って呼び方が気に入らないのよねぇ~。私は、獣神ティーダとしてこの世界に呼ばれたのだから、せめて渡り神と呼んでほしいわ~」
うっざ……。
ボク、この人苦手です……。
『その獣神ティーダ様が、どうして魔王退治もせずに、こんな辺境の国の酒場で晩酌してるのさ?』
「なんで神である私が、下級種族の人間なんぞの為に、そんな面倒なコトしなきゃならないの~?」
『なっ!?』
さっきと同じ驚き方をしてしまった……。
「この国に居れば全ての人間が私をチヤホヤしてくれて、三食昼寝付きの極楽生活。これを捨てて魔王退治とかありえなくない?」
王子を生かす為だけに呼ばれた挙げ句、時計作りにハマってる渡り人に続いて、グータラ生活に執着する渡り人とか、この世界はもう駄目かもしれない……。
カトリの方を見ると、自称獣神ティーダの考え方に不満があるらしく、かなり嫌そうな顔をしている。
『カトリぃ……』
「なんだよ……」
『キミが渡り人で、ホント良かったよ……』
「今ここで言われても嬉しくないな……」
……あっ! 比較対象と言えば!!
『ちょっと! 監視役の妖精はどこにいるのさ! こんな自堕落生活を放っておいて何もしないなんて、妖精の風上にも置けないよっ!!』
ボクがプンプンと憤慨していると、物陰からコソコソで出てくる姿が見えた。
『ゴメン……。僕も今のままじゃ駄目だって思うんだけどね。でもカ……じゃなくて、ティーダが行きたくないって……』
うげ……。
『ティンクが監視役なのか……』
『あっ! エクレールちゃんっ!』
『ちゃん付けで呼ぶな! 死ねっ!!』
目の前の気弱な妖精はそのまま涙目になってしまった。
「なんだ、知り合いなのか」
『単に知り合ってるだけだね。ボクの中では無に等しい存在だよ』
『うぅ、ひどい~…』
『それに、自分のコトを僕と言うのも、ボクとキャラが被ってて気にくわない。ボクっ子はボクの特権なのだから、コイツは拙者とか朕とか言っとけばいいんだよ』
『そんな横暴なーーっ!』
やいのやいの……。
そんなボク達のやり取りを見ていたティーダが爪を引っ込めて、ヤレヤレのポーズ。
「なんか興醒めしちゃった~。そもそも私はそこのお兄さんに子供扱いされたのがムカついただけだし、妖精と喧嘩しても仕方ないしねぇ」
その言葉を聞いて、カトリは刀を鞘に収めた。
「ふむ、容姿で子供扱いした事は謝罪しよう。だが、実際にティーダは何歳なんだ?」
「女性に年齢を聞くのはどうかと思うけど、多分25歳くらいかな~?」
この女、絶対サバ読んでる気がする……。
ボクの本能が三十路超えだと訴えかけてくる!
『get-age-info..』
コッソリと年齢調査魔法をティーダに照射し、ボクの目に映った年齢は……ヒィッ!?
本当の年齢が見えた瞬間、超高速で飛んできたティーダに頭を捕まれた。
「エクレールちゃん、シ~~~、ね?」
『は、はひぃ……』
本当の年齢は誰にも言えないけど、獣人はきっと……すごく長寿だと思う。
~~
「改めて聞くが……やはり、魔王討伐に行く気は無いのだな?」
「正直な話、今の生活にも飽きてきたのだけど、だからと言って魔王討伐の為に命懸けで戦うかと言われると、ちょっと微妙ねぇ」
ティーダの表情を見る限り、無理強いは望ましくないな……。
「仕方ない。残念だが自分達だけで……」
ドオンッ!!!
「「『『!!?』』」」
全員で慌てて酒場の外に飛び出すと、民衆が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う姿が。
破壊された屋台からは炎が上がっており、その上には巨大な蝙蝠が飛んでいる。
あれは一体……。
「クソッ、魔物かっ!!」
ティーダが魔物に向かって跳躍し、強靱な爪で薙ぐ!
しかし軽々と回避され、不安定な体勢のまま魔物に突き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ぐあっ!!」
『シシシシシシ……』
魔物は気持ち悪い笑みを浮かべている。
「ちっ、小癪なっ!」
再びティーダが駆け出して、屋台の屋根を飛び移りながら魔物に飛びかかろうとするが、魔物が高度を上げてティーダの攻撃の届かない所に行ってしまった。
この化け物相手に空中戦を挑むのはあまり望ましくないな……。
「いつもなら私一人で魔物くらい余裕で狩れるんだ! あんな高いところに居るなんて卑怯だぞ! クソックソッ!!」
よほど悔しいのか、先程までとは違って戦意を剥き出しにして怒るティーダ。
いつもなら……つまり、ワラント国の街が夜にも関わらず賑やかだったのは、ティーダがいつも魔物を撃退していたからだろう。
ティーダは三食昼寝付きの生活の為などと言っていたが、要は何だかんだでこの街の人々の暮らしを護っていた訳か。
随分と天の邪鬼な神様だこって。
だが、あの口ぶりからして今までは陸上での戦いだけだったのが、派遣した魔物がことごとく倒されてしまったため、ティーダ対策として空中戦闘が可能な魔物を寄越した可能性が高い。
その後もしばらくティーダが魔物相手に応戦していたものの、全く攻撃を当てる事が出来ないまま一方的に攻撃され続けて既に満身創痍だ。
「あの妖精はどうして回復魔法を使わないんだ? このままじゃティーダがやられてしまうぞ?」
自分の質問にエクレールが困った顔をする。
『ボクは攻撃や回復を万能的に使えるけど、ティンクは超強力な攻撃魔法しか使えないんだ。こんな街中で使うと、魔物以上の被害が出るよ』
「なんと……」
道理でティーダが「いつもなら私一人で」と言うわけだ。
「我々も加勢しよう。エクレールは足止めを頼む」
『あいあいさ~』
ふわりと魔物の真後ろに飛んだエクレールは、両手を前に突き出す姿勢を取った。
あれは……
『パライズショット!』
以前見た時よりもずっと強力な、まるで落雷のような稲妻が空中で炸裂した。
あれが直撃したら、自分なら間違いなく即死だな……。
『シギャアアアアアアアアッ!!!』
魔物が悲鳴を上げながら地面に墜落し、そのままビクビクと痙攣している。
『カトリ! 後はよろしくっ』
「おうっ!」
腰の刀を抜いて横薙ぎに一閃! 手応え有り!
意外と魔物は柔く、一刀両断した後はそのまま光りながら消えてしまった。
刀にも全く血が付いていない。
「何とも面妖な……。魔物は生き物ではないのか?」
『リソースの結晶から作った仮想的な姿だからね。それを言うとボクも似たようなものなのだけど』
エクレールが意味深な事を言う。
さっきの化け物がお前と似たようなもの……?
だが、初戦闘ながら無傷で敵を撃退出来たのだから自分としては一安心だ。
エクレールは怒らせると怖いが、味方として頼りになることが分かったしな。
「……うぅ」
振り向くとティーダが泣きながら俯いていた。
手も足も出なかった事が、それ程までに悔しいのだろうか……。
「おお…獣神ティーダ様が手も足も出ぬとは……」
「もうこの世界はお終いだ……」
民衆の嘆く声にハッと顔を見上げるティーダ。
「ま、待ってっ! 今回はちょっと調子が悪かっただけなのよ~。次は大丈夫だから~」
先程までの軽い喋り方を装うものの、声が震えている。
「……次もさっきの化け物が、それも大勢で来たら?」
誰かの呟いた言葉が突き刺さり、ティーダは無言のまま再び項垂れた。




