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007:異世界でマーケットリサーチ!

 リカナ商会の店主には俺のチャレンジを応援すると言われたものの、別に家財を全部返してくれるわけではないので、家の中はすっかりカラッポだ。


「クレアの病気を治す特効薬の製薬会社、薬品名、それと値段は調べがついたか?」


『製薬会社名はモリス聖薬で、特効薬の名前はルナピース。値段は……5000万ね』


「家財を売り払って得られた所持金が300万ボニーだから、目標金額に対しての進捗率しんちょくりつ6%か……。後は、ここからどうやって増やすかだな」


 正直、5000万という額にかなり引いているが、この世界の住人にとっては致死率100%の凶悪な病気を確実に治せる特効薬なのだから、この値段は仕方ないだろう。


『あと、あの子の入院費もかかるから…』


 本来、両親と死別した遺児は孤児院などで暮らすことになるのだが、クレアは既に自力で立ち上がるのも困難なほどにリソースが減りすぎているために、そういった施設で生活することが出来ない。

 となると、クレアが生きていく為に入院生活を続けるしか無いのだが、この世界には医療保険や生活保護が存在しないため、全額負担となる。


 そもそも前の世界だって、庶民が割安な価格で高度な医療を受けられる国なんてわずかしか無かったのだから、医療レベルの低いこの世界において、そんなことを期待するのは土台無理な話である。


 クレアの両親が入院費を前払いしていないかと期待して病院に確認してみたが、特にそういったこともなく、このまま入院費を支払えないと部屋を出なければならない。

 院長先生達もクレアをどうにか助けてあげたいと思うだろうけども、無償で誰かを助けてしまうと、それが連鎖的に膨らんで病院経営が破綻してしまう。


 だから、クレアが生きていくために必要なお金は全て、俺が稼ぐしかないのだ。

 せめてもの救いは、国の教育強化政策のおかげで学費が一切かからないためクレアが学校を退学になる恐れはないということだが、生きるためのお金がかかりすぎるので焼け石に水だ。


「全く、世知辛い世の中だなぁ…」


『ぼやいてないで、そろそろ次の手を考えましょ』


 ごもっとも。



 まず、ビジネスを成功させるためには、この街の産業を調べる必要がある。


 神都ポートリアは東西南北4つの区画に分けて整理されており、これらはいずれも教会が管理するため「教区」と呼ばれている。


 4つそれぞれに特色があるのかと思いきや、かなり似通った業種に集中しており、小売業、製造業、物流業、漁業の4業種だけで何と8割を占めている。


 高い品質の製本技術を持つ国でありながら、デザイン会社や印刷会社の数が異常に少ないのも興味深いのだが、そのようなマイナー業種がひしめく残りの2割の業界に参入すれば競合が少なくて楽勝!! …という簡単な話ではなく、そこには圧倒的な支配力を持つ企業がいたり、そもそも需要そのものが少なすぎてビジネスが成り立たないなどの理由で2割に留まっている可能性が高い。


 少なくとも、今回のようにクレアの命を救うために大急ぎで資金を調達する必要がある状況で、残り2割のマイナー業種に参入するのは望ましくないだろう。


『ぜぇ…ぜぇ…、アンタ、妖精使いが荒いわよ……』


 というわけでこれらの市場調査はロザリィに任せてある。


 さすがに妖精が世代間で知識を継承してきたと言ってもマーケティングの概念を学ぶ機会は無かったらしく完全にド素人だったが、指示した通りにちゃんと動いてくれるから、部下としてはかなり有能だ。


 年上の部下みたいにプライドがバカ高くて、バブル期の自慢ばかりで、売れないのを客や市場のせいにするような、クソ扱いづらいポンコツじゃないのが何よりも良いな!

 個人的に「真面目に働く」という点に関してはコイツを高く評価している。


『で、次はどうすればいい?』


「この街の産業が4業種に集中しているのが分かっただけでも十分だ。製造業にたった手持ち300万で参入するのは無謀過ぎるし、飲食業は付け焼き刃でどうにかなる世界じゃない。漁業に至ってはもはや論外だ。となると、俺たちが参戦する業種は一つに絞られる」


『ということは…』


「小売業、つまり生産者や卸売業者から商品を仕入れ、消費者に提供する仕事を選ぶべきだ。俺らの世界ではリテーラーと呼んでいたな」


 そして、転生前の俺の本職でもある。

 前職でコンサル会社勤務だったので別の業種でも軌道に乗せる自信はあるのだけど、最も得意な小売で事が進められるのは大変助かる。


「次は仕入れルートの確立だ!」



 カー、カー、カー…。


「この世界にもカラスがいるんだなぁ…」


『いきなり頓挫とんざしたわね』


 夕暮れの河原で途方に暮れる二人。


「子供が突然やってきて、御社の商品を販売させてくれ! って、そりゃ無理だよなぁ」


 卸問屋との取引は信用が関わるので、こんな子供と契約を結ぶことはまずありえない。

 そもそもこの街の卸問屋と取引を始めるためには、連帯保証人の署名に加え、卸問屋と3年以上取引をしている商店からの紹介状も必要らしい。


 つまり「同業者としてコイツは信頼できますよ!」というお墨付きが無ければ、業界に参入するコトすら出来ないということだ。


 既にリカナ商会のおっちゃんに出資までしてもらっている状態なのに、その上さらに連帯保証人の署名と紹介状まで要求するのは気が引けるし、下手するとその話を出した時点で出資を取り消した上で父親に通告されかねない。


 卸問屋が使えないとなると製造工場からの直接仕入れをすることになるわけだが、これまたやっぱり突然やってきた子供が仕入れさせてくれと言っても信用がなさ過ぎるし、小ロット仕入れや単品買いだと単価が高すぎて、価格競争力がまるで無いのだ。


 今までサラリーマンとして、会社の傘に守られてたというのをしみじみ実感する。

 会社の看板があるだけでフットワークが全然違う……。


「ガハハ、早速壁にぶち当たったな若造よ!」


 後ろから突然呼びかけてきたのは、言わずと知れたリカナ商会のおっちゃん。


「お前、そこらで噂になってんぞ。いきなり飛び込んできて商品を仕入れさせてくれとか言ってくる子供がいると聞いて、おっちゃん思わず笑っちゃったぞ!」


 俺の背中をバシバシ叩きながらガハハと笑う。


「卸使うために俺に頼って来ると思ってたんだが、お前さんなかなか強情だな」


「ただでさえあんなに大金を出資してもらったのに、これ以上迷惑かけられないよ…。特に保証人なんて、俺が失敗したときのとばっちりが全部おっちゃんのトコに行くんだから」


 しかも今回の場合は目標金額がかなりデカいから、かなりリスキーな仕入れもしなければならないだろう。


「すげーなお前。おっちゃんの若い頃はもっと無鉄砲にガンガン突っ込んでたから、逆に関心するわー…学校卒業したらウチの店に就職しないか?」


「俺、まだ10歳だよ…」


 すごい青田買いだな……ん? 就職??


「そうか、その手があったかっ!!」


「???」


 キョトンとするおっちゃんを見上げた俺は、子供らしい笑顔で……


「おっちゃん、仕事ビジネスの話をしよう!」



「お前……そのやり方、誰から聞いた…?」


「自分で思いついたよ」


 実は、今日飛び込んだ卸問屋や工場で仕入れ交渉をする際に、机の上や受付カウンターに投げっぱなしになっていたリカナ商会宛の請求書をこっそりチェックしておいた。

 この世界の文明レベルではセキュリティなんてせいぜい盗難防止くらいで「情報漏洩」という概念すら無いわけで、カンタンに機密情報が手に入ってしまうのだ。


 あとはリカナ商会の店頭販売価格と卸問屋からの仕入れ金額を比較して、平均利益率が24%と試算した。

 その試算値を伝えてギョッとさせた上で、おっちゃんにこう持ちかけてみた。


「学校終わった後に社会勉強を理由に給与ゼロで外回りで訪問営業やるから、利益の45%を報酬として受け取りたい。俺の意志で仕入れをお願いする時は、その商品の支払いは俺自身でするから、おっちゃんに迷惑はかけない」


 前の世界なら労働基準監督官が助走を付けて殴りに来るレベルだが、これをもっとエグいやり方でビジネスとして成功させたのがアフィリエイト広告だ。


 アフィで利益の45%バックなんて、あり得ないレベルの超優良契約だが、そんな考え方が存在しないこの世界において、売り上げの一部を渡すだけでタダ働きの労働力を得られるなんて、経営者として正直信じられないだろう。


「お前さんがそれで良いのなら、その案を受け入れるが…給与ゼロで大丈夫なのか?」


「大丈夫さ! よろしくな、おっちゃん!」


 そう言っておっちゃんと握手を交わす。



 リカナ商会応接室。

 独りで煙草を吸いながら天井を見上げて、昔馴染みの親友の息子と握手したばかりの右手を挙げて仰ぐ。


「ウッハハ…」


 思わず変な笑い声を出してしまったが、それも仕方がない。

 嬉しくて仕方がないのだ。


 あの子の目的が何なのかは知らないし、それを追求する気は微塵も無い。

 一人の男の子が自分を踏み台にして凄い高見に登ってくれそうな、そんな未来の可能性が、ただただ嬉しい。


「おっちゃんも、いっちょ頑張りますかねぇ」


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