069:あなたと共に
神都ポートリアに滞在するようになって五十日が経過したが、未だに三人目の渡り人は見つからない。
その一方でフォスタの設計した時計台は着々と構築が進み、既に建造予定地には実験用の小型時計が設置され、人々の注目を集めていた。
「まさかフォスタが時計職人だったとはな…」
「俺を職人なんて呼んだら、前の世界の奴らに怒られちまうよ。精度もカトリの持ってた懐中時計には到底及ばないし、所詮は趣味の延長さ」
フォスタは謙遜しているが、自分の記憶だけを頼りに振り子時計を自作してしまえるのだから、趣味の域を超越している。
少なくともこの世界の住民にとっては画期的なものに違いないし、この街の人々は夕方になったらこの時計を見て、安全を確かめるような文化も出来つつあった。
当然、チアも時計に興味津々である。
「どうして半日が十二分割なの?」
「知らねー! そういうもんだっ!」
「えーっ!」
ははは、フォスタらしい回答だな。
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「自分は、そろそろこの街を離れて南西のワラント国に行くべきだと思うのだが、皆の意見も聞かせてほしい」
『ボクは賛成~。これだけ探して居ないんだもの。きっと国から出てないんだよ』
自分とエクレールの意見は一致。
「うーん……。カトリには申し訳ないのだが、ここまで関わってしまうと、時計台の着工が始まるまでは離れるのはちょっとな……」
『わたしも、フォスタをかんしするのー』
フォスタとシルフィが滞在希望というのも実は想定通りだ。
後は……
「うぅー……」
チアが困った顔をしているのがとても面白いが、可愛い妹分をこれ以上困らせるのも可哀想なので、助け船を出してやろう。
「チアには申し訳ないが、今回は残ってもらいたい」
「「えっ!?」」
チアとフォスタが同時に驚く姿を見て、思わず笑ってしまいそうになったが、気づかないふりをして話を続ける。
「入れ違いになる可能性を少しでも避けるため、今回は馬車を使わず馬を借りようと思っていてな。チアにそんな過酷な旅をさせるのは気が引ける」
「でも……」
「妹は兄の言うことに従うものだろう?」
「……うん、分かったよお兄ちゃんっ」
うむ、素直で宜しい。
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というわけで、街でシルバーと言う名の馬を借り、エクレールと共にワラント国を目指している。
「いやはや、若いってのは良いねぇ」
『カトリの言い方、何だかおじいちゃんみたいだよ?』
「おじいちゃんとは失敬な」
やはり年の近い二人だけあってか、チアとフォスタが恋仲になるには、そう時間はかからなかった。
二人とも秘密にしているつもりのようだが、そんなものは雰囲気で分かってしまうものだ。
妹が嫁に行くようで若干寂しい気分ではあるが、違う世界で生まれた二人が結ばれる事を素直に祝福してやりたい。
『しかし独り身は寂しいねぇ~。どんな気分? どんな気分~? てひひひー』
エクレールが茶化しながら周りを飛び回る。
どうやら、以前「珍しく優しいじゃないか」と言った事をまだ根に持っているようだ。
このまま馬に全力疾走させて置き去りにしてやっても良いのだが、こういう奴に覿面な返し方がある。
「エクレールが側に居てくれれば、それで満足だよ」
『えっ…………ほへっ!!?』
しばらく固まった後、顔を真っ赤にしたまま手をバタバタし始めた。
うーむ、想像以上に効果的だったようだ。
『ま、まあ~、カトリがそこまで言うのなら~。監視任務もあるしぃ~。ずっと一緒に居てあげても良いけどさ~』
羽を休めるため胸元の衣嚢に入ってきたエクレールが、顔を真っ赤にしたまま横目でちらりと此方を見ている。
なるほど、此奴の性格がようやく分かってきた。
純粋に誰かに頼られる事が好きなのだな。
無礼な相手に鉄拳制裁で返し、困った人を放っておけないのだけど、いざ誉められると照れてしまう…。
エクレールのそんな姿は、微笑ましくもあり、羨ましくもある。
まあ、羨ましいなどと言おうものなら調子に乗ってしまうだろうから、口が裂けても言えないのだが。
『何ボクの顔を見てニヤニヤしてるのさー?』
「なあに、うちの相方は可愛い奴だなと思っていただけさ」
さらに真っ赤になったエクレールはそっぽを向いてしまった。
ははは、さすがにからかい過ぎたか。




