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064:戦地からの来訪者

 どうして自分はこんな所に居るのだろうか。


 敵兵よりも、こんな馬鹿げた作戦を承諾した奴らを叩き切ってやりたい。

 既に牛馬も潰れ、志半ばに死した味方は数知れず。


 この戦争が始まった頃は刀と兵法で輝かしい戦歴を刻んだが、あれから時は流れ、今やその様な原始的な戦いでこの戦況がどうこう出来るとは到底思えぬ。


「きゃつらは軟弱な精神と肉体をしちょる。密林に入れば我らの物よ!」


 自信満々だった将校はあっさりと病で逝ってしまわれた。


 空の奴等が狂気としか思えぬ悪手に命を散らす事を犬死にだと言うやからも居るが、何も結果を残す事無く、散歩と登山に時間を浪費し餓死して逝く我らはその犬畜生以下ではないか。


 味方は皆、息絶えた。

 だが俺はここで逝くわけには……。

 母と幼き妹を残し、俺一人逝くわけには……。


『おい、良さそうな兵士を見つけたぞ!』


 くっ! 敵兵か!?

 しかし、周囲を見渡すものの敵兵の姿は見えない。


『あの薄汚れた姿に死に体の様子! それでも目は死んでおらぬ! 紛れもなく強者ぞ! ここに連れて参れっ』


 おのれ…自分を捕虜にするつもりか…!

 敵はどこから来る!

 周りを見渡すが、姿は無い。


 次の瞬間、辺りを暗闇がおおった。


 違う、これは自分が沈んでいるのだ……。


 このまま、何も成せぬまま……逝くのか……?



 次に気づくと、あかい絨毯の上に立っていた。

 何だ……これは……?


 自分の前にはきらびやかな装飾に身を固めた男が鎮座していた。

 今はそれよりも……


「ここは……どこだ?」


 周りを見渡すと、見慣れぬなりをした奴等が自分を囲んでいた。


「いきなり暴れ出したらどうしようかと思ったが、知性はあるようだな」


「腰に下げた刀も見事だ。きっと名のある者に違いない」


「だがこの者で奴らに勝てるのか?」


 この者どもは何を言っている……。

 周りの雰囲気から察するに、ここは紛れもなく異国だろう。


 敵国が何らかの方法で自分をこの場所まで一瞬で運んだ……。

 そして「連れて参れ」と指示したのは目の前の男であるのは間違いない。


 周りの者達とは違い、黙したまま語らず。

 風貌、玉座、あらゆる状況が、目の前の男が国王であることを示唆している。

 しばらくして男が口を開いた。


「お前、名を何と言う?」


「まずは自分から名乗るのが礼儀であろう?」


 すると隣の兵が喉元に槍を突きつけてきた。


「おのれ国王様に対して無礼を!!」

「槍を下ろせ!」


 国王の指示に従い、兵士は直ぐに元の位置に戻った。


「失礼した。我が名はイサラータ。この国の国王をしている」


「自分の名は火鳥カトリと言う。階級は少尉だ」


「ショーイ? 最後だけうまく聞き取れなかったな。翻訳が不完全なのか……」


 翻訳?

 確かに、目も髪も色の異なる此の者達と、驚く程自然に会話が出来ている。

 少尉という言葉を理解出来なかったのは、此の国には少尉という階級が無いという事だろうか。


「まず、異国の国王が何故に自分を呼び出したのか、理由をお聞かせ願いたい」


「おお、よくぞ聞いてくれた。まず驚かないで欲しいのだが、ここはお前が生きていた世界とは異なる場所だ」


「山から城に飛ばされたのだから、異なる場所なのは当然だろう?」


「ううむ、どう伝えれば良いのか悩ましいな。この大地をどんなに行こうとも、船で海を渡ろうとも、お前の居た国に戻ることは無いのだ」


「なんだと? では私はもう帰ることが出来ないと言うのか!!」

「その通りだ」


 目の前の男に、一瞬飛びかかろうかと思ったが、自分の横に居る男から凄まじい殺気が放たれた為、踏みとどまる。


「本当はこのような人攫ひとさらいのような行為は恥ずべき事なのだが、これには深い事情があるのだ……」


 国王は溜息を吐いた。

 家来が地図を広げると、それを指差しながら国王は語り始めた。


「この大陸には3つの国がある。一つは大陸中央にある我がライン公国、大陸南西部にあるワラント国、そして北西にあるレヴィート王国だ。だが実は、もう一つ…我々が国家として認めていない国が存在する」


 地図の北西の国のさらに北西の島にある城を指差すと国王はこう言った。


「魔王が統治する闇の国だ」


「魔王……? 闇の国……?」


 この男は何を言っているのだろうか。


「魔王はこの世の全てを手に入れるため、大陸から離れた島から魔物を放ち、国々を襲っている。そこで我々は、妖精の秘術を使ってお前を呼び出したのだ」


「妖精の……秘術?」


 妖精が何を指すのかは分からないが、恐らく物の怪のたぐいだと思われる。

 確かに人を一瞬にしてさらう力など、常軌を逸している。


「しかし、自分は軍人ではあるが、国々を襲うような者を相手に何か出来るとは到底思えぬ。本来ならば国王が兵を率いて魔王とやらを退治すべきでは?」


「当然ながらそれが最も望ましいのだが、我が国は戦力を持ち合わせていないのだ」


 国が戦力を持っていない?


「そんな馬鹿な。この周りの兵は明らかに強者だろう? 先ほど自分に槍を突きつけた者や、強く殺気を放つ者など、この者達が戦力で無いと言うのなら、一体何だと言うのだ?」


 国王は深く溜め息を吐くと兵の一人に対し、隣の者に剣を振るえと命じた。

 何を馬鹿な……!


「ハッ!」


 王に命令された兵は勢いよく剣を相手の脳天へ振り下ろしたが、寸前で止まった。


『この者達は全員、盾なのだ。威嚇や防御は出来ても、相手を殺傷することが出来ない。この世界の人間全てが、魔王のかけた不殺生ふせっしょうの呪いにかかっている』


 なんだと……?


「それでは食事も取れぬではないか!」


「わざわざ牛や豚などは殺せるようになっていてな…。私自身が、動物にも心や魂があると信じている分、魔王のこの考え方は反吐へどが出るほど嫌悪しているよ……」


 ようやく理解出来た。


 この世界の住民は魔王と言う支配者から蹂躙じゅうりんされるしかなく、それを打破するために自分を呼んだのだ。

 自らの手で目的が果たせないのであれば、それが可能な者を兵として戦わせる、至って正しい考え方だ。


「だが、妖精の秘術で呼び出せる者は、我が国でお前一人だけだ」

「何だと!!」


 其れは聞き捨てならない。

 思わず国王へ詰め寄った。


「では何だ、魔王の軍勢とやらにたった独りで挑めと? そんな馬鹿な話があってたまるものか!」


「いや、盾にしかならぬが、我が国の兵を連れて行くのも良かろう」


 そんな問題ではない。


 自分も幾度と無く戦地を駆けて来たが、それらは全て火力・兵力があってこそだ。

 例え守りがあろうとも、自分一人の力で攻撃したところでたかが知れている。


 それに、味方を盾にしながら戦うなど、そのような外道な真似が許されるはずもない。


「この話は無かった事にしてくれ」

「何だと!!」


 今度は国王が自分と同じように身を乗り出してこちらにやってきた。


「この国の兵を盾にするなど言語道断なのは勿論として、自分一人で魔王とやらを倒せとは無理難題としか言いようが無いだろう。其れとも自分に暗殺者になれとでも言うのか?」


 自分がそう言うと、国王や周りの者達が不思議そうな顔をする。


「なるほど、言い方が悪かった。妖精の秘術は一つの国につき一人、この大陸には三つの国家があるから、お前のような者は他に二人居るのだ」


 一人が三人になっても焼け石に水だろうに……。


「そして渡り人は、非常に強い力を持つ"妖精"の協力が得られるのだ」


「妖精の協力? 妖精とは意志疎通の出来る生き物なのか?」



『ここからはボクの出番だねっ』



 謁見の間に子供のような声が響いた直後、自分の目の前に小さな娘が降りてきた。

 小さな……と言っても子供という理由ではなく、文字通りとても小さく、てのひらに乗るほどの大きさしかない。


 背中には羽があり、腰には細い短剣を下げている。


『ボクの名前はエクレール、これからキミが魔王を倒すまでのサポートをしていくよっ』


「サポ? よく分からぬが1人が3人になってもたかが知れているし、こんな小人が3人増えた所で何の役に立つというのか?」


『小人!? へぇぇ~、あんなチンケな連中と同一視なんてキミ、良い度胸してるね? コレを見てから言ってもらおうか……』


 エクレールが不適な笑み浮かべたかと思えば、俺に向かって両手を向けた。



『パライズショット!』



 その瞬間、世界が回った。

 仰向けに倒れたまま動く事が出来ない……。


「なん…だ……これは……」


『これでも手加減してるからねー? ボクがキミを補助するから、キミはただ魔王の首を狙ってくれるだけで良いんだよ』


「察した……。だが自分はお前達に協力するとは一言も……」


『キミはもう帰れないよ』

「なん…だと…」


『厳密には、魔王を倒せば帰れるし、死ねば魂になって帰れるよ?』


 全く、子供のような無邪気な顔で非道い事を言うもの……だ……。

 そこで意識が途切れた。

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