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006:そして少年は決意した

 この街から南に遠く離れた場所に、バレル炭鉱という出稼ぎ労働者が集う場所がある。

 労働環境は非常に劣悪だが、とにかく稼ぎが良いと評判であった。


 ところが、無理な採掘により地盤が不安定になっていたところに今回の豪雨が重なり、その結果、大規模な地滑りが発生してしまった。

 クレアの父親は最深部に取り残された仲間を助けに行ったまま戻らず、宿舎の管理をしていた母親も皆を避難させるために最後まで誘導に尽力し、その結果逃げ遅れてしまったらしい。


 未だに二人の遺体は見つかっていないそうだが、人物を指定して天命リソースを調べる魔法で追跡しても反応が無いため、死亡と判定された。

 人の生死が魔法一つでポンと分かるのは便利かもしれないが、遺族にとって生きていることを願いながら待つことが出来ないのは、それはそれで辛いと思う。



「………」


 うつむいたまま動かないクレアに、かける言葉が見つからない。

 俺は今まで身内に不幸があったことも、誰か身近な人が亡くなったこともない。


 唯一、若い頃からよくしてくれた会社の社長が病気で急逝した時に、全然マナーも分からないまま黒いスーツに100均で買った黒ネクタイと数珠を持って通夜に行ったくらいだ。


『ちょいちょい…』


 そして俺の髪の毛を引っ張るロザリィ。

 音を立てないようにコソコソと部屋を出て、廊下の曲がり角に身を潜める。


「何だよ…」


『あの子、このままじゃ死ぬわよ?』


「分かってるよ。両親が亡くなって病を治す特効薬を買うこともままならないだろうし、それに入院費をどうするのか…」


 俺の現実的な意見に対してロザリィが首を振る。


『そうじゃなくてね、リソースが尋常じゃない勢いで減ってるの。前から病気でちょっとずつ死に向かっているのは見えてたのだけど、今回の減り方だとこのまま数日でポックリ逝くかも…』


「マジかよ…」


『アンタも分かってると思うけど、あの子の心の支えは"いつか薬を持って自分を助けに帰ってきてくれる両親"だったみたいだし。その支えが無くなった今、あの子が自分の力だけで生きる意志を維持し続けるのは難しいでしょうね』


 この世界では、生きる意思を放棄し死にたいと願った人は死ぬ。

 災害で人が亡くなると、大切な人を失った悲しみに耐えられなかった家族まで巻き添えで死ぬだなんて、リソース不足を理由にこんなクソふざけたシステムを考えた神様とやらを一発ぶん殴ってやりたい。


 だが、今はこんなところで落ち込んでいる場合ではない!

 何かを考えている時間すら惜しい!


 病室に全速力で駆け込んだ俺は、その勢いのままクレアの肩を強く掴んだ!

 一瞬ビクッと震え、怯えた顔で俺を見上げてくるが、俺は今できる精一杯の笑顔を見せた。


「大丈夫だ!!」

「っ!!」


「俺が絶対何とかしてやる! お前の病気も治してやる! 俺がお前を助けてやる!」


 怯えた顔がだんだん崩れ、両手で顔を隠したものの、我慢できずに指の隙間からたくさんの涙が溢れる。


「本当………に………?」


「ああ、俺を信じろ!」


「う……ああぁ………うぅ………」


 本当は大声で泣きたくても、この子にはもうそこまでの体力が残っていないのだろう。

 俺はクレアが泣きやむまでずっと頭を撫で続けた…。



『ガシッ! 俺を信じろーーっ』

「やめろっ!!」


 わざと棒読みで俺の動きとセリフをマネして頭の周りを飛び回るクソ妖精。


『信じてる………ね』


 別れ際のクレアの声真似に照れる俺に対し、ブヒャヒャヒャヒャ!とか下品な笑い声を上げるロザリィが激しく鬱陶しい。

 このままハエタタキで撃墜してやりたい……。


『で、あんだけ大見得切っといて、何か策でもあるの?』

「あるわけないだろ」


 即答である。


『まあ予想はしてたけどね。これで何もせず死なせようものなら、下手すりゃ彼女そのまま悪霊になるわよ? せめて真っ当に天国に行けるように…』


「いや、死ぬ想定で話を進めんな! こう見えて、俺は金を稼ぐのは得意なんだよ」


 そもそも俺は転生前は一端いっぱしの営業マンで、俺が死んだ時だって、大手IT企業の本社ビルのフロア全改装に携わる入札会場に向かっている最中だったのだ。

 あらゆるメーカーに根回しして特価を押さえ、購買担当者ともコネを確保して常に他社情報を得ながらほぼ確実に勝てる状況で、軽く10億以上のカネが動く物件だった。


 個人的に今まで営業で培ったノウハウの集大成だったのだが、まさかその直前で死んでしまうとは……。


「とにかく、今の生活ギリギリの手持ちじゃどうにもならん。元手が必要だから家財やら装飾品は徹底的に売り払って資金源にする」


『ええええ…。お父様に叱られないかしら…』


「どうせ滅多に家に帰ってこないんだ。その時はその時だよ」


 とは言うもののクリスの記憶にあるのは、恐ろしく厳しい軍人としての父親の姿ばかり。

 王族の遠征に関わっているのだから相当な手立てだろうし、下手すると殴り殺されかねない。

 クレアを救いながら自らも生還するプランを計画せねば……。



『案外うまくいくものね…』


 ガタイの良い男達が荷馬車に家財を積み込んで行くのをボーッと二人で眺めている。

 家財を売り払うにしても、小さな子供が「お家にあるものを買い取ってくださいっ」などと店主に言っても取り合ってもらえるとは思えないし、もし了承してもらえたとしても、売却理由を問われると今後の活動に支障が出て厄介だ。


 そこでまずは、父親直筆の書類を探すために書斎に入り、ゴミ箱から書き損じて捨てられた手紙を発見した。

 途中までしか書かれていないが、どうやら近隣の街に配属してほしいという異動願いのようで、やはり厳しい父親だと言っても、嫁に逃げられたうえに子供を独り残して遠出する現状に不満があるのだろう。


 あとは、筆跡や文章の癖を分析しながら、次のような手紙を一筆したたえてみた。



~~~


 我が子へ。


 日々寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。


 その上で伝えるのは心苦しいが、遠征が長引いてしまいそうだ。


 お前に渡したお金では、私が帰るまでの生活費にはとても足りないだろう。


 北西にリカナ商会という店があるから、店主に事情を説明すれば対応してくれるはずだ。


~~~



 もしもこの世界に筆跡鑑定士が居ればバレてしまうかもしれないが、父親の筆跡と瓜二つの手紙が完成した。

 文末の署名も完コピだ。


『アンタ何者よ…』


 呆れ顔のロザリィが直筆の手紙と贋作を交互に比較してるのが愉快だ。


「前の世界は割とこういうコトは良くあったんだよ。客の代わりに契約のサイン書いたり、社長の代わりに委任状を書いたり…」


『何言ってるかよく分からないけど、ロクでもないことだということは理解したわ…』


 失礼なヤツだなぁ。



 手紙偽造作戦は上手くいったようで、我が家からポンポンと荷物が運び出されていく。

 最終的には応接間にあるものは全て、俺の寝室はベッド以外全て、父親の書斎は…さすがに現役の商売道具を売却するのは気が引けたので、埃を被ったお古の武具や万年筆を数本と衣装タンスだけを拝借させてもらった。


 これらの売却でどれだけ得られるかはまだ分からないが、リカナ商会の店主は「若いのに苦労してんなぁ! ボウズ頑張れよ!! おじさん応援しちゃうよ!!」とかなり色を付けてくれる様子だったので、期待しても良いだろう。


「で、クレアの病名と特効薬の詳細は分かったか?」


『バッチリ! 病名は後天性天命流出症候群リソースリークだって。生きる意志があるにも関わらずリソースが回収されてしまう病気だそうよ』


 マイナス思考だけで死ぬようなふざけたシステムだけでも納得いかないのに、そのプログラムにバグ有りとか、マジでこれ考えたヤツはクソッタレだな。


『特効薬も本来は軍用に作られた止血剤だったみたいだけど、効果を高めるための配合実験中にリソースの自然流出を止める効果が見つかったんだとか』


「なるほどなー。でもリソース減らなくなると、不老不死になったりしないのだろうか?」


『あくまで自然流出を止めるだけで、本来の寿命や生きる意志の欠如によるリソース回収までは止まらないみたい。人間達はこの薬を強化して不老不死にならないかとずっと研究を続けているみたいだけど、そんなコトは世界のことわりが認めるわけないし、無駄でしょうね』


 まあ、人様の命にズケズケと踏み込んでくる神のことだから、もし不老不死の鍵となる重要な情報を人類が発見した時は、未曾有の大災害を起こして一気にリソースを回収しかねない。


 俺としてはこの世界の神様とやらには、不信感でいっぱいだ。



「こんなに…本当に良いんですか!?」


 リカナ商会の応接室に迎えられた俺は、直接店主から買い取り金額分の紙幣を束で渡された。

 具体的な枚数は数えていないが、ざっと300万ボニーはある。


「おっちゃんなー、俺一代でこの店を建てたんだわー」


 急に始まった昔話に、ウンウンと頷く。


「若い頃はホント大変でな、ガラの悪い奴に潰されそうになったり、酷い不景気で全然売れなくなって本気で潰れそうになったり、大火でこの辺が火の海になった時も商品が焼けてやっぱり潰れそうになったり、すげー大変だったんだよ」


 そう言って懐かしそうに目を細める。

 つーか、リカナ商会潰れそうになってばっかりだな!


「君のお父さんにも数え切れないくらい助けられたしね。俺たちが若い頃、店先で大立ち回りして、強盗を投げ飛ばした時は大興奮だった!」


 クリスくんの父親が若い頃から百戦錬磨の強者だったことがよく分かるエピソードのはずなのだが、今の俺にとってはこの家財の大売却祭りを知られた時に本気で殺されかねないと、不安を煽られる話でしかない。


「だからな、手紙が偽物だということも最初から気づいていたよ」

「!?」


 驚愕する俺の顔を見て店主が豪快にガハハと笑う。


「君のお父さんなら、君宛じゃなくて私宛に手紙を書くだろうし、内容ももっと豪快なんだよ。高値で買わないとシバくとか脅迫的なコトも絶対書くと思うよ」


 そう言って苦笑いする店主。

 軍人が民間人をシバくとか脅すなよ親父……。


「そんな怖いお父さんの名を騙って家財を丸ごと売り払うなんて、おっちゃん達にはとてもマネ出来ない。そして、一番近くでお父さんの怖さを見てきた君が、無謀にもそれをやろうとしてるんだ!」


 そう言って興奮しながら立ち上がると、俺の猫っ毛をグシャグシャ~と撫でる。


「君は何か大きな目的のためにそのお金が必要なのだろう? だから私はそのチャレンジを応援したくて、君に投資することにしたんだよ」


 そういってニヤリと笑うおっちゃん。

 カッコイイな!


「ありがとうございます……あれ?」


 俺の両目からボタボタと涙が流れ落ちる。

 こんなに涙もろかったっけなぁ? あれ? あれ?


「頑張れよ、少年!」

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