056:プリンセスタイム
メルフィが見つかったという報告から6日。
今回は王妃から手紙が届いた。
このやり取りのためだけに早馬をたくさん使ってると考えると、一体いくらお金がかかっているのだろう? と気になってしまうのは、俺が商売人だからだろうか。
「ふむ…」
父が手紙を読み終わったが、腕を組んだまま目を瞑って考え込んでしまった。
念のため俺も手紙を拝借して読んでみたが……
「セフィルってば、律儀に状況報告してたのな」
「ああ、この生活がとても有用で、民の生活を肌で感じることができた。ここで体験しているコトは、いつか自分が国を護る立場になったときに役立つだろう、みたいな内容をちょくちょく送ってる。そうでも書かないと、帰ってこいとか言われたら面倒だし」
手紙の文面には、ここでの生活によってセフィルが精神的に成長し、とても喜ばしいことだという王妃のお礼の言葉が添えられていた。
「あと、散々ワガママ王子と呼ばれていた俺が、ここに来て自らの生き方を振り返ることが出来た、みたいなコトも書いた気がする」
「それが原因かー。つーかワガママ王子って呼ばれてるコト知ってたのかよ」
「当然だろう。人の口に戸は立てられないさ」
そんな会話をしながらセフィルに手紙を見せると、あちゃー……みたいな顔をしていた。
王妃からメルフィ宛に届いた手紙の中身を要約すると……
「次の嫁ぎ先が決まるまでセフィルと共に民の生活を学びなさい」
といった内容だった。
セフィルが報告を美化し過ぎて、自分の思った以上に評価されてしまったため、だったら王女の教育にも良いだろう、みたいな判断をされてしまったようだ。
「ちょっと見栄を張り過ぎちゃったねぇ」
そう言いながら苦笑いするエマ。
事故から6日が経ち、ようやく笑顔を見せてくれるようになってきた。
ちなみに事故の翌日には学校の周囲が花でいっぱいになり、その次の日には校長室の前にアサガオとゴーヤのグリーンカーテンが出来上がっていた。
セフィルがエマを連れて何をしたのかは推して知るべし。
「皆さん、重ね重ね申し訳ありません……」
部屋の隅っこでシュンとなっているのは、事故以来すっかり大人しくなってしまったメルフィ。
「ううん、メルフィちゃんと一緒に居られるのは嬉しいものっ。可愛い妹が出来たみたいだから!」
エマの委員長スマイルが発動!
この笑顔でセフィルが一撃で陥落したのだから、その実妹のメルフィも当然……
「うわーん、おねえちゃんありがとうーーーー!!!」
「おっ、おねっ!? フヒッ」
メルフィに抱きつかれるわおねえちゃんと呼ばれて嬉しいわで、エマが微妙に気持ち悪い笑みを浮かべている。
「おねえちゃん、お兄さまを宜しくお願いします」
「は、はひぃ! あっ、鼻血が……」
どんだけ興奮してんだよ……。
まあ、これでコイツらの問題は片づいたな。
「………」
あとはクレアをどうにかしなければならないのだけど、こちらはかなり深刻だ。
あの事故の一件以来ずっと表情が暗いし、ロザリィも表に出てこない。
何か気になることがあるなら言って欲しいと伝えたのだけど「大丈夫」の一点張り。
全然大丈夫じゃないコトはいくら鈍いと言われる俺でも分かってはいるのだけども、一体どうすれば良いのかサッパリ分からない。
恋愛経験豊富な方々なら一発で対処できるのかもしれないけど、残念ながら俺は前の世界では非モテ&仕事一本で生きてきたダメ人間なのだ。
転生して相思相愛の相手が出来たからと言っても、いきなり百戦錬磨の恋愛の達人になるわけも無く、実際こうして困っている。
一体どうすりゃいいんだ……。
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一方、メルフィについてはロザリィと同じパワー系のバカキャラだと思っていたのだけど、さすがは王族だけあって大変賢かった。
まあ余所様の国に嫁がせる王女がバカだと国のメンツにも関わるわけで、そりゃ当然ではある。
というわけで……
「皆様初めまして、メルフィと申します。しばらくの間よろしくお願い致しますね」
「「「「ウヒョーーーーー!!!」」」」
「あいつら、俺が入ってきた時は全員死んだ目をしてたくせに、まったく…ブツブツ」
セフィルが不満そうにぼやく。
お察しの通り、我がクラスにメルフィがやってきた。
父の「生活を学ぶだけでなく学業にも勉めるべきです!」という一言で決まったわけだが、メルフィ自身も皆が学校に行っている間に家で待ち惚けする方が嫌だったらしく、丁度良かったのだそうだ。
「それにしても8歳で上級クラスだなんて、やっぱり王族の方々って凄いねー」
エマが感心しながら呟いた。
セフィルも旅に出る前に王都のリオン魔法学園を飛び級で卒業していると言っていたので、やはりこの一族の能力はかなり高い。
俺も感心しながらメルフィの方を見たが、目を逸らされた……。
相変わらず俺だけ駄目ですか。
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午後の魔法実習の時間。
セフィルの時と同じくメルフィはまだ授業には参加していないのだが、それでもたくさんの生徒たちに囲まれていた。
自己紹介でメルフィが自ら王族だと名乗った訳ではないのだけど、休み時間にセフィルを「おにいちゃん」と呼びながら後ろを追いかけていた時点でバレバレだ。
セフィルも悪徳領主を成敗する時にうっかり身分をバラしてしまったし、この兄妹はそんなうっかりがやたら多い。
「メルフィちゃんって何属性!」
「あ、あの、重力です」
「すげー!レア属性きたー!」
「れ、れあ?」
「見せて見せて!」
「あのっ、そのっ」
……とまあ、こんな具合だ。
自分の目的を邪魔する相手に対しては非常に勇ましいお姫様だけど、後ろめたい相手や自分を慕ってくれる相手に対しては強く出られない性分のようだ。
ったく、しゃーねぇなぁ…。
「メルフィが困ってんだから、お前ら散れ散れ! しっしっ!」
俺が突っ込んでいくと、周りの奴らが文句を言いながら離れていく。
「姫様ならもっと強気に、不敬罪で処刑するぞ庶民共!とか言ってあしらえば良いのに」
「誰がそんなコトをっ!」
ぷんぷんっ!な擬音が似合いそうな顔で不満げに喚く。
「セフィルはいつも言ってるぞ?」
「へ?」
妹のジト目に睨まれたセフィルは、わざとらしくコホンッと咳をした。
「でも、さっきは助けてくれて……。ありがとう、ございます。クリス……さん」
今回は目を逸らさずにお礼が言えたお姫様。
照れているためか少し頬が赤いけど、偉い偉い。
「………」
そんな俺たちを悲しそうに見つめる視線に、まだ俺は気づいていなかった。




