055:悲しみよこんにちは2
「本当に…ありがとうございました…」
私は深々と目の前の女性に頭を下げた。
『本当に、命に別状が無くて良かったです……』
「こんな街の近くで地盤沈下とはなぁ」
私の前に居るのは2人と1匹。
カトリさん、…フィーネさん、そしてお馬さん。
どうやら昼にオープンテラスで会った後、カトリさんの飼っているお馬さんの散歩をしていたそうで、ちょうど帰りの最中に凄い音がしたから来てみた、だそうだ。
『カトリさん、お手数ですが宜しくお願いします』
「ああ、馬車で戻ってくるからちょっと待っててくれ」
そう言い残して、カトリさんとお馬さんはこの場を離れていった。
………
……
…
あの時、クリスくんとセフィルくんが必死に走り出した理由を、私は理解できなかった。
その直後に目の前に巨大な穴が空いて、4人が落ちていった。
私は慌てて魔法を使って4人を助けようとしたけど、そこで私の目に映ったのは……メルフィちゃんを抱きしめるクリスくんの姿。
分かっている、緊急事態だということくらい。
分かっている、他意が無いことくらい。
分かっている、クリスくんはそういう人だと……。
それでも、私は何も出来ないまま……4人が穴の底に落ちる音を聞いた。
『アップドラフト!』
ロザリィさんが慌てて4人を穴の外に引き上げたけど、クリスくんとセフィルくんは倒れたまま動かない。
メルフィちゃんは呆然としたまま俯き、エマちゃんは泣いていた。
私も泣きながら二人にヒールをかけたけど、焦って使うせいで効果はデタラメ。
頭の中でロザリィさんが必死に騒いでいたけど、錯乱していた私にその声は届かなかった。
…
……
………
結局、偶然通りがかったフィーネさんがアークヒールという謎の治癒魔法を使って、クリスくんとセフィルくんは無事に回復。
ロザリィさんの知識に無い魔法名なので、女神様専用なのかもしれない。
まだ二人とも意識は戻らないけど、フィーネさん曰く「絶対に大丈夫です」とのこと。
しばらくしてカトリさんの馬車がやってきたので、皆で乗り込んで家に戻った。
クリスくんのお父さんが心配していたけど「二人とも疲れて寝ている」と説明した。
本当のコトなんて、言えないよ…。
~~
「あっふ…あれ?」
俺、いつの間にベッドに???
目を擦りながら起き上がると……
「おはよう、クリスくん…」
「うおわっ!」
目の前にクレアが居た。
俺の叫び声で隣のベッドのセフィルも目を覚ましたが…
「うおわっ!」
目の前に居たエマに驚いていた。
それにしても、クレアもエマも何でこんなに深刻そうな顔をしてるんだ???
・
・
「「マジか……」」
俺とセフィルの言葉が被った。
「覚えてないの…?」
「うーん、セフィルがボトムの魔法で倒れて、メルフィが家を飛び出していくのを追いかけたトコまでは覚えてるんだけど…」
「俺はもうちょっと先、委員長がメルフィに捕まったところまでは覚えてるのだが…」
どうやらエマが全力のディギングを暴発させて地面に大穴を空けて、そこに落ちそうになった二人を助けようとして、俺とセフィルも一緒に落ちたらしい。
通りすがりのラ……フィーネが超強力な回復魔法で俺たちを助けてくれたらしいのだけど、もしかすると落下時の恐怖を忘れさせてくれるために、落ちたときの記憶を消してくれたのかもしれない。
「俺たちはすぐに治ったから良いけど、委員長は……」
俺の目線の先には、泣きじゃくるエマをずっと慰めているセフィルの姿。
なんと言っても、再びエマの魔法が原因となって親しい人が死にかけたのだ。
地下実験場のサンドブラストとは違って今回は自らの意思で発動した分、精神的なダメージは計り知れない。
女神様はせっかくならエマの記憶ごと消してくれれば良いのに、サービス精神が足りてないな。
「エマちゃん…心配だね…」
心配だねと言っているクレアも、憔悴しきっている。
俺としては君の方が心配だよ……。
俺が死にかけたことが怖くて落ち込んでいるのだとしたら、慰めてあげないと……。
「覚えてないとはいえ、クレアを悲しませるようなコトしてゴメンな」
「うん…」
ダメだ……表情がさらに暗くなった。
こんな時、どうすればいいんだ? 女の感情とか全然わけわかんねぇ。
バンッ!
いきなりノックも無しに寝室のドアが開けられた。
そこには泣きそうな顔をしながら突っ立つメルフィの姿が。
部屋の真ん中まで来ると、なんと頭を下げた。
「私のせいでごめんなさい!」
そのまま床に涙の跡が増えていく。
「私はお兄ちゃんが大好きだけど、それだけ言えれば良かったのに、エマさんに嫉妬しちゃって、それでこんなコトになって、お兄ちゃんもクリスさんも死んじゃいそうになって、ごめんなさいいいぃぃ!!!」
泣きながらセフィルとエマに抱きついていくメルフィ。
支離滅裂だけど、言いたいことは伝わってくる。
俺もすっかり忘れていたけど、この子はまだ8歳の女の子なのだ。
精神的に未熟なのも当然だろう。
この子が可哀想なのは、その心に見合わない力の強さだ。
セフィルより3つ年下の妹でありながら、その兄を圧倒するほどの魔力と戦闘センスを持つ少女……。
いつかその力を持て余し、もっと悩む日が来るかもしれない。
その時に誰かが側で見守ってあげてくれると良いのだけどなぁ。
「…っ!」
メルフィが一瞬俺の方を見たかと思ったら、すぐに目を逸らしてそっぽを向かれた。
あれ? なんで俺、嫌われてんの?
「………」
その理由をクレアに聞こうかと思ったけど、あまりにも辛そうな顔をしていたので、聞きそびれてしまった。




