054:暴走する想い
「「「「「………」」」」」
ここは我が家のリビング。
この場には俺、クレア、セフィル、エマ、メルフィ、父の5名が集まっているのだけど、その中央のテーブルには1枚の紙が置かれている。
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神歴386年7月18日 通達 緊急度:最重要・最優先
事件名:メルフィ第二王女失踪事件
7月17日深夜未明、メルフィ第二王女殿下が南城門の門番1名を拘束し城から脱走。その後、西部へ移動していると目撃証言あり。
メルフィ第二王女殿下を発見次第、帰還を促すこと。ただし王女殿下との戦闘が発生した場合に危害を加えることは許されない。即座に撤退し上官に報告せよ。
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「……王女殿下との戦闘、って凄いパワーワードだな」
『建前上いろいろ書いてるだけで、つまりは戦闘が発生する前提ということよね。この指示書を書いた担当者の苦悩が滲み出てるわ……』
俺とロザリィのやり取りを聞いたセフィルが頭を抱える。
「セフィルくんとの戦いを見た限り…恐らく普通の人では…実力でも、立場的にも、メルフィを拘束できない」
クレアの冷静な判断を聞いたメルフィが「ふっ」と鼻で笑った。
世間知らずのお姫様はクレアの言ったコトを褒め言葉だと勘違いしたようだが、思いっきり皮肉が入っているからな?
「でもでもメルフィちゃん、こんな御布令が配られちゃったら大変だよっ。兵隊さんとか、色んな人に追いかけられちゃうかも……?」
「大丈夫ですよ。全て返り打ちにしますから」
駄目だコイツ……早くなんとかしないと……。
「……ふむ」
長らく沈黙していた父が口を開けた。
「メルフィ王女、今回の脱走は何が目的なのですか?」
いきなり核心を突く質問に、メルフィが無言になる。
不機嫌そうな顔からは、絶対に教えるものかという強い意志が感じられる。
だが、ファンタジーものにありがちな「王女様の家出パターン」から導き出した俺の予想は……コレだ。
「たぶん、セフィルに長いこと会えなかったのが寂しくて、会うために家出したのだと思うよ?」
「ヴッ!」
メルフィが冷や汗をダラダラかきながら固まった。
一発でビンゴだ。
「そうなのか? いつも出会い頭に襲ってくるから、あまり良く思われていないものだとばかり…」
セフィルはポカーンとした表情のまま、あっけらかんと言う。
「きっと…恥ずかしがり屋で…天邪鬼」
「ヴヴッ!!」
クレアの追撃でメルフィの目が虚ろになってきた。
そして、エマがトドメの一発を放った。
「メルフィちゃんは、お兄ちゃんが大好きなんだねっ」
プチンッという音が聞こえた気がした。
「黙らっしゃあああああああ!!!」
「ひぇーーーーっ」
突然メルフィが暴れ出したため、慌てて全員で取り押さえた。
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「シクシクシクシクシク……」
お兄ちゃん大好きっ子であることを本人の前で暴露されてしまったメルフィは、あまりの恥ずかしさに泣き出してしまった。
「ひとまず父さんは、メルフィ王女を保護しているので大丈夫だと、衛兵さんたちに伝えてきてもらえれば……」
「ああ、分かった。それじゃお前達、留守を任せたぞ」
そう言い残して父は玄関を出て行った。
ちなみにセフィルはさっきからずっとオロオロしている。
「メルフィの気持ちは嬉しいのだが、俺たちは実の兄妹であって……だな」
すると、クレアがセフィルに近づき、肩をポンと叩いた。
「実の兄妹…。同性…。世の中には様々な愛の形がある…」
「クレアは煽らないでくれるかなー!?」
俺のツッコミにニヤリとするクレア…いや、これはロザリィの方か。
そんな中、ついにセフィルが禁断の一言を口にした。
「それに俺には好きな子が……」
その瞬間、テーブルの中心にいきなり穴が空いた。
「おいぃぃっ! いきなりテーブルを壊すな!!」
テーブルを殴った犯人は言うまでもなくメルフィ。
拳の周りに帯びている黒い靄がさっきよりも刺々しいフォルムになっている。
「好きな子って、誰?」
さっきまでの丁寧語とは打って変わり、口調が完全にヤンデレのアレである。
セフィルは目を逸らして誤魔化そうとするが、目がイッちゃったままの妹に睨まれて冷や汗が凄いことになっている。
マジこええー……。
「好きな子って……誰?」
大事なことなので二度言いました。
「わっ…」
エマに注目が集まる。
「私だと思いますーーーーーーーーっ!!!」
そう言いながらエマが玄関を飛び出したっ!
獣の目をしたメルフィがそれを追いかけようとするが、セフィルが咄嗟にサンダーブレードを構えて立ち塞がった。
「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!」
そのセリフ、昔どこかで聞いたことあるっ!
「ボトム!!」
メルフィがスキルを発動すると、セフィルがその場に倒れた。
「ぐおおおおぉ…!」
恐らくターゲットに重圧をかける魔法のようだが、魔力4倍のネブラを倒したセフィルですら身動き出来ないとか、この王女様どんだけ強いんだ!?
「お兄さまはどうぞごゆっくり……」
そう言って玄関からメルフィが出て行くのを見て、俺とクレアもハッと我に返った。
「追いかけなきゃ!!」
「スピードアシストぉ!」
セフィルも重い身体に鞭を打って、気合いで走り始めた。
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「ひーーんっ!!」
エマはどうにか街の外れの平原まで逃げたものの、メルフィに首根っこを捕まれていた。
「よくもお兄さまを誑かせて……。平民の分際で……身の程を……!」
メルフィの拳に黒い靄……というかダークオーラが纏われた。
恐怖に震えるエマが何かを詠唱しているようだが、あれは……
「ディギングぅぅぅ!!!」
エマは意識を集中すれば、俺と同程度まで魔力を抑えて発動できるけど、恐らく錯乱状態では魔力抑制はほとんど利かないだろう。
俺が以前ディギングを使ったときは、深さ80センチほど穴が掘れた。
もしもエマが使ったディギングが手加減無しの魔力16倍だとすれば……。
下手すると、命に関わるレベルの地盤沈下が起きる!!
俺は奇跡的に魔法が発動するよりも早く反応し、一歩目を踏み出すことが出来た。
セフィルも俺の横を満身創痍のまま全力で走っている。
俺たちが到達する直前に大穴が空き、エマとメルフィが落下し始めた。
「「うおおおっっ!!!」」
二人同時に大穴に向かって飛び込み、目の前の女の子の手を掴んだ!
そしてセフィルはエマを、俺はメルフィを抱きしめたまま大穴に落ちていった。




