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052:続・卸問屋の物語

「これはこれは姫様、こんな夜分にどう致しました?」


 城の門番に話しかけられて一瞬動揺してしまったが、平静を装いながらわたくしは笑顔で近づいた。


「いつも夜遅くまでわたしたちの安全を守ってくださり、本当にありがとうございます」


「有り難きお言葉です……!」


 この門番はとても真面目な人なのだと思う。

 ここを通してくれと言っても、絶対に許してくれないだろう。


 だから、わたくしは笑顔のまま門番の肩に手を置いた。


「でも、今日だけはお休みくださいませ……」



~~



「~♪」


 今日の俺はとっても御機嫌だ。

 なんと言っても…


『良い天気でよかったですね~』


 俺の隣には貴族のお嬢さんこと、フィーネが居るのである!!


 あれは数週間前のこと、年下の女の子にタイマン勝負で負けたうえ、デートもそこで終了という最悪の結果に終わってしまった俺は、暗黒の日々を送っていた。


 クリスくんには「街の皆が気味悪がってるから、子牛が売られていく歌をブツブツ呟きながら死んだ目で馬車を走らせるの、マジでやめてくれない?」とか言われてしまう程に落ち込んでいたわけだが……。


 今日は一転、幸せの絶頂ですよ!


 しかも天に祈りが通じたのか、俺が買ってあげたリボン付き麦わら帽子に加えて、白ワンピースでやってきたとなると、前回の不幸を完全に帳消ししてお釣りが出るよ!

 似合いそうだとは思っていたけど、この美しさはまさに天使……いや、これはもう女神様だねっ!


 それにしても、まさか向こうからお誘いが来るなんて夢にも思わなかったなぁ。


『今日はどこに行きますか?』


「演劇でも見に行ってみっか。と言っても、やっぱり北教会なんだけどさ」


『ふふ、また皆さんとお会い出来るのが楽しみですね。でも、お友達を殴るのは駄目ですよっ!』


「分かってるって。それに、あの時はフィーネが金でデートに付き合う女みたいに思われた事の方がムカついたんだから許してくれよ!」


『うーん、じゃあ前回殴った事だけは許します。ホントは駄目ですけどね』


 そう言うとフィーネは片目をつむって笑った。

 意味は分からないけど可愛いな!



 というわけで、俺たちは北教会にやってきた。


 演劇は主に布教や子供の教育に用いられるためのものなので、東西南北の教会が劇場として機能しており、時には旅の劇団がやって来るコトもある。


 俺としてはそれが普通だと思っていたのだが、どうやら王都には城下に劇場シアターがいくつもあるらしく、ウチの国の王子様が「劇場が無いとか、女の子をどこに連れて行けと言うんだっ!?」と驚愕していたので、都会はずいぶんと事情が違うようだ。


 そして北教会のホールに来るや否や……


「なん…だと……」

「いや、それはもういいから。今日はお前を殴らないとフィーネと約束してるんだから邪魔すんなよ」


 馬のかぶり物を装着したまま驚愕の表情を浮かべる悪友のアーク。

 見た目だけは主役をやれる程のイケメン野郎なのだが、中身が残念過ぎるため、馬男やら虎男みたいなイロモノ役ばかり割り当てられているのが、友人ながら哀れである。


『あら、あの方は……』


 フィーネの目線の先に居るのは、北教会が誇る人気プリーストのキャシーさん。


「金髪のウィッグに羽衣、どこからどう見てもラフィート様の役だな。さすが人気のプリーストだけあって主役か~」


『そう……ですか……』


 フィーネがすごく複雑な表情をしているが、彼女と知り合いなのだろうか?

 でも、それなら「あの方は」なんて言い方しないだろうし、何か因縁でもあるのかなぁ。



~~



「この地に聖なる力を感じたのです……」


「ああっ女神さまっ。ならばここに貴女様をたたえる為の街を造りましょう」


 なるほど、この劇は布教も含めて、神都ポートリアが作られた経緯いきさつを語るストーリーらしい。

 ただ、見ていて腹立たしいのは……


 ブルンッ!

 おぉぉぉぉ……


 あの女神役のキャシーとやらが、演劇らしく大げさに動くと場内から歓声が上がることだろうか。

 女神の演技が文字通り神がかっているから…というわけではなく、おっp…人体の特定部位の動きがダイナミックなのだ。

 場内の男達の感情は凄まじく同調しており、今この瞬間に限れば、創造神ラフィートへの信仰の強さは王都の大聖堂に匹敵する程だ。


 だが、その理由がおっぱ…豊かな胸部とは、あんまり過ぎる。

 自分の胸元に手を当ててみるが……とてもむなしい。


 噴水の女神像といい、このプリーストといい、もういっそのこと北教会はおっぱい信仰に鞍替えしてしまって良いのでは無かろうか?



「私はここからずっと東の地から、この国の行く末を見守ろうと思うのだ」


嗚呼ああ、イサラータ様…。わたくしもお供しますわ……」


「ならぬ、貴女はこの世界の光であり、天から我らを見守ることが使命。私と貴女の気の迷いでその使命を無碍むげにすることなど、どうして出来ましょうか!」


「そんなっ、気の迷いではありませんわっ…!」


 そして国王に抱きつく女神。

 オェーーーー。

 そもそも、一仕事終えて帰ろうとしたところに、泣きながら帰らないでくれと懇願して来たのは奴の方だ。


 脚にさばりついて来たのが鬱陶うっとうしくて、思いっきり蹴り飛ばしてやったら「もっと蹴ってくれ!」とか言い出して、ドン引きしたのを覚えている。


 それがまさかの逆転ストーリーだと?

 きっと、伝記か何かを記した時に見栄を張ったのだろう。


 今更叶わないが、今もしコイツが目の前に現れたら全力でビンタしてやりたい気分だ。


 男性アイドルグループが、メンバー同士の絡み合う同人誌をうっかり見てしまった時の気分って、こんな感じなのかもしれない。



~~



 1つ目の劇が終わり、休憩時間になった。


「フィーネってめっちゃ感情移入しながら劇を見るタイプなのな…」

『ええっ!?』


 自身では無自覚なのかもしれないが、とにかくシーンごとに表情がコロコロ変わるのが面白くて、ついついフィーネの顔ばかり見てしまった。

 この子は結構お姉さんぶってる事が多いのだけど、こういう天真爛漫な姿を見せてくれるのは、何だかとても嬉しい気分になる。


『ぅー……』


 俺の指摘が恥ずかしかったのか、麦わら帽子のつばを両手で引っ張って顔を隠すフィーネ。


「まあ良いじゃないか。そんなにも一生懸命に見てもらえたと知ったら、アイツらも喜ぶぜ? すげー練習頑張ってるらしいし」


『うぅ……ごめんなさいぃ……』


 なぜ謝るのだろう???



 続いて2つ目の劇が始まった。

 どうやら、妖精を見つけた子供たちがそれを捕まえようと追いかける話のようだ。


「ヒャッハー!」

「そっちに逃げたぞぉ!!」

「助けてーっ!」


 釣り竿にぶら下げた妖精の人形を追いかける子供たちが可愛くて、教会の中は笑いで包まれる。


『懐かしいですねぇ』

「へっ?」


『えっ、ああーー…えーっと…子供の頃に劇をやったのが懐かしくてですねっ』

「ああ、なるほど」


 何故か手をバタバタして慌てるフィーネ。


「待てお前たち! 妖精をいじめてはいけないよ!」


「なんだおっさん、やんのか?」


「勇者様をおっさん呼ばわりとは失礼な! ええい、天の裁きを受けよ!」


「うわー、地面が沼になったー! 助けてくれ-!」


 茶色い布の上で子供たちがバタバタしている。

 この劇は一体……。


『どうやら、人に嫌がることをすると自分はもっと酷い目に遭いますよ、という教訓のための劇かと…』


 あー……このパートは教育用の劇なんだな。

 しかし妖精が子供を襲うって、それは教育的にアリなのか?

 子供たち、トラウマになっちゃうんじゃないか?


 確かに俺が子供の頃に見た劇も、イタズラ小僧が大時計台の鐘に閉じ込められて、悪魔に追いかけられる話で、めっちゃ怖かった覚えがある。


 ちなみにそのオチは、小僧が素直に謝ることで鐘がゴメーンと鳴って脱出できる……だから、悪いコトをしたらちゃんと謝りましょうね、っていう話だった。



 さて、昼食は行き着けの飯屋だ!


 お店そのものは小さいのだが、オープンテラスには広々とテーブルを並べてあり、夏真っ盛りの今の季節は、青空の下で食べるご飯が美味しいのである。


 外回り社員の最大の利点、それは「好きなお店でご飯を食べられる」という事なのである!

 そんな事を考えながら店員さんからご飯の乗ったトレイを受け取っていると、フィーネが何かに気づいたようだ。


『あら? あそこに居るのは……』


 フィーネの目線の先には、クリスくんとクレアちゃんが居た。

 前回の悪夢が一瞬頭を過ぎるが、今回はフィーネが自らトトトッと二人のところに走って行ってしまった。


『クリスさん、クレアさん、こんにちはっ』


「ブーーーーッ!!! ぐはっゴハッ!」

「クリスくんっ!?」


 フィーネに話しかけられたクリスくんがいきなり紅茶を吹いて、テーブルに突っ伏してしまった。

 前回、俺が気絶している間に何があったんだよ……。


「ラ…ラ……」


『私の名前はフィーネですよ、クリスくん』


「アッハイ……」


 クリスくんが微妙な顔でテーブルを拭いている姿がたいへんシュールだ。


「あ…カトリさんも…こんにちは」


 クレアちゃんが俺の姿に気づいた。


「ああ、こんにちはクレアちゃん」


 せっかくなので二人と相席にさせてもらうとしよう。


「それにしても……フィーネさん、確か仕事がかなり忙しかったと思うんだけど、にーちゃんとデートする暇あんの?」


『ええ、今までずっと一人で抱え込んでいたのですが、つい最近、臨時で働ける方が見つかりまして。おかげで週末くらいは自由に使える時間が出来たのですよ』


 そこまでして得た貴重な休みなのに、俺とのデートのやり直しの為に使ってくれるだなんて、嬉しすぎて涙が出そうだ。

 そんな事を考えていると、フィーネが俺の方を見てニコリと微笑んだ。

 俺もついつい頬が緩む。


「じーー…」


 そして、そんな俺達を熱視線で見つめるクレアちゃん。


「な、なんだい?」


「んーー…」


 そう言いながら今度はフィーネをじっと見る。


『…っ!?』


 あら? 麦わら帽子で顔を隠してしまった。


「ニヤリ…」


 えええ、全然何がなんだかわかんねー!

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