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048:異世界の行商人

「こんにちはー」


 リカナ商会で店番をしていると、一人の女性が訪問してきた。


「私は行商を生業なりわいとしているニストという者です」


 行商とは一軒一軒訪ねて商品を売り歩く商売、つまり俺がかつて前の世界でやっていた仕事のもっとアナログな感じの仕事だ。

 某乳酸菌ドリンクのオバチャンを通りすがりに捕まえて、バナナ味の豆乳ばっか買ってたのが懐かしい。


「どうもこんにちは。今、店主のリカナさんは配達に出ていて、今ここに居るのは留守番の僕だけなのですが。戻ったら、伝言を伝えておきましょうか?」


 ビジネスマナー的には、社外の人に対して自社の人間の名前を出す時は「リカナは」と呼び捨てするべきなのだけど、この世界にはそういう文化は無いので、さん付けで良いのだ。

 ちなみにリカナのおっちゃんが不在だと伝えた後に、戻ったら伝言を…と言ったのは、いわゆる断り文句だ。


 そもそも対面で直接PRして商品の魅力を伝えて売るだけでも難しいのに、それを間接的に俺を通して売るのはほぼ不可能に近い。


 さて、この人はどう対処するかな?


「そうですか。では、戻られましたらコチラをお渡しください。店主様に宜しくお伝えください」


 そう言って受付カウンターに置かれたのは商品の価格表だけ。

 はいアウトー!


「却下だ却下! アンタちょっとそこに座れ!」


「ええええーーっ!?」



「なるほど、雇われの行商さんだったのか」

「あ、はい……」


 店番をクレアに代わってもらい、俺は行商の人を交渉用のテーブルに連れてきた。


「さて、ニストさんにはツッコミどころが3つあります」

「ツッコミどころ???」


 まあ、自覚症状が無くて当然。

 自覚してたらあんな営業するわけ無いからね。


「まず第一に、俺が店主に伝言を…と言ったことに対して、素直に従ってチラシ置いてすぐに帰ろうとしたけど、こんな文字ばっかの価格表なんて渡されても絶対売れねえ」

「うぅっ…」


「次に、断り文句をバカ正直に受け取って帰ってどうするの。店番がそのまま忘れちゃったり、伝えるのが面倒でチラシ捨てられちゃったら、おねーさん来た意味ゼロだよ?」

「うぐぅ…」


 海外で鯛焼きブームを起こしそうなうめき声だな。


「そして最後に、俺が店番だと分かった途端にやる気が失せたみたいだけど、俺が店の跡継ぎだったらどうすんの? 店先で植木に水やりしてる人が経営者だったりするんだから、そういうトコを気をつけなさい」

「はうあっ!!」


 チーン…という効果音が聞こえそうなくらい項垂うなだれている。


「う…………」

 う?


「うわああああぁぁんっ!!」

 えええ、泣かれた!?


『やーい、クリスくんの女泣かせー』

「てめぇ、ロザリィ!!」



「私ちっとも売れなくて。この仕事向いてなさそうなんです……」


 改めてニストが持って来た商品リストを読み直しているけど、どうやら取扱品目が釘や金槌かなづちなどの建材中心のようだ。

 リカナ商会でも建材類を時々扱うことはあるものの、主力商品ではない。


「ウチより先に、建材専門店や建築会社に行く方がよっぽど確率が高いと思うんだけど?」


「既に取引先があるって言われて断られちゃいました」


「そりゃ取引先があるのは当たり前でしょ…。既存の取引業者以外から商品を買うのは、決済担当者としては後ろめたい気分もあるし、仕入れ先を変更して失敗した時のリスクを考えると、単に安いだけじゃ乗り換えないよ」

「うぐぅ……」


 ちなみに「既に取引先がある」も断り文句なので、それを言われて馬鹿正直に従ってたら、一生モノは売れない。


「ところでおねーさん」

「はい?」


「ここに、どんなバカでも簡単にモノが売れるようになる本があります。買いますか?」


「かかかかっ、買います! いくらですかっ!!!」


「冗談だよ」


「……… ・◇・ ………」


 おねーさんの顔が、豆鉄砲くらった鳩みたいになってしまった。


「今みたいに、相手の欲しがる商品を提示してあげるのが商売の鉄則なんだよ。相手が欲しいかどうか分からない物を当てずっぽうでやるよりも、確実に欲しいと思っているものを提示してあげる方が、絶対に良いんだ」


 俺の言葉を聞いて、ウーーン…と考え込んでしまった。


「でも初めて来たお店で相手の欲しい物なんて分からないよ…」


「そのために前もって調査をしたり、相手の立場になって、もし自分ならコレを欲しいかもしれない!と思うものを、あらかじめ考えておくんだよ」


「相手の立場…」


 小難しい営業スキルだのトークスキルだの、そんな小手先ばっかの技なんて無くたって、相手が必要とするモノをその場で提示出来れば、いずれ商品は売れる。


「さて、おねーさん宿題だ」

「!?」


「俺が必要だと思うものを次回までに考えて、もう1回おいで。もし確実に売れると自信をもって商品を持ってきてくれたら、その場で購入させてもらうよ。もちろんロクでもないモノを持ってきたら却下だけど」


 俺の言葉にニストが一瞬真剣な顔になり、すぐに笑顔になった。


「うん! 頑張るよ!」


「あ、俺は土曜日しかこの店に居ないから気をつけてね」


「分かった。それじゃまた来週来るね」


 それを見て、俺は安心してクレアのところに戻った。


「クレア、店番ありがとうな」


「うん…どういたしまして。クリスくんも…おつかれさま」


 そしてクレアは再び倉庫整理に戻っていった。


 ニストの方を見ると…フムフムと言いながら頷いていた。

 何か思いついたのだろうか?



 一週間後、再びニストがやってきた。

 ちなみに今回はおっちゃんとクレアも一緒に同席している。


「さて、おねーさんの思う、俺が買いそうな商品は何?」


「君に釘やレンガを売っても仕方ないし、ウチの会社的にちょっと反則だけど、コレなんてどうかな?」


 そう言ってニストが机の上に置いたのは……


「なるほど、コリャ確かに反則だ!」


 リカナのおっちゃんが爆笑している。


「ナイス…おねーさん」


 クレアも親指を立ててグッとポーズ。


「どうかな?」


 自信満々のニスト。


「…あはははは! 俺の負けだよ!」


 俺たちの目線の先にあるのは、女の子向けのアクセサリー。



 これで、もう大丈夫。

 きっとニストはこれからどうやって売っていくか理解出来ただろう。


 アクセサリーはどうしたって?


 そんなこと言わなくても分かるだろ?

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