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044:卸問屋の物語 その2

 速報! 我が家に初めておにゃのこが来たよ!


 初対面の子を一人暮らしの我が家に泊めるのはいくら何でもあんまりなので、一泊分の宿代くらいは貸してやると言ったのだが『返せるあてもないお金を借りるわけには…!』と断固拒否された。

 ここまでくると真面目と言うより、危機感が無さ過ぎるとすら思える。


 俺の愛読書なら間違いなく…以下略。


 とりあえず彼女にはリビングで待っていてもらい、その間に寝室に突撃した俺は、床に投げっぱなしだった雑誌や愛読書をベッドの下に投げ込み、万が一にも愛読書を見られないように封印という名の布を二重に被せて、その他諸々(たもろもろ)を布を隠すようにベッドの下に詰め込んで完了!


 これで完璧である……!


「おーい、入っていいぞー」


『し、失礼します…』


「汚い部屋だけど、野宿よりはマシだろ。寝るときはそこのベッドなー」


『何もかも、本当に申し訳ありません……』


 こちらとしては、良いトコのお嬢様をこんなボロ家に泊める事の方が申し訳ない。


「んじゃ俺は隣の部屋で寝るから、何かあったら呼んでくれ」


『はい、ありがとうございます』



 次の日。

 リビングの床で雑魚寝をしていた俺は、ゴソゴソという物音で起きた。


「んー、なんだー……?」


『おはようございます、カトリさん』


 ああそうか、この子が泊まってるんだったな。

 フィーネの手には…雑巾と水桶?

 寝ぼけまなこを擦って起きると……


「うおっ! リビングがめっちゃ綺麗になってる!!」


『はい、泊めて頂いたうえ、貴方を床で寝させてしまったのですから、せめてこのくらいのことは…』


 笑顔が眩しい……!

 昨日のトラブルを帳消しどころか土下座しても良いくらいだ。

 今日は清々しい朝だな……。


『それと、寝室も片付けておきました』


「!!!?」


 全力ダッシュで寝室に駆け込むと……なんということでしょう。


「封印が解けている……」


 ベッドの下には布どころかほこり一つ無い、ピカピカだ。

 もしやと思い本棚を見ると、我が愛読書がタイトル順に並んでいた。


 でもダメだ! 「下級生シリーズ」は「同級生シリーズ」の続編だから、同級生シリーズの右側に配置すべきなんだ!


 …って違う違う違う違っーーーーーーーう!!!


「うぅ……」


 床に膝をついて項垂うなだれる俺。


『あの…どこか至らない点がありましたでしょうか……?』


 私は何も見ませんでした! みたいな純粋な表情が余計に心苦しい。


「いや、いいんだ…。大丈夫……大丈夫…」



『お口に合うかは分かりませんが…』


 驚くことに、朝食までしっかり用意されていた。

 この街の住民はあまり朝食を食べないのだけど、さすがお嬢様は生活レベルが違うみたいだな。

 ……これがパートナーの居る生活か。


 リカナ商会の社長が「嫁はドラゴンよりも手強い。逆らうと灼熱の炎で骨も残さず消し炭にされてしまう」とぼやいていたが、こんな美しいドラゴン様に焼かれるのなら本望だ。


「ありがとう、頂くよ」


 机に並んだ料理はありふれたものだったが、とても美味しく感じた。

 こんな朝はとても久しぶりだな……。



 朝食を終えた俺は相棒のお馬さんの世話を済ませて、フィーネと一緒に街に出かけた。


『ところで、今日は何をして過ごすのでしょう?』


「そうだなー……」


 実はとても悩んでいる。


 なんと言っても相手は貴族のお嬢様なのだ。

 こんな荒くれ者だらけの街でお嬢様を満足させられる社交場があるわけもなく…。


「ひとまず教会にでも行ってみるか。今日なら人も集まってるだろうし」


 俺の暮らしている北教区の教会は他の教区とは毛色が異なり、露店が出たり劇場が開かれたりと、楽しさ重視路線だ。

 厳格な東教区の連中からは邪道だと文句を言われているが、神様を敬う気持ちがあればそんな事は関係ないだろう。


『こちらの教会はいつも楽しくて良いですね。厳粛にお祈りを捧げるのも良いですが、私はこういう楽しい雰囲気も好きです』


「お? フィーネは北教会に来たことあったのか」


『とても昔に1回だけですけどね』


 そう言って懐かしそうに目を細める。



 教会に到着っと。


 入り口には噴水と創造神ラフィート様を模したとされる像がある。

 中央広場にある観光用のヤツに比べると小規模だけど、これはこれで良いと思う。


 何よりもおっぱいが大きい!


『コホンッ!』


「どうした? 風邪か???」


『いえ、別に何となく喉の調子が…』


 そう言いながら赤い顔で俺を睨んでいる。

 何故だ……。



『……貴方は神を信じますか?』



 いきなり新興宗教の勧誘みたいな事を言われた!


「んー、居てくれたら良いと思うんだけど、正直微妙かなー」


『どうしてですか?』


 何故そんな悲しそうな顔に!?

 もしかすると、フィーネはかなり本気で神を信仰してるのかもしれない。

 ちゃんと応えないと……!


「神様が居るにしては、理不尽に死ぬ奴らが多すぎると思う。1つしか無い物を複数の奴らが欲しがっても誰か1人しか得られないのは仕方ないと思うけど、誰でも持っているはずの命を、得られる人と得られない人が居る理由が分からないんだ。だから、神様には居てほしいと思うけど、必ず居るかと聞かれると、自信をもってハイとは言えない」


『……………』


 駄目かー……。


『…分かりました。そうですよね…』


 納得してもらえた!

 でもこれだけは伝えておかないとっ。


「ただ、神様なら何でも願いが叶えられる万能な存在だ! みたいに俺たちが勝手に思い込んでいるだけで、神が人の命をどうこうする力を持ってないのなら納得は出来るんだ。ここに来てる人達にとっては、神を信じる者が集まって平和を祈ることが大切なのだから、神に無理難題を叶えてもらう必要は無いしな!」


 ちょっと言い訳っぽくなってしまったかなぁ……。


『ふふ、意地悪言ってごめんなさい。でも、貴方にそう言って頂けただけでも満足です』

 さっきまでの暗い表情から一転、お日様のような笑顔を見せてくれた。



 カラーンッ!


「なん……だと……」


 教会内の食堂でトウモロコシを焼いていた悪友のアークが、手に持っていたトングを地面に落とした。


「そんなバカな! カトリが女の子を連れているだと!?」


 アークの言葉に、聖堂に居た周りの連中もざわつき始める。


「カトリ…」


「なんだよ?」


「いくら払った?」


 アークに俺の渾身のアッパーが決まった。



「ちくしょー! 俺が女を連れてたらそんなにおかしいのかよ! ケッ!」


『ふふ、皆さん面白い方ばかりで、とても楽しかったです』


 楽しかったというか、奴らが一方的に俺をからかって楽しんでいただけだと思うのだが……。


『こうやって皆さんが幸せそうに笑っているだけで、とても素晴らしいことなのです。かつてこの世界は、そんな笑顔とは程遠い時代もありましたので…』


「あー、ウチのじーちゃんがそんなこと言ってたっけな。詳しくは覚えてないけど」



『それが幸せというものなのですよ』



 フィーネは嬉しそうに笑った。

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