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043:卸問屋の物語 その1

 俺の名前はカトリ。


 神都ポートリアという街で卸問屋のヒラ社員をやっている者だ。

 以前の職場があまりにも過酷だったため逃げ出してここにやってきたが、この生活をとても気に入っている。


 今日もいつも通り、俺が担当する卸先のお店を回っている。

 荷物の運搬はまあまあ大変だし、港町なだけあって取引先は厳しい人が多いけど、この仕事は俺の天職だと思……


「お前! また発注数を間違えやがったな!」


 お、思……


「すんません社長! 本当に申し訳ないです!!」


「ったく、オメーは相変わらずドジだな!」


 リカナ商会、ここが俺の一番の取引先だ。



「にーちゃん、そろそろ注文を受けた後にお店の人とすり合わせする癖付けたほうがいいよ? 俺もう傘を売るアイデア出てこないよ?」


「いつもちゃんとやってるのに、うっかり忘れたときに限って失敗しちゃうんだよーー! ……あと、傘の話は頼むから忘れてくれ!」


 俺の痛いところを的確に突いてくるこの子は、このリカナ商会で働いているクリスくん。

 なんとわずか2ヶ月で数千万ボニーもの大金を稼ぎ、病に倒れた女の子を死の淵から救ったという、トンデモナイ少年だ。


 俺達商人の間でも凄く話題になっているスーパールーキーなのだけど、このリカナ商会で働いているのは毎週土曜日だけで、それも店番と在庫管理だけという無駄遣いっぷり。

 クリスくんに一度その理由を聞いたことがあるのだけど、一言で


「子供は学校で勉強するのが仕事です」


 とバッサリだった。


「それに、しばらく休みが欲しい。働きたくないでござる!」

「ござる?」


 よく分からないことも言っていた。



「~~♪」


 鼻歌を歌いながら馬車は行く~っと。

 夏の日差しは眩しいけど、こう何かワクワクする感じが好きだ。

 何か良い事が起こるといいなー。


「これで隣にキレイなねーちゃんでも乗ってたら文句ナシなんだけどなー」


 この仕事をやってると独り言がやたら増えてしまうのが難点だな。

 誰も居ない平原で走る時なんて、大声で熱唱するのが日課だしな~…!

 と思ったその時!


『っ!!?』


 道の真ん中に女性がっ!!

 くそっ、俺としたことが見落としたかっ。


 馬の手綱を引くと同時にブレーキレバーを引いて急ブレーキをかけた!

 この速度では間に合わないと判断して急激に方向転換させると、荷台から「カチャンッ」と嫌な音がした。


 そして、地面に斜めにえぐったような車輪の跡を残して馬車は止まった…。

 制止した馬車の目の前には、呆然と立ち尽くす金髪の女性の姿。


「馬鹿野郎! いきなり道の真ん中に出てくるやつがあるか!!」


 俺が怒鳴ると女性は涙を浮かべ、頭を何度も下げてきた。


『本当にごめんなさい! どうも慣れてなくて…』


 慣れて???


『ああっ! その手は……』


「ん? ああ、ちょい切れたか」


 飛び石か何かが左腕に当たったらしく、少し流血していた。


「こんなのかすり傷だよ。唾でも付けときゃ治るって」


『そんな、いけません…!』


 そう言うと女性は細い指で俺の左腕をそっと触れた。

 ひゃー、綺麗な手ぇしてんな。

 どっかのお嬢様だろうか……?


『アークヒール!』


 あーく? 何それ???

 ……と思っているうちに一瞬で怪我が完治してしまった。


「うわっ、すげえっ。あんたプリーストだったのか……!」


『まだどこか痛むところはありませんか?』


 俺の左腕に指を触れたまま俺を見上げる女性。

 近っ! 顔が近っ!


「だ、大丈夫だっ」


 さすがに女性慣れしてない俺には刺激が強すぎる!

 恥ずかしさで顔を背けて荷台をみると…


「わあああああああ!!! 商品が!!」


 そういや、さっき嫌な音がしてたもんな……。


・・


 結局、届け先に詫び入れたり、会社で始末書を書くだけで1日が終わってしまった……。

 明日は休みだってのに、なんでこんな悲しい気分にならにゃイカンのだ…。

 トホホ……。


『あの、本当に申し訳ありません…私のせいで…』


 俺の散々な一日の原因になった女性は、悲しそうにうつむいていた。

 理由を説明するために付いてきてもらったので「隣に綺麗なねーちゃんを乗せて走る」という願いは叶ったのだけど、こんな悲しそうな顔のまま乗せても全く嬉しくない。


「まあ過ぎたことは言いっこなしさ。お互い怪我もせず無事だったんだから、良しとしようや?」


 そう伝えたものの、首をフルフルと左右に振る女性。

 こりゃ随分と真面目なお嬢さんだなぁ。


『どうにかお詫びをしたいのですが…その、商品を弁償できるようなお金を持ち合わせてなくて…』


「別に気にすんなってんのに…」


 どう見たってお嬢様なのに、お金が無い、か……。

 王都の事件でお取り潰しになった貴族が結構居ると聞いたけど、この子もその一人なのかもしれない。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前はカトリ。変な名前だけど、じーちゃんが昔世話になった人から取った名前なんだとさ」


 俺が自己紹介するときの定石パターンだ。

 このヘンテコな名前のおかげで子供の頃はバカみたいに苦労したし、散々からかわれたなぁ。

 やっぱ子供には普通の名前を付けるべきだとしみじみ思う。


『カトリさん……ですね。私の名前は………フィーネと申します』


 目線が右上に泳いでいたのが少し気になるけど、可愛い名前だな。


「んで、フィーネはどこから来たんだ? せっかくだし、家の近くまで連れて行ってやるよ」


『そんなわけにはっ! それに、ここからずっと遠い場所なのでっ!』


 あー、やっぱり王都の事件でお取り潰しになった家の子か……。

 ますます、そんな子に詫びを入れさせるなんて、外道にも劣ること出来るわけないよ。

 俺の愛読書の主人公ならここで「身体からだで払え」とか言っちゃうんだけど。


『身体でっ!? あの……それは……困ります……』


「ええええ! 俺、声に出してた!?」


 うっわ! 恥ずかしいいいいい!!


「そのっ、かっ、身体と言っても、1日デートしてくれればいいんだ! それで十分だ!!」


 俺は一体何を言っている!!


『な、なるほど! デートですかっ! 明日1日だけなら……どうにかなると思います!』


 うわーーーーーっ! 何故か断られなかったぞ!!

 1日限りとはいえ、こんな綺麗なおねーちゃんとデートできるのは奇跡としか言いようがない。

 今日の散々なトラブルも、これ一個で帳消しでお釣りが出るね!


『それではまた明日、ごきげんようっ!』


 ん?


「……あれ? さっき金持ってないって言ってたけど、宿どうすんだ? 家も遠いんだろ???」


『えっ!?』


 そんな驚かれても……


『ど、どうしましょう……』


 本当にどうしたものか……

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