004:学校へ行こう!
というわけで、ついに登校ですよ。
クリスくんの記憶を参照することで大まかに状況は分かるのだけど、俺にとってはクラスメイト皆が初対面なわけで…。
小学3年の頃に転校したときも、こんな気分だったなぁ。
だが、ずっと教室前で立ち往生しているわけにはいかない。
いざ行かん!
「お、おはよう…っ」
教室に入ると一瞬静かになり、それからドタドタッ!と椅子を蹴っ飛ばしながら皆が集まってくる。
「退院おめでとうっ!!」
「すげーな、あんな高い橋から落ちてよく生きてたな!」
「噂の美人ナースはどうだった!!?」
おおお、これはアレだ! 入院したり骨折すると何故かヒーロー扱いされるやつ(正式名称不明)だ!!
五体満足で大きなケガもせず成人した俺には全くもって無縁だったけど、まさか転生後に体験することになるとは…。
「死ぬかと思ったけど、運良く助かったよ。あと、美人ナースは噂通りスゴかった!」
周りの奴らからウヒョー!とか俺も入院してぇぇ!とか聞こえる。
うんうん、どこの世界でも男子はバカでよろしい。
「でもクリスくん、随分雰囲気変わったねー?」
「だなー、前はもっと暗い感じだったもんなー?」
うっ! さすがお子さま達はこういうトコ敏感だな…。
「いや、頭を強く打つとしばらくこんな感じになることがあるらしくてっ。しばらくすると落ち着くと思うよっ」
「へー、不思議だね~~」
適当にでっち上げたウソなのだが、子供達にとっては納得できるものだったらしい。
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<1時間目:歴史>
うーん、初授業だけど眠いぞ。
「我々の暮らすこの街は神都と呼ばれていますが、それは当時の国王イサラータ1世により…ブツブツブツブツブ…」
子供の勉強なんてチョロいとか思ってたけど、ゴメンナサイ。
そう言えば、俺は社会の授業がクソ苦手だったな…Zzz…。
<2時間目:文法>
いわゆる国語の時間。
俺をこの世界に送り込んだヤツの『なーんも心配あらへん!』の言葉の通り、クリスくんの言語能力に俺の読解力がプラスされるおかげで、全く苦労しない。
それに…
「三週間もお休みしてて心配だったけど、ちゃんと勉強していたのね。偉いわ~~(^-^)」
女性教師ゆるふわウェーブ先生(仮称)の見た目が個人的にかなり好みなので、この時間がとても楽しみです。
<3時間目:天文学>
驚くことに、地動説をベースに独自の解釈も含めた本格的な内容だった。
100年ほど前に天体望遠鏡が発明されて急激に天文学が発展したとのことだが、惑星の名称が完全に前の世界に準拠していて、思わず苦笑い。
これ絶対に渡り人の仕業だろう…。
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たった3教科授業しただけで下校とは……。
太陽が真上に昇ったばかりだというのに、まさかの放課後である。
『何だか物足りないって顔してるわね…』
「俺が前居た世界だと子供は皆、夕方までずっと勉強してたんだよ。本気で頭いいヤツは、それから塾っていう別の学校に行って、さらに夜まで勉強してた」
『それはそれで、何とも言えないわねぇ…』
まあ、個人的にも朝から夜までひたすら勉強し続ける特進クラスの連中の生活は全く理解できなかったな。
幸いウチの親はその辺あまりうるさく言わない性格だったので良かった。
「さて、そろそろ昼飯でも食うかなぁ」
街の中央の大時計台を見上げると、時刻は午前11時49分。
ちなみに大時計台は12進/60進数を採用した円形で、しかも午前・午後の概念まで前の世界と全く同じ。
天文学を伝来しただけで時間の考え方まで完全一致するとは考えにくいので、渡り人の中に時計職人を目指してた若者がいて、こっちの世界で時計を作ったのかもしれないな。
色んなところで前の世界の名残に出会えるのは、なかなか感慨深い。
『何ぼけーっと時計見てんの? さっさと行くわよ』
うん、台無し。
「そういや、校内で話しかけたらマズいんじゃなかったのか???」
『アンタ独り言が多すぎなんだもの。ずっとブツブツ言ってるから、周りの子が怖がってるわよ?』
俺、そんなに独り言多かったのか…。
道理でさっきから誰も話しかけてこないと思ったよ。トホホ…。
『んで、どーすんの? 道草食わずに家にまっすぐ帰る??』
「どうするかなー…」
と、歩いていると、オロオロと困っている先生と涙目の女の子に遭遇した。
知らない顔なので、別のクラスの子だろうか。
「どうしたの?」
「実はこの子が…」
「病院イヤー! 怖いーー!」
うんうん、子供らしくてよろしい。
子供は注射や歯医者のキュイーン!を恐がり、検尿でやたらテンションが高まるくらいでちょうど良いのだ。
「どこか悪いの?」
「この子が病気なのではなくて、同じクラスの子が入院しててね。今日はお知らせの紙と勉強用の冊子を持って行ってほしかったのだけど…」
その紙に書かれている学年は同じ…、クラスは2つ隣…、受け取り人の名前は…クレア・パートン。
名字は初見だが、これはもしかして!
「クレアって、近くのメディラ病院の…?」
「あら? ひょっとして君はクリスくんかな?」
さすが学校の規模が小さいだけあって、先生が生徒の名前を把握してるのな。
「はい。先日まで僕は入院していて、クレアさんと同じ部屋でした」
「そっかー。もし良かったら、この子の代わりに届けてくれないかしら? 先生これから会議で遅くなりそうなのよ~」
「はい、わかりました」
そう言って女の子から鞄を受け取る。
「本当にありがとう!!」
さっきまでの泣き顔がウソかのように、笑顔のおにゃのこ。
うん、可愛いな!!!
『……ロリコン』
「うるせぇ…」
今の俺は子供だから良いんだよ!
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「本当に毎日…来なくても大丈夫…だよ?」
さんざん俺の退院を嫌がっていたクレアだが、さすがに退院翌日でいきなりやってきた俺の顔を見るなり苦笑い。
「いや、今日は担任の先生から届けモンだ。ほれっ」
クレアは鞄を受け取るとプリントやら教材に目を通していく。
一通り見終わったらしく、鞄をこちらに突き出して…
「お引き取りください…」
「くぉら!」
ふざけたことを言うクレアのこめかみをグリグリ…。
「やめろぉ…!」
「ギブギブッ…!」
病室で暴れてたら美人ナースのおねいさんにめっちゃ怒られた。
・・
「じゃあ、またね…」
クレアに見送られて病室を出ると、それまでどこかに行っていたロザリィが戻ってきた。
「監視任務を放棄して、ほっつき歩いてて大丈夫なのか?」
『この病院で立てこもったり、爆破テロとかする気は無いでしょ?』
「あったりめーだ」
『だったら大丈夫よ』
何が「だったら」なのかは謎。
渡り人の性格に応じて妖精の性格が決定されると言われたものの、このボケとツッコミの関係になるように意図的にコイツを寄越したのだとしたら、妖精の国のお偉いさんは頭がイカれてるとしか思えない。
『ところでさー』
「なんだ?」
『昼食、いつ食べるの?』
すっかり忘れてた…。
夕日で真っ赤になった大時計台の時針はほぼ真下を指し、街に夕刻を知らせる鐘の音が響いた。