031:年の差なんて
「うははは! その現場、超見たかったなぁ~」
俺の爆笑っぷりに、クレアが恥ずかしそうに顔を隠す。
「うう…まさかこんなことに…」
最初にセフィルから「クレアが女子とケンカした」と聞いた時はちょっと焦ったものの、その武勇伝ぶりには驚かされた。
前にロザリィから多少は聞いていたけど、クレアは意思表示が苦手なだけで、その内に秘めた心はとても強いのかもしれない。
もしかすると、前に一度すごく活発に喋ってたけど、実はアレはロザリィのイタズラじゃなくて素だったりして。
「そんなまさかねー」
「…??」
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というわけでセフィルの部屋にやってきた。
「さて二人とも、ここに来た目的を覚えているか?」
「観光」
「新婚旅行…」
『強い奴に会いに来た!』
「お前らもう帰れええええ!!!」
ジョークを真に受けて暴れるセフィルを制しつつ…。
「すまんすまん。俺とクレアは城内を見学するふりをして、城内に居る人達の会話を探ってみようと思っているんだ」
コクコクと頷くクレア。
「人は重要な秘密ほど公言したくなるものだからな、思わぬところでスゴい情報が手に入ったりするもんだ」
これは前の世界でのビジネスマンとしての経験。
顧客と喫茶店で待ち合わせをしていたら、隣の席の奴らが明らかにヤバい顧客情報をベラベラ喋ってるなんてコトはザラだったりする。
一番酷い時なんて、電話越しにWiFiアクセスポイントのAP名とパスワードを大声で読み上げている大バカ野郎を見たことがある。
「俺もお前たちを案内したいところではあるけど、一緒に居るだけでも警戒されそうだし、お前たち二人で行動してもらうのが良さそうだな」
確かにセフィルの言う通りだろう。
紛いなりに…と言うと怒られそうだけど、セフィルはこの国の王子様なのだ。
道を歩けば注目され、城内でもお偉いさんがバンバン話しかけてくる。
セフィルと一緒に居ると、情報収集どころでは無くなってしまうだろう。
「そういえば、セフィルは実際に人体実験やってる現場に忍び込んだんだろ? 知ってるヤツや聞き覚えのある声は聞こえなかったのか?」
セフィルは腕を組んで、うーーん…と考え込む。
「実験内容をベラベラ喋ってたヤツは全く知らない声だったけど、周りの奴らの声は何となく聞き覚えはあったんだよな。今思えば、姿を見てから逃げるべきだったかもしれん。むしろいっそのこと、お前らの悪事はそれまでだ!とか言って飛び出すべきだったか…」
『アンタそれ、確実に捕まったうえ実験台にされて、王子様は失踪しました~って言われるのがオチよ?』
「うっ…!」
いやはや、危ないところだったな…。
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作戦会議も終わり、今は俺とクレアの二人で城内を歩いている。
ついに黒幕の情報を探るための隠密作戦スタートだ。
「クリスくんと…城内デートです」
「えっ!?」
「冗談…だよ」
とは言うものの、その目は真剣そのもの。
確かにここ最近はセフィルと三人行動が多かったもんなぁ。
「まあ、あくまで表向きは城内の見学なんだ。変に聞き耳立てることにこだわると逆に不自然だし、普通に回ろうぜ」
俺の返事に満足したのか、クレアが笑顔になった。
よし、正しい選択肢を選べたようで一安心。
「それにしても、この城のレイアウトは珍しいな」
「……?」
よくあるRPGの場合、正門から入ると「ここはホニャララのお城です」みたいに教えてくれるNPCがいたり、何故かド真ん中に噴水があったり、2Fに王族用の寝室があったりと独特なレイアウトなのだけど、本来「城」とは、王や領主がどんな犠牲を払ってでも生き残るための要塞のようなもので、そもそも寝室すら無いのが普通なのだ。
ところが、この城のレイアウトはまるでゲームのような独特過ぎる設計になっている。
初日に国王に会ったときだって、城門を直進するだけで謁見の間に入れてしまうほどのザルっぷりには驚愕した。
2Fには寝室どころか客室まで完備し、城に常駐する騎士や労働者の子供のため、学園を併設するほど福利厚生が充実!
…ってそれは本当に王城でやるべきサービスなのだろうか?
俺とクレアは普通に歩いて城内を自由に歩いているけど、通りすがりの騎士に会釈するだけで完全スルーだし、厨房にも普通に入れてしまった。
つまりこの城は、他国からの襲撃やテロに対して全く無力だということであり、セキュリティレベルは最低最悪と言える。
どうしてこの城は、ここまで意図的に低セキュリティに徹底されているのだろう?
「クリスくん…難しい顔してる」
はっ!? クレアそっちのけでひたすら城のコトを考えてた!
「ああ、ちょっと考え事してた。ごめんなー」
「ううん…。難しい顔してる時…やっぱり大人なんだなあ…って思う…」
「うーん、自分じゃ分からないや」
「そっか…」
「……」
「……」
二人とも無言のまま歩く。
何だこの雰囲気は…。
「私は……」
「?」
「クリスくんが私を…子供扱いして…大人の立場で見守っていること…気づいてる…よ」
「…!!」
「それは仕方ないと思う…生きてきた世界も違う…。でも…いつかはちゃんと…恋人として、大人の女性として見てほしい…」
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深夜。
何となく寝付けなかった俺は、隣のベッドでスヤスヤと寝ているクレアを起こさないよう、そっとバルコニーに出た。
「気づいている…か」
俺自身、実はクレアに言われるまで全く自覚していなかった。
前の世界では、そもそもこんな経験すら無かったからなぁ。
「はぁ……」
「溜め息なんて珍しいじゃないか」
何故か中庭にセフィルがいた。
「王子様が夜中に外でウロウロしてる方が珍しいよ」
「ははは、言えてる。んで、どうしたよ?」
「実は……」
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「なるほどなー。確かに、お前がクレアを見てる時の目って、ウチの親父が妹を見てるときとソックリだもんな。クレアって、いつもぼーっとしてて何考えてんのか分からねーけど妙に勘が良いし、気づいててもおかしくないな」
「マジかー…。つーか、妹いたのか…」
「今はウチのカーチャンと一緒に隣国に行ってて、和平交渉の真っ最中だな」
「ああ、姿見えないと思ったらそういうことかー。聞いちゃマズいのかと思って触れなかったんだけど、安心した」
俺の言いたいことを察したのか、ハハハと笑うセフィル。
「だけど、ウチの妹ってまだ8歳なんだよ。和平のためとはいえ、この歳で結婚相手が決まっちまうのは、何だかなーって思うよ。分かっちゃいるんだけどな…」
やはりこの世界も、お姫様の「役割」は元の世界と同じらしい。
願わくば、隣国のお相手が良い人であってほしいところだ。
こんな話をしているせいか、セフィルまで溜め息を吐く始末。
「俺ら、悪党をぶちのめしに来たはずなのに、訳わかんねーコトで悩んでばっかだな」
苦笑するセフィルのために、おじさんからアドバイスをしてあげよう。
「若い頃の苦労は、買ってでもしろってな。前の世界にはそんな言葉があったよ」
「なんだよそれー。急に大人ぶるなよ、ズルいじゃねーか」
俺とセフィルは同じ年齢。
背丈はセフィルの方が少し高い。
でも、生きてきた人生は俺の方がずっとずっと長い。
「11歳のガキンチョに40前のおっさんが恋愛相談してる時点で情けない話なんだから、少しくらいは大人ぶらせてくれよ」
俺がそう言うとセフィルが笑い、俺も釣られて笑ってしまった。
……たまにはこういう夜も良いよな。




