024:王子様は語る
街での騒ぎから一週間が経ち、ついに国王から直々に「帰ってこい」といった内容の手紙がセフィル宛に届いた。
ちなみに父は自宅近辺への異動を希望していたが「あのワガママ王子をお前以外の誰が面倒を見るというのだ?」と一蹴されたらしく、再び王都への単身赴任が決定し、かなりションボリしていた。
その姿を見たクレアが「人事部グッジョブ…」と不埒なコトを言っていたけど、気にしないことにした。
・
・
そんな中、セフィルから俺とクレアに大事な話があると言われ、俺たちはセフィルの部屋に集まった。
「なあ、お前らにお願いがあるんだ…」
「委員長が戻ったら宜しく伝えておくよ」
「いつか…君を迎えに行くよ…って言っとく」
「そうじゃない! いや、確かに凄く気になるけど! つーか、愛の告白を代弁するのもやめろ!!」
ぜーっぜーっ…と息を切らすセフィル。
「冗談だよ。次はちゃんと聞くから…」
「微妙に話す気が失せてきたが…まあいい。二人とも……俺と一緒に王都に来る気はないか?」
……へ?
「俺が城から逃げてきた本当の理由をお前たちに話す。それを聞いてから決めてほしいんだ。今まで一緒に過ごしてきて、お前らなら信用できる…っと分かってるからな…」
信用できる、と発言したところで少し照れているのがコイツらしいな。
「実は…」
・
・
そこで王子から聞かされた話はかなり衝撃的なものだった。
城の牢獄に捕らえられた重罪人は、表向きは処刑されることになっているが、実際には秘密裏に開発が進められている「リソースダンパー」の実験台になっている。
リソースダンパーは生きた人間からリソースを抽出し結晶化することができ、更には抽出したリソースを別の人体に移植することで、一人の身体に大量のリソースを蓄積することが出来るらしい。
しかも、人間はリソース量と魔力が比例して増加する特性を持っているため、理論上は人間の限界を超える威力の魔法を扱える最強のソルジャーを生み出すことが出来る。
この事実は国王も知らされておらず、軍の幹部を含む一部の人間が独断で行っている…。
「正直なところ何とも言えないな。こんな話が漏れたら大騒ぎになるだろうに、セフィルはそれをどうやって知ったんだ?」
「この実験施設の入り口が城の地下牢にあるんだよ。俺が遠征から戻ったのが夜中だったんだけど、牢屋のドアが開いててな。つい興味本位で覗いたら、一番奥の独房の隠し扉に数名の大人達が入っていくのが見えたんだ。ドアが開きっぱなしになってたから、コッソリ尾行したら地下にすげえ広い空間があって…。身を潜めて隠れていたら、その中の一人がベラベラとひたすらさっきの話をしてたんだ」
なんで悪党っていちいち自分から余計なことを喋るんだろうなぁ…。
「すぐにそこから逃げ出して親父に相談したんだけど、全然信じてくれないしさ。かといって裏でそんな非道な実験が行われているのを見て見ぬふりなんて出来なかったんだ。だから城の外に行けば、解決のヒントが見つかるんじゃないかなと思ってさ…」
なるほど、それで城を単独脱出して、この街まで逃げてきたのか…。
「確かに関係者以外は独房に近づくことは無いだろうし、完全に盲点になってるんだろうな…」
「俺の話を信じてくれるのか!? ウチの親父ですら聞く耳を持ってくれなかったというのに…」
そりゃ日頃の行いに問題が…と喉元まで言葉が出掛かったけど我慢我慢。
まあセフィルは「寂しいから城に着いてきてくれ~」なんて言うヤツじゃないし、こんな中二病の妄想が悪化したような作り話を俺たちに真剣に話すキャラでもないだろう。
「お前はどう思う?」
『よくもまあそんな外道な抜け穴を思いついたものね…。確かに、リソース流出を抑制する特効薬ルナピースは王立医学研究所とモリス聖薬の共同開発だったけど、王立医学研究所がリソース入出力のメカニズムを特定したものを、モリス聖薬が成分分析して作ったと考えれば、人為的にリソースを出し入れする手法が見つかっていてもおかしくないわ。こんな馬鹿げた方法で戦争用に強化された魔術師を生み出されたら、各国の軍事力のパワーバランスが崩れるでしょうね…』
ロザリィの考察に頷く俺。
ただし、セフィルはひとりポカーンとしている。
「なんでお前らそんなに詳しいんだよ! 知らねー単語ばっか出たぞ!?」
まあ、そうなるよねぇ…。
「クレア、ロザリィ…いいか?」
「うん…大丈夫だと思う」
『まあ、コイツなら大丈夫でしょ』
「???」
・
・
俺たちはセフィルにこれまでの経緯を説明した。
俺が異世界から来た渡り人であること、ロザリィという監視役の妖精が居たこと、クレアがリソースリーク患者だったこと、特効薬ルナピースの開発者と出会ったこと、そしてルナピースを入手したもののクレアは死亡し、妖精ロザリィと一体化することで生き長らえたこと、そしてリソースリークの全ての元凶となる「悪意」の存在…。
一通り話し終えると、セフィルは……困ったことに、目が輝いていた。
「とても不謹慎だと思う…。思うのだが………スゴいな! スゴいな!!」
王子という立場上、普通の子よりも大人びているとはいえ、11歳の子供には刺激的かつ魅力的な話に聞こえるのは仕方あるまい。
特に「民の為の防衛遠征隊」なんて名前の部隊を作ってまで正義を崇拝するセフィルにとっては、たまらない話だろう。
一頻り盛り上がったセフィルだが、突然ハッ!と何かに気づいた。
「コイツが温和しくなったり、凶暴になったりする理由も分かったよ…」
『ほう、凶暴呼ばわりとは良い度胸してるじゃない…?』
「ひぃっ!」
このパターンも見慣れてきたなぁ。
・
・
「クリス、クレア、お前たちには俺の友人として城に来てもらいたい。こんなコトをお願い出来るのは、お前たちしか居ないんだ…頼む!」
王族であるセフィルが平民の俺たちに深々と頭を下げるというのは、恐らく王家が始まって以来初めてのことだろう。
俺たち二人が身分の差に関係なく接していたからこそ自然に出来たのかもしれないが、これを無碍にするなんて出来ないよな。
「ここまで聞いておいて、このままお前を一人帰らせるわけないだろ?」
「言うまでもなく…協力する」
「ありがとう、ありがとうな…! うぅ…」
あらあら、正義の王子様が泣き出してしまった。
『なーに、こっちには人類最強の魔法使いが居るのよ? そんじょそこらの三下の悪党なんて、一発でぶっ飛ばしてやるわ!』
我が家のパワー系妖精が変にやる気を出しやがってくれているのが少し心配だなぁ…。
・
・
父にこのことを話すかは迷ったが、三人で相談して「黒幕が同じ組織の人間だからこそ立場的にも動きづらいだろうし、その部下に黒幕と繋がってるヤツが居たら、父の命が危ない」という結論になり、父にはリソース抽出実験のことは伏せておくことにした。
それでどうやって俺とクレアが城に行くかというと、ワガママ王子らしく「二人も一緒に城に連れてこい。俺が遊び飽きたら帰らせるから」というムリヤリ過ぎる理由で、セフィルが父に説明したのだ。
それを聞いた父は、深いため息を吐きながらあっさり承諾してしまった。
組織に属する人間は、上に従わざるをえないということを俺は散々経験しているので、父の気持ちは痛いほど分かるなぁ…。
『あんなデタラメな理由で通っちゃうなんて、日頃の行いの賜物ねぇ』
「お前、それ嫌みで言ってるだろ?」
・
・
それからの城へ行くための準備がとても大変だった。
リカナのおっちゃんや会長、マダムへの挨拶をはじめ、学校への届け出や、俺から商品を買ってくれている常連さん達への事情説明など、まるで転勤前の引き継ぎのような慌ただしさだった。
幸いにもエコール校長から「お城で働いている人たち向けの魔法学園があるから、そこで実技だけでも学ばせてもらえるようにお手紙を書いておくわ」と言って頂けたので、欠席をあまり気にしなくて良さそうだ。
さあ、明日にはこの街を出発だ!




