022:働くコトの意味
さて、今日は土曜日なので学校はお休みだ。
土日連休の文化を渡り人が持ち込んだのか、この世界の住人が自然と生み出した流れなのかは謎だが、未来永劫絶やさずに続けて頂きたいものだ。
……と言っても、学校は休みでも俺はリカナ商会のお手伝いデーである。
クレアが退院すると同時に、俺はおっちゃんの売り上げを搾取する「いんちきアフィリエイト契約」を解消し、今はフリー契約という名のアルバイトとして土曜日だけ手伝っている。
当初は物珍しさから凄まじい賑わいを見せたホース・タンプ社の観光馬車タイアップ商法も、今では競合他社がパクり……もとい、インスパイアされたサービスを提供し始めたため、以前に比べると来客者数は程々に落ち着いてきている。
まあ、これが正しい市場競争の姿とも言えるのだけどね。
「なんで休みの日に外に出て店で働いているんだ? お前の父親の身分なら、家計が経済的に苦しいことはないはずなのだが…」
興味本位でついてきたセフィルが疑問を口にするが、まあごもっともである。
「リカナ商会は父さんの友達の店で、店主のリカナさんは俺たち二人の恩人でもあるんだよ」
クレアも頭をコクコクと縦に振る。
「俺は別に恩人と言われるようなことはしてねーけどな。シシシ」
せっかく株を上げてあげたのに、いきなり正直にバラしちゃうおっちゃん。
「まあ、社会勉強も兼ねて働かせてもらってるんだよ」
「へぇ。確かに民の働きを見るのも大切かもしれんな。俺も見学させてもらおう」
「民???」
おっちゃんが不思議そうな顔をしている。
セフィルの奴、微妙に天然入ってんな…。
「ちょっと倉庫に荷物取りに行くから、セフィルもついてこい」
「お、おいっ」
有無を言わさず引っ張っていく。
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「お前、考えなしに民とか言うなって。一国の王子様がこんな場所に居る時点でヤバいんだから…」
「うーむ…」
「私にとっても…死活問題」
あ、クレアもついてきてた。
確かにセフィルが居なくなると再び別部屋になるだろうしなぁ。
さすがにベッドは別々なのだが、寝起きを同室で共にするルームメイトというのは大変良いものである。
「あぁ? なんだお前、俺が居なくなるのは寂しいのかー?」
『自惚れんじゃないわよ、この穀潰しが! 』
「一体何なんだよオメーは!!?」
この二人の漫才も磨きがかかってきたなー。
「だが、言葉に気をつけないといけないのはクリスの言う通りだな。しばらくこの暮らしを続けたいし」
セフィルが一瞬憂いを帯びた表情を見せた後、またいつも通りのヤンチャな顔に戻った。
コイツもコイツで王族ならではの悩みがあるんだろうなぁ。
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「一体どういう事だ…?」
私は衛兵用の伝達文書を見て驚きの声を上げた。
盗賊団出没の警戒や定期巡回の指示、更にお尋ね者についてなどの最新情報などは書かれているのだが…
「セフィル王子の捜索について全く書かれていないだと……」
子供の足で馬車を乗り継いでこの街にやってきたとすれば、既にセフィル王子が失踪してから2週間以上が経過しているはずなのだが、そんな状況でありながら、何一つその事が書かれていない。
実は王子が国王に許可を頂いてから出てきたという可能性もあるが、それなら国から私に対して何らかの指示があるはずだし、そもそもセフィル王子自らが私を脅迫してまで「居ることを内密にして欲しい」と直訴してきたのだから、それも考えにくい。
確かに王子の家出は前代未聞の大失態であるし、大臣連中が隠蔽して秘密裏に解決したいと考えている可能性もあるが、どうにも違和感が拭えない。
「これは調べてみる必要がありそうだな…」
~~
「毎度あり~」
買い物客を威勢良く見送るセフィル。
興味本位に「ちょっと店番やらせてくれよ!」とか言うから任せてみたけど、ちゃんと様になっててビックリだ。
「挨拶もしっかり大きな声で、お客さんとも会話出来てる! 文句ナシだ!」
いつものワガママ王子とは思えない程しっかりと働いている姿に、おっちゃんも太鼓判だ。
「おうっ! まかせろ!」
おっちゃんに髪をワシャワシャされて御満悦なセフィル。
なるほど、この子は褒めると伸びるタイプなんだなー。
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「3人ともお疲れ! また来週もよろしくなっ」
というわけで本日はここまで。
「ほれ、今日のバイト代だ」
封筒を一人ずつ手渡しで受け取る。
おっちゃんの店は売上に関係なく、日当5万ボニーなので、かなり良心的なお店だ。
俺がクレアを助けた時に開拓した客入りもあってか、1日に3人合わせて15万ボニーもの賃金を支払っても十分にやっていけるのだから、この店はこれからも伸びるだろうなぁ。
「……???」
何故かセフィルが封筒を持ったまま不思議そうにキョロキョロしている。
「どうしたんだ?」
「バイト代って、何だ???」
あー、王子様だもんなぁ。
そもそも王族は領民からの税収で莫大なカネを動かせる立場なのだから、民衆の労働システムを学ぶ機会すら無いだろうし。
ここは真剣に考えるキッカケを与えてやろう。
「セフィル、驚かずに聞いてくれ。この封筒にはお金が入っているんだ」
「な、なんだってーーっ!」
『何なの、その茶番劇…』
俺とセフィルのやり取りに早速ツッコミが入ったけど華麗にスルーする。
「国家は税を徴収し、その税を使って国民の生活を護っている。父さんは日々鍛錬した力を使って民衆を護り、その対価は税から支払われているのは分かるな?」
「ああ…」
「民衆は税を支払うためにお金を手に入れなければならないけど、その一番の手っ取り早いのは労働の対価、つまり今回の俺たちのようにお店の手伝いをして、そのお礼としてお金を得る方法だ。手に入る金額は最小限ではあるけど、そこに発生する責任も最小限で済む」
「なるほど」
「その一方で、俺たちに働ける場所を提供してくれているのが、おっちゃんのような経営者という立場の人だ。俺たちが働くよりもずっとたくさんのお金を得ることが出来るけど、働く人たち全ての生活を支える義務があり、重い責任が発生することになる」
「……」
「んで、王族の場合は労働の義務は無いけど、自らの存在そのものに民衆とは比べものにならない責任が発生するんだ。他国から侵略されたり国王が暗殺されるなどして領地が奪われると、そこの民全てが人間として生きる権利を失うことになる。王族は自らが生きて、領民を生かすことが使命ということだなー」
「……っ!!」
セフィルが歯を食いしばったまま俯く。
マズいな…微妙に地雷を踏んだ気がする。
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・
リカナ商会からの帰り道。
「やっぱ俺、帰るべきなのかなぁ…」
セフィルはまだ微妙に気が晴れないようだ。
社会を知らないお子さまには少し重かっただろうか。
『まあ、あの言い方じゃ、とっとと城に帰れって言われてるようなもんだったしねぇ』
久々にロザリィが口を開いた。
「なんでだよ……」
『重責を担うはずの王族がこんな片田舎で何やってんだ? って言ってるように聞こえてたもの』
「うーん、そんなつもりは無かったんだけどなぁ」
「だが、いつまでも逃げていられないのも事実だからな…」
いつになく真剣な顔つきのセフィル。
ここは元・年長者として若者を導いてやるかな。
「まあ、転校してきてすぐに居なくなるのもどうかと思うし、もうしばらくはこの街で過ごしとけよ。こういう家出とか冒険は、いつか大切な思い出になるもんさ」
「そっか……。しかしお前、何だかウチの親父みたいなコト言うんだな。おっさんみたいだぞ?」
『おっさんですってよ』
「うっせぇ!」
それにしても、セフィルはどうして城を脱走したのだろうか……?




