002:少女との出会い
「それじゃ、私は診察室に戻るから何かあったら周りの人にお願いして呼んでくださいね」
「うん、ありがとうおねえさんっ」
女性看護師が部屋から出ていくのを見送ってから"俺"は素に戻る。
「さて、どうしたものか…」
空からの単身スカイダイビングで橋梁近くの川に着水したところまでは覚えているのだけど、気づいたら病室に居た。
病室と言っても普通の部屋にベッドが6つ並んでいるだけ。
衛生面もあまり配慮されていないことから、医療レベルは推して知るべし。
周りを見ると小さな子供ばかり。
部屋に鏡が無いため自分の容姿はハッキリとは分からないのだが"自分の年齢は10歳"と記憶しており、名前も"クリス"と言うらしい。
かなり曖昧な表現になってしまうが、自分の事のはずなのに、まるで人の日記帳を読んでいるような違和感がある。
これが転生…か。
「………」
ふと前を見ると、向かいのベッドの女の子と目が合った。
というか、ガン見されてる?
「な、何か用かな…?」
俺が苦笑いしながら話しかけると、俺の頭に指をさして…
「頭に包帯グルグル…」
「ああ、川に落っこちてケガしちゃってね」
「イタイイタイ?」
「いや、もう大丈夫だよ」
「よかった」
そして再び無言に…なんだか変わった子だなぁ。
いわゆる不思議ちゃんと言うヤツだろうか?
「クレア」
「???」
「私の名前」
「ああ、なるほど。俺はクリスだよ」
「似てるね」
クしか合ってないんだけど、うーん。
・・
「君は何で入院してるの?」
「病気だよ」
「だ、だろうね…。外傷も見あたらないし」
「ガイショー???」
「あー、こっちの言語に無い言葉は元の発音のままなのか。ややこしいなぁ…」
「?????」
不思議ちゃんが不思議そうな顔をして首をかしげている。
「ま、まあ気にしないで。病気なのは分かるけど、どんな病気なの?」
「体がどんどん弱くなって、動けなくなって、死んじゃうみたい」
うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。
「いや、ごめん。ホント、ごめん…」
さすがにデリカシー無さ過ぎだろ俺!
「大丈夫、だよ。すごいお薬が発明されてね、それが買えたら治るんだって」
「うひぃ…良かったぁ…」
不治の病じゃなくて本当に良かった。
これが、残り数ヶ月の命だから最期はここで……みたいな話だと気まずすぎるし、退院するまで陰鬱な日々が続くところだった。
「だから、パパとママがお薬買うために、すごく頑張ってるの。遠いところでお仕事してるから、お手紙でしかお話できないけど、頑張る!」
寂しいような、凛々しいような、強がってるような、そんな不思議な笑顔の少女。
この子は体が弱くてぼーっとしているように見えるだけで、根は強い子なのかもしれないな。
・
・
それからというもの、正面のベッドに向かって話すことが多くなった。
厳密には向こうから話しかけて来るのを受け答えしてるだけなのだけど、もともと子供と話すのが嫌いじゃなかったので、こちらとしても気が紛れてとても助かる。
「おねえさん、男の子の間で"美人ナース"って呼ばれてて人気、だよ」
「確かに美人だね」
「ああいうのが、好き?」
「個人的にはもう少し可愛い系の方が…」
「クリスくんは可愛い系が好き、っと」
「え、何でメモ取ってるの!?」
・
・
「ご飯を残すと、すっごい怒られる」
「お残しは許しまへんで-!」
「???」
「ご飯を残した相手をどこまでも追いかけてこらしめる"食堂のおばちゃん"という凄い人がいるんだよ」
「そうなんだ。前にね、美人ナースさんが、ご飯残したら大きくなれないよー、って言ってたけど、あそこまで大きいと、大変かも」
クレアが胸の前で手をボインボイン、みたいなモーション。
「ブッフォッ!!」
隣のベッドにいる男の子の笑いのツボに直撃してしまったらしい。
「あの子は、ボイン好き?」
「酷い言いがかりだ…」
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・
「私は、猫が好き」
「俺も猫派かなぁ」
「派???」
「すごく猫が好きって意味」
「じゃあ、私も猫派」
「でもクレアは何で猫派なの?」
「投げると、すごいカッコよく着地する。投げがいが、ある!」
「やめてさしあげろ」
・
・
というわけで入院から三週間。俺の怪我は無事に完治し、退院することになった。
「クリスくん、おめでとう!」
女性看護師にギューっとされて大変照れくさい。
それに……うむ、とても良いボインだ!
同室の子達からもパチパチ…と拍手してもらえるのも、何だかくすぐったいなぁ。
「………」
んで、不思議ちゃん、もといクレアは布団を被ったまま出てこない。
「えーっと、クレアちゃんっ。クリスくんが退院だから、ちゃんと見送ろっ。ねっ!」
女性看護師さんが苦笑いしながら呼びかけるも、返事無し。
「いつもはこんなコト無いんだけどねぇ…。寂しいのカナー?」
と言いながら、両手を合わせてゴメン!みたいなポーズで俺の方を見るおねえさん。
ったく、しゃーねぇなぁ…。
「あー、これからもお見舞いに来てあげ…」
言い終わる前に目の前の布団がバサッ!とめくれあがる。
「毎日…?」
「もう少し間隔を広くしてくれませんかね!?」
「冗談…だよ」
そう言うとそのまま寝転がってしまった。うーん、マイペースだ。
「じゃあ、またな!」
「うん…またね」
・
・
先生たちに見送られて病院の外に出ると、そこに広がっていたのは木造家屋と石造の家がまばらに並んだ町並み。
「マンガで見た中世ヨーロッパの雰囲気とはずいぶんと違うな…」
地面も綺麗な石畳を想像していたけど、実際には建物の前の歩道が整備されているくらいで、馬車の走っている車道は土を均しただけの簡素な作りだ。
確か、馬の蹄鉄を掃かせてアスファルトの上を走らせると滑って危険だと聞いたことがあるから、もしかするとそれを配慮してあるのかもしれない。
そもそもここは異世界なのだから、自分の知っている世界の文化や常識で考えるのが間違っている気もする……。
「神都ポートリア…か」
クリスくんの記憶にあった、この街の名前。
神の都と名付けたくらいなのだから、この街には神様が降臨したことがあるのかもしれないな。
なんと言っても俺を異世界に放り込むような神が居るのだから、この世界にも神様くらい居るだろうし。
「安いよ安いよっ! 今日はイイ魚が入ってるよ!」
「いらっしゃい! ちょっとそこの奥さん、見ていきなよっ」
通りすがりの商店の雰囲気は、まるで前の世界の下町のよう。
商品の近くには1000ボニーや3000ボニーなどと書かれており、どうやらこの国の通貨単位らしい。
前の世界で見慣れた数字に比べて0が一つ多い気がするので、ボニーの価値はあまり高くないようだ。
・
・
「これが我が家かー…」
病院から子供の足で徒歩10分ちょい。
「自分の子供が川に落ちて死にかけて入院してんのに、結局一度も来なかったわけだが。すげー家庭だなぁ」
ぼやいてみたものの、しっかりと記憶には理由が残っている。
父親はかなり有名な軍人だそうで、遠征中のお偉いさんと出払ったままほとんど家に戻らず、母親はそんな父親に愛想を尽かして出て行ったらしい。
実際、父親は今も国のどこに居るのかも分からないし、クリスくんが怪我をしたという情報が伝わっているのかすら分からない。
「雨風しのげる家と生活のための金はあれど、そこに家族としての繋がりは皆無、か。全く難儀だな」
と、誰も居ない玄関で独り言をぼやいた後、ただいまー…と言いつつ家に入る。
やっぱり自分の家のような感じがしない。
何だか、おじゃましますって感じだ。
「さて、どうしたものかな…」
なんだか前も同じような言葉を呟いた気がするけど、とりあえずクリスくんは学校に通っていたようなので、明日からは通学することになるだろう。
勉強机の上棚を見ると、綺麗に教科書が並んでいる。
医療レベルが低い割に印刷技術や製本技術は確立しているようで、本の作りもちゃんとしている。
この街の建造物の出来は良いし、住民のモラルも悪くないけど、医療技術はイマイチ。
文明レベルのバランスがデタラメなのだが、まあ異世界だから仕方ないのかもしれない。
前の世界の常識が通用しないことがこれからも多々あるだろう。
「たぶんコレが理由なんだろうなぁ…」
そういって手を伸ばした先の教科書の背表紙に書いてあるタイトル名は
「よい子の魔法(意訳)」
奥さん、魔法ですよ魔法!
異世界に行くと聞いて内心期待はしていたけど、実際にお目にかかることになるとは…。
教科書をざっと読んでみたところ、ヨーロッパにおける五大元素の考え方とかなり近く、エーテルの代わりに雷や重力のような概念が取り入れられているようだ。
ただし、魔法に関する知識がクリスくんの記憶に全く残っていないので、恐らくまだ習っていないのだろう。
それに、魔法が使えるというのもさることながら、再び学校に通えるということが嬉しい。
学生の頃は勉強なんてクソくらえと思っていたけど、社会に出ると驚くほど勉強する機会が無くなってしまう。
資格取得やら営業スキル研修も勉強なのだが、アレは一種のノルマみたいなものだから、学校で学ぶのとは違うんだ。
定年退職してから再び大学に入り直すような人を時々テレビで見るけど、その気持ちは凄く分かる。
「でもなぁ…」
姿鏡を見ると、茶色がかった猫っ毛な髪型の少年が映っている。
「俺はこの子の……クリスくんの意識を奪ってここに居るんじゃなかろうか…」
前々から異世界転生モノを読むたびに、ずっとこれが気になっていた。
クリスくんは橋から落ちて病院に運ばれたと聞いたけど、もしかすると川で遊んでいたところに俺が衝突したのかもしれない。
この子にはこの子の人生があり、俺に上書きされなければ…。
本当に俺は……?
『そんなコトは無いから安心しなさい』
突然後ろから聞こえた声に驚いた俺は、勢いよく振り返…ゴッ!ガンッ!ガシャーンッ!!
「なんだなんだなんだ!???」
何かが左肘に当たったと思ったら棚の上の置物やら花瓶が崩れて、足下に半透明の羽がくっついた人形っぽいモノが落ちている。
とりあえずトンボを掴む感じで人差し指と親指で羽を掴んで持ち上げてみると…。
「うおぉ、ティ○カーベルだ! 妖精だ!!」
『ばたんきゅ~』
突然やってきた妖精は、とても古典的な失神スタイルでした。