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017:無題

 何だこれは…?



「神の祝福を……ヒール!! お願いだから…ヒール!! ヒール!!…うぅぅ」



 いつも急患が運び込まれるたびにやってきては患者を助けるプリーストのおねーさん。

 俺にとっては命の恩人でもあるのだけど、その人がベッドの横で泣き崩れている。



「クリ…ス……君」



 美人ナースと評判のティカートおねえさん。

 せっかくの美人なのに、目の周りが真っ赤に腫れて台無しだ。


 静かな病室。


 皆が下を向いたまま動かない。


 クレア一人だけが上を向いたまま動かない。


 手を握ってみたが、まだ少し温かい。


 ……。




『貴方はこの後、とても辛く悲しい思いを経験することになります』

 ああ、こんなに悲しい思いは初めてだ。


『それでも絶望しないで、貴方の信じることを最後まで信じて…』

 ……。


『きっと大丈夫ですから…』

 ………。



 ………。

 ………。

 ………。

 ………っ!!!



「ふっざ…けんなああああああああああァァァァ!!!!!」



 これで絶望するなだと? これで大丈夫だと??


「何が創造神だ! 何が女神様だ!! てめぇがちゃんと世界を守っておかねーからこんなことになったんじゃねーか!!! 俺はやるべきことはやったぞ!!! クレアが余命3ヶ月だと知って! たった2ヶ月で、予定よりも1ヶ月早く特効薬を手に入れたぞ!!! なのに、なのに、なのになのになのにぃ!!! なんでクレア死んでるんだよ!!! どうして俺をこの世界に呼んだ!!! 応えろよラフィートォォォ!!!!!!」


 俺の絶叫に病院の周りがざわついているのが聞こえる。

 そんなことはどうでもいい。

 感動映画だとここでキスのひとつでもすれば奇跡が起こって生き返るのだが、大切な人が死んでしまった状況で、キスなんぞ出来るわけがない。

 安らかな死に顔を見るだけで、猛烈な吐き気で今にも気が狂いそうだ。


「…………」


 俺はクレアの口に特効薬をねじ込むと、水差しで流し込んだ。

 無駄だということは分かっている。


 クレアの死因は「リソースの枯渇」。

 特効薬の効果は「リソースの流出抑制」。


 それぞれの効果が噛み合っていないのだから、生き返るわけがない。

 この薬も本当は、必要としている誰かにあげるべきだったのかもしれない。

 でも、この薬だけはどうしても他のヤツに渡したくなかった。



 これから俺はどうすれば良い?





 俺はどうすれば…?








『ったく、何しょぼくれた顔してんのよ』

 うっせぇ……。



『えーっと、なんて言うかね』

 ……。



『アンタ、この子のこと、好き?』

 ノーコメントだ……。



『ちょっとふざけないでよ! 好きなのか嫌いなのかハッキリと!』

 まあ、好き、かな……。



『それでよし!』

 ……。



『えーっとね……』

 ……。



『朝なんか言おうとしてたの、女神様が夢に出てきたか聞きたかったんでしょ?』

 ……!?



『あははー、やっぱりかー。私もついに念願のラフィート様とご対面よ』

 ……。



『すごくお美しい方ね。憧れるわ~~』

 ……。



『アンタが何を言われたのかは知らないけど、私はねー』

 ……。



『後悔しないよう、自分のすべきことを、やりたいようにやりなさい、だって!』

 俺と違うな……。


『女神様のお墨付きよ!!』

 おいおい。





--- だから、

--- 私のやりたいようにやらせてもらうわよ!





 ロザリィが腕を振るうと同時に、病室の壁に巨大な魔法陣が出現した。


「これは何!? 何が起きてるのっ!!?」


 プリーストのおねーさんには壁の魔法陣が見えているようだ。

 しばらくすると魔法陣の上に新たに文字が追記され、それと平行してロザリィの周りの空気が震え始めた。


「よよよ妖精!!!?」


 プリーストのおねーさんが驚愕の表情を浮かべた。


『あら、さすが本職の人はこの段階で見えるのね。おねーさん、良い腕してるわねー』


 プリーストのおねーさんは、口をパクパクしたまま腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 以前、ロザリィが「力の強い聖職者や魔術師じゃなければ私達が見えない」と言っていたけど、ごく普通のプリーストのおねーさんにも見えてしまうということは、既にロザリィに何か変化が起きているということだろうか…。


 そして、ロザリィがクレアのベッドの前で両手を広げた。



『我が名は妖精ロザリィ! 渡り人クリス・エリアスの監視役である!』


『これ、ホントはアンタが死んだ時に一度だけ生き返らせるための力なんだけどね!』


『ズルいわよね! 妖精は"フェニックスの尾"かっつーの!』


『この術式は禁呪である! この術式は滅びと共に…! 我が命を捧ぐ!』


『我は……今この時をもって、渡り人クリス・エリアスを導くすべを人の子クレア・パートンに委ね、終熄しゅうそくを宣言する!』


『それじゃ、またねっ!』



『Resource transfusion!!!』



 魔法陣が砕け、青白い光を放ちながらクレアに吸い込まれて行った。

 光はどんどん強くなり、とても目を開けて居られない……。

 

 

 そして全ての光が消えたとき、そこにロザリィの姿は無かった。


 プリーストのおねーさんはロザリオを握りしめて震えながら「神よ……」とずっと呟いている。

 他の人達も最後の瞬間は見えたらしく、呆然としている。


 そんな中、俺は一人ベッドに近づきクレアに話しかけた。




「あのさ……」

「……」



「すっげー大変だったよ」

「……」



「あ! そういえば謝らないといけないことがあるんだ」

「……」



「借りてた髪飾りなんだけど、宝石の部分をヘンな3人組に取られちゃってさ!」

「……」



「ホントごめん!!」

「……」



「……ごめん」

「……ダメ」



「どうしたら許してくれる?」

「……新しいのを買ってほしい」



「わかった! 一緒に買いに行こう! オススメの店があるんだ!」

「……それと」



「まだあるのか!?」

「……帰ってきたときに、最初に言う言葉は?」



「あー、えーっと…改めて言わないとダメ?」

「……ダメ」



「た、ただいま…」

「『おかえりなさい』」



「今どっちが返した?」

「どっちもだよ」『どっちもよ』


 …ははは、ロザリィめ、面白いコトしやがって。




こうして、俺の新しい異世界生活が幕を開けた。













Continue..?



「坊や、よくやったわね」

 マダムが優しい笑みを浮かべて俺を迎えてくれた。

 クレアの元気な姿を見たシーナさんが泣き出してしまい、マダムがなだめている姿が印象的だった。

 息子さんも天国で喜んでいることだろう。



「長いこと仕事サボってたかと思いきや、嫁連れてきやがったか!」

「俺も彼女欲しいぃぃぃ!!」

 リカナ商会のおっちゃんと傘のにーちゃんは今日もいつも通り。

 でも最近働きっぱなしで疲れたから、もう少し休ませてくれよな。



「おかえりなさい、クレアさん。しっかり勉強に励むのよ?」

 微笑む校長先生に対して、クレアは「はい!」と元気に返事。

 これからは一緒に学校に通えるな。

 どんな学校生活になるのか楽しみだよ。



「おおクリスくん! 帰りの便の不手際、本当に申し訳ない!」

 ホース・タンプ会長は開口一番、ダブルブッキングの謝罪だった。

 今度は情報伝達システムのノウハウを伝授せねばなるまい。

 それよりも、まずはホウレンソウからか…?



「ようこそ可憐庭かれんていへ~。そこのカップルさん、おひとついかが~?」

 クレアとの約束を果たすため、新しい髪飾りを買いに来たわけだが……。

 月の石の髪飾りについては「いつの間にか棚にあったのよ~」だそうで……。

 謎は深まるばかりだ。



 それじゃ、帰ろうか。






~~


 ザッザッザッ。

 自分の足で外をこうやって歩くのは、ずいぶん久しぶり。

 地面のザラザラが不思議な感じ。


 目の前の男の子に手を引かれて歩くのも不思議な感じ。

 ちょっとペースが早いせいで歩くのが大変なのだけど、きっとこの人は手を繋いで歩くことに慣れていないのだろう。

 そう思うと、何だか可愛らしく思える。


「……」


 大時計台の時間を見るとまだ夕方のはずなのだけど、空は薄暗い。

 空気も何だか肌寒いし、冬が近づいて来ているようだ。


 今日は凄い1日だった。

 きっと、今日のことは一生忘れないと思う。



………

……



『初めまして、クレアさん』


 目の前にすごく綺麗なおねーさんがいる。


「ここは……?」


 私は病室で寝ていたはずなのに…。

 どうして真っ暗な場所にいるの?


『私はラフィート 。貴女達が創造神ラフィートと呼んでいる、女神です』


 え……。

 私は死んでしまったの?

 女神様に会えたことよりも、今は悲しくて悲しくて。

 涙が止まらない。


「私、約束したのに……。クリスくん……」


 お薬を持って帰ってきた時、私が死んじゃったと知ってどう思うかな?

 約束を破ったことを怒るのかな。

 それとも悲しい気持ちになるのかな。

 どちらにしても、彼を傷つけてしまうことが本当に辛い。


『貴女は優しい人ですね…』


 女神様が微笑みかけてくる。


「でも、私は……約束を守れなくて……」


 そう呟いた瞬間、目の前に細い光の柱が現れた。


『お待たせいたしました、ラフィート様っ』


 ちっちゃな女の子…。

 いや、あれは小さい頃に見た絵本に出てきた「妖精」だ。


『いえいえ、貴女には迷惑をかけてしまいましたね。この子のリソース量が突然急降下した時は肝が冷えました。これも"悪意"によるものなのでしょうか……』


 何の話だろう……?


『それにしても、渡り人に使うための禁呪を無関係な人間に使ったうえ、監視任務まで移管だなんて、女神様もなかなかやりますねぇ。シシシシ……』


『他の神々から承認を得るのが大変でしたよ……』


 妖精さんがニヤリと笑い、女神様もそれに合わせて微笑む。



『というわけでアンタ!』



 ビシッ!と私にちっちゃな指が向けられた。


「え? え? 私!?」


『私の名前はロザリィ! 渡り人クリスを監視する為に生まれ、彼と共に死ぬことを運命づけられた存在よ!』


「あ…、はい」


 妖精さんがニヤリと笑った。


『これからはアンタが監視役それをやりなさい』


「え???」


『厳密には意識と記憶とリソースが私とアンタで共有状態になっちゃうから、多重人格探偵……じゃなくて、ふたりで一つの身体いれものを共有することになるけど、我慢しなさいよね! ホントならアンタはもう二度とアイツに会えないところだったんだから……』


 妖精さんがブツブツブツ…と呟いている。


「え、それじゃ…!」


『今から戻って、あのバカをビックリさせてやりましょ!』


 妖精さんが再びニヤリと笑っている……。

 絵本の妖精さんってもっと可愛らしいイメージがあったんだけどなぁ。


『でも、アイツは今か今かとアンタが帰ってくるのを楽しみにしてる気がするわ! なんか釈然としないわね! それじゃ、私が居なくなっても平気ってコトじゃないの!?』


 一人でキーッ!とか騒いでる妖精さん。

 これからはずっとこの子と一緒らしいけど、大丈夫なのかなぁ……。


『それじゃ、さっさと行くわよ!』


「は、はいっ!」



『ふふふ、それではお二人にご多幸を…』



……

………


「クレア、ここだよ」


 クリスくんに連れられてやってきたのは、一軒のお家。


「実は……家財は全部売っちゃったから、家の中が殺風景なんだよ。まあ今は少しはお金あるから、また一式購入してちゃんと暮らせるようにするから!」


 言葉を選びながらワタワタしているのが面白い。


『別に説明しなくても私と記憶を共有してるから、この子ぜんぶ事情知ってるわよ?』


 私の口から勝手に言葉が!

 そしてクリスくんの顔色がすごい勢いで青ざめていく!!


『ふっざけんなーー』


 私の口から変な棒読みが!

 しかもクリスくんにはすごいダメージだったらしく、すごい悶絶してる!!


「は、ははは……」


 引きつった笑顔のまま「ただいま…」と言いながら家に入っていくクリスくん。

 そして振り向くと、今度は普通の笑顔で「おいで」と言ってくれた。

 よしっ。


「た、ただいま……っ!」





こうして、私の新しい生活が始まった!

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