016:少年は少女のもとへ
「これは……うん、間違いなく月の石だね」
新川さんの口調が再び研究者っぽくなった。
どうやらクレアに借りた髪飾りに付いていた青色の宝石が月の石だったらしく、研究者3名が凄い興奮している。
「こんな純度の高い結晶は初めて見た…。もはやオーパーツと呼んでも過言では無い」
「そもそもどうやってこんな形状に加工したんだ? この世界の技術じゃ硬度の測定すらできねぇレベルの堅さだったはずだろ」
「このおおきさ、すごいね。たくさんつくれるかな?」
石について完全に専門外の俺には何が凄いのか全く分からないのだが、この人たちの口ぶりからするに、存在そのものがオカシイ代物みたいだ。
「これで大きい…んですか? 1.5cmくらいだと思うんですけど」
「バレル炭鉱を5年間掘り続けて、手に入った月の石は米粒10個分くらいだよ」
「炭鉱って相当広いんですよね? そんな中からどうやって小さい石を……」
「空気に触れた時にカメラのストロボみたいな光が出るんだわ。それから青白い光を約10時間ほど放つから、とにかくその光が見えたら現場はボーナスゲットで大騒ぎよ!」
一人だけ名字が分からないノーブさんこと修行さんが答えてくれた。
この人、たぶん一攫千金を狙ってバレル炭鉱を掘りに行ったことがあるんだろうな…。
そして興奮さめやらぬ新川さんが立ち上がり、俺の肩を強く掴んだ。
「頼みがある! 研究者としても、さらには薬を待つ人達を救うためにも……この月の石を提供してもらえないだろうか? ただ、調合に必要な薬剤のコストが莫大すぎて、例え石を提供してもらったとしても無償でルナピースを渡すことは出来ないが…。虫のいい話だとは思うが、お願いできないだろうか? この礼は……絶対、いつか返す!」
「そんなの決まってます! すぐにでもお願いします! それでたくさんの人が救えるなら、是非使ってください!!」
クレアに髪飾りを返す時に何と言われるか少し不安だけど、今はそれよりもルナピースが手に入るという事実の方が大きい!
「ありがとうクリス君! この石は大切に使わせてもらうよ……」
そう言うと研究室に小走りで向かっていったが、Uターンして帰ってきた。
「ところで、この髪飾りはどこで手に入れたものだい? それが気になって気になって…」
「行きつけのファンシーショップの在庫棚です…。現品限りで1個5万ボニーでした」
俺の言葉を聞いた新川さんが、その場に無表情のまま倒れた。
「じじつはしょうせつよりきなり、だねー」
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翌日、再び研究所に行くと、妖精3匹が出迎えてくれた。
『ウチのご主人たちは徹夜で作業して燃え尽きたので、代わりに私たちが応対します』
『月の石を提供してもらったから、2000万ボニーで良いらしいぜ!』
『ちなみにー、それでもあかじらしいよー? げんかわれー』
産出量が極端に少ない月の石だけでも凄まじい値段だろうに、それ以外の原料だけでも2000万で赤字って……マジか。
『5000万ボニーで販売できるのも、マダム様が赤字分を補填してるからだそうです…』
俺の前居た業界でも「システム一式0円(保守料別)」とかよくあった話だけど……。
うん、大変だよね……。
『そして、ご主人様から伝言です。やあクリスくん、君がこのメッセージを聞いているということは私はもうこの世には…、と発言してから逝きたい。それはさておき、君の強運には心底驚かされるばかりだが、私も久々にやる気が出てきたよ。新型爆薬の開発に1~2年と言ったが、もっと早くバレル炭鉱が復興できるように頑張ろうと思う』
「新川さん…」
『追伸! ウチの妖精さん達の名前はそれぞれピクセラ、カノープス、ワンダーって言うんだ! カッコイイ名前だろ!』
心底どうでもいいいいい!!!!!
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妖精さんたちに別れを告げ、俺はホース・マーク社にやってきた。
「すみません! リカナ商会のクリスと言う者です!」
褐色肌の御者さんから聞いていた通り、自分の名前を伝えたところ、スタッフたちがバタバタと大急ぎで準備をし始めた。
…と思っていたら、しばらくしてスタッフの一人が申し訳なさそうにやってきた。
「あの…、とても大切なお客様だとお伺いしていたのですが、その、馬車が全て出払っていまして。まさか、こんなに早くお戻りになられるとは…」
あー、ダブルブッキングかー…。
コレをお客さんにやらかすと一発で商談が吹き飛んだりするので、グループウェアの予定表管理にはずいぶんと気を遣っていたなぁ…と、ちょっと懐かしく思う。
このことを責められると、仕事人として自分が情けなくて本当に辛いので、ここは受付の方を責めないようにしよう。
俺もまさかたった2日でルナピースが手に入るとは思ってなかったしね。
「代わりの足は何かありませんか?」
「その、今は早馬しか居ない状況でして…」
「早馬?」
「本来は急ぎの手紙などを届けるときに使う馬でして…。お客様の体格なら、御者の身体にベルトで繋ぎ止めて、二人で乗って移動することも出来ます。しかし、安全性と乗り心地に問題があるかと……」
「全く問題ないので、それでお願いします。あと、帰りは全て早馬で良いので、引き継ぎの会社全てにそれを伝えてください」
「え、えええええええ!?」
今は早く帰ることが大切なんだ。
一刻も早くクレアにこの薬を届けたい……!
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俺はムキムキなおねーちゃんの身体にベルトでガッチリ固定されたまま、風のように大地を駆け抜けている……。
要は「子供乗馬体験」で大人と二人乗りになるアレの姿なわけだが、問題なのはそのスピードだ。
転生前にも牧場で馬に乗せてもらったことはあるのだが、さすがに本気の競走馬レベルの速さを体感したのは今回が初めてだ。
『こっこっここっ、これは本当に大丈夫なの!?』
俺の服の胸ポケットに入ったロザリィが涙目になりながら尋ねてくるが、そんなことは俺が知りたい。
超スピードで駆け抜ける早馬の走りにどうにか耐えているわけだが、口を開けると舌を噛んでしまうため、とにかく歯を食いしばるしかない。
「坊やー? この後ちょっと飛ぶからさー? 目を閉じておく方がいいよーっと!」
おねーちゃんが「と!」と言った瞬間、馬が空を飛んだ。
もとい、大ジャンプで小川と倒木を接触スレスレ飛び越えるのが見えた。
顔の真横を太い枝がヒュンッ!と過ぎる怖さに、こちらの玉もヒュンである。
『ホントに、ホントに、ホントにぃぃ~~~!』
「ロザリィ黙ってr…ぐぷっ!」
舌噛んだ。
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「坊や、よく頑張ったねー! そいじゃアタイは帰るから次の人、ヨロシク!」
「あいよ! 俺は御者の…って、坊や大丈夫か!? なんだか顔色が大変なことになってるけど、ちょっと休むかい???」
「い、いえ…だ、大丈夫です…。先を…急いでください…」
ロザリィは俺の胸ポケットの中で長時間ずっと揺られたせいか、力尽きて寝ている。
俺も寝たいけど、さすがにこの揺れじゃ…無理だ。
そして休憩を挟むことなく、最速で駆け抜けていく…。
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「坊や、お疲れさん。宿の前まで連れてきてあげたから、今日はゆっくりと休むんだよ?」
そう言い残すと御者さんは馬に跨がり、颯爽と走り去っていった。
さすが乗馬のプロ、すげぇ……。
「……宿に行くか」
『……そうね』
宿に着いた俺はベッドで横になった途端、泥のように眠りについた。
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周りが真っ暗だ……。
でもぼんやりと光が見える……。
『お久しぶりです、クリスさん』
これは……夢だろうか?
『お疲れのところ申し訳ありませんが、貴方にひとつお伝えしたいことがあります』
視界がぼんやりしている……。
『貴方はこの後、とても辛く悲しい思いを経験することになります』
何の話だ……?
『それでも絶望しないで、貴方の信じることを最後まで信じて…』
……?
『きっと大丈夫ですから…』
……
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・
気がついたら朝だった。
何か不思議な夢を見た気がするのだけど、内容が思い出せない…。
「なあロザリィ」
『何よ?』
「……いや、なんでもない」
『……そう』
それからは二人ともずっと無言のままだった。
体重の重心移動に慣れてきたためか、それとも谷の向こうに自分たちの暮らす街が見えてきたためか、昨日に比べればずいぶんと肉体的には余裕を感じる。
俺たちの旅の終わりは、もうすぐだ……。
・
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ついに故郷に帰ってきた。
わずか数日間離れただけのはずなのに、何だかずいぶん懐かしい気がする。
<メディラ病院>
俺の異世界生活の始まりとなった場所。
病院玄関の左手奥の階段から2階に上がり、廊下を歩いて一番奥の突き当たりにある6人部屋。
そこでクレアが俺の帰りを待っている。
ふざけて騒いでしまって看護師さんから叱られたこともあるけど、今日くらいは廊下を走っても許してくれるだろう。
俺は頑張った。
頑張って頑張って、たった2ヶ月で特効薬を手に入れた。
そしてここに帰ってきた!
階段を二段飛ばしで駆け上がり……!
廊下を駆け抜けて……!
病室に駆け込んだ俺を待っていたのは、
ベッドの上で横たわったまま、
動かなくなったクレアの姿だった。




