最終回:かけがえのないもの
ここは神都ポートリア。
旅から戻った俺たちはマダムの屋敷に訪問し、この世界から「リソースリーク」の病が消え去ったことを伝えた。
「そうかい……ついにこの日が来たんだね……」
病気で息子を失い、以来ずっと病気に苦しむ人々を支援してきたマダムにとって、今日という日をどれほど待ちわびていたのか、若輩者の俺には到底理解しきれない。
だけど、息子の遺影に向かって祈りながら涙を流す姿を見て、やっと救われたのだなということだけは実感できた。
――数ヶ月後。
「……で、シンカーさんとイーノさんは、どうして神都に?」
イーノさんは俺の肩をポンと叩くと、ニコリと笑った。
「お仕事の斡旋をお願い♪」
「……はい?」
いきなり過ぎるイーノさんの言葉に固まっている俺を見て、シンカーさんはばつが悪そうにコホンと咳払い。
「僕達の研究所はマダムの出資によって、リソースリークの治療および研究のために運営してきた……と言えば、察しの良い君なら理解出来るだろう?」
世界から病気そのものが消え去った今、研究所の運営そのものが必要なくなってしまったわけで。
……要するに、お二方とも失職してしまったのである。
「いや、だってシンカーさんとイーノさん程の能力なら仕事なんていくらでもあるでしょうに、どうしてわざわざ???」
「んー、我々はせっかく異世界に来ておきながら、それを活かした研究が全く出来ていない事に気づいてね。世界も平和になったことだし、そっちに注力してみようと思うんだ」
シンカーさんはそう言うものの、答えになっているようでまるで答えになっていない。
「だから、それがどうしてこの街で仕事を探す話に……」
「えっとね、私たちが次に研究するのは~、異種族同士の恋愛と交配能力の検証なのよね」
にこやかに語るイーノさんの言葉を聞いて、俺は一組のカップルが頭に思い浮かんだ。
「ま、まさかっ……!」
俺がその答えを口にしようとしたその時……
「かくまってくれクリスっ! 新川と井上の奴が調査させてくれってしつこいんだ! もしアイツらが来たら、俺は居な……」
そこまで言って、ノーブさんは固まった。
その目線の先には優雅に紅茶を嗜むイーノさんの姿。
コトンと軽い音を立ててティーカップを置くと、イーノさんは上品そうな笑顔でノーブさんに語りかけた。
「そろそろ、子作りしない?」
「デリカシィイィーーー!!!」
ノーブさんは叫びながら家を飛び出していってしまったとさ。
あ、ついでにシンカーさんとイーノさんも飛び出して行っちゃった。
「ノーブさんもホント災難だなぁ」
「でも、個人的に結果がすごく気になる。特に子作り」
「ぶっほっ!!」
クレアの呟きにセフィルは思わず茶を噴き出してしまい、エマが慌ててハンカチを持ってきた。
「ゲホッゴホッ! あ、あのなぁ! そういう色恋沙汰でとやかく言われるのは色々と辛いんだから、放っておいてやれよ!!」
『さすが王子様は実感こもっててリアルだわね』
「うっせぇ!」
ロザリィの言葉の通り、セフィルは王子という立場ゆえに、誰かとお付き合いするというのは色々と大変なのである。
しかも、相手はかつて王国を混乱に貶めたネブラの実験被害者なわけで、単に「物好きな王子が街の小娘を嫁にした」だけでは済まないだろう。
「まあ別に問題無いよ。王子の身分を取るかエマを取るかを選べと言われたって、俺は迷わずエマを選ぶからさ」
「……っ!!」
さらりと言ってのけたセフィルのナチュラルなイケメンっぷりに俺たちは驚愕し、エマに至ってはその場でわんわんと泣き出してしまったのであった。
・・
寝室に戻った俺とクレアは今日の事を思い返していた。
「アレを素で言っちゃうセフィル君、凄いね」
「王子で文武両道で一途で……まったく、チートにも程があるよ」
思わず苦笑しながら俺が言うと、クレアが少し頬を膨らせて俺の目を見つめてきた。
「じーっ」
「……な、なにかな?」
疑問符を付けて言ったものの、クレアが何を求めているのかは正直理解している。
……俺もそろそろ覚悟を決める時かな。
「勇者カトリとエクレールなんて、人間と妖精。私達の年齢差なんて、それと比べたら誤差」
瞳に怒りの色を含ませながら淡々と自分達の状況を語るクレアを見て、俺は思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの……」
不満げに頬を膨らすクレアを、俺は思わず抱きしめた。
「ひゃあああーーっ!?」
先程までの膨れ顔からは一転、顔を真っ赤にしたまま固まるクレアに、俺は今の気持ちを正直に伝える。
「俺はセフィルみたいに気取った事は出来ないけど、でも、ずっと一緒に居るから。これからも宜しくな」
「こ、ここここっ、こちらこそ宜しくお願い致しますすすっ!!」
「何故に敬語? しかもキョドッてるし」
「知らないっ!!」
クレアは俺に枕を投げつけると、真っ赤な顔のままベッドで丸まってしまった。
~~
窓の外に、そんな二人を微笑ましく眺める小さな影ふたつ。
『いやはや青春ねぇ。兄として妹の成長を眺める気分はどう?』
『うーん、正直寂しいけど、とても満足だねっ!』
嬉しそうに親指を立てる姿に、もうひとりはやれやれと呆れた。
『んでアンタ、これからどうすんの? 脱獄に国外逃亡、セカンドスターには二度と戻れないでしょうに』
『んー、僕もそろそろ身を固めたいところだったし、どうだい?』
『は?』
『結婚しようっ!』
『……お断りよっ』
そう言って空に飛び上がると、あっかんべーとおどけて見せた。
………
……
…
あるところに、それはそれはとても美しい女神様が居ました。
女神様が神殿で休んでいると、ひとりの天使が迷い込んで来ました。
どうやら道に迷ってしまったのか、とても気弱そうな天使はオロオロと困っています。
女神様は『どうかしましたか?』と天使に話しかけると、彼は『妹を見ませんでしたか?』と不安げに尋ねてきました。
何となく興味を持った女神様は、天使と一緒に彼の妹を捜す事にしました。
女神様の特殊な力で探せばすぐに見つかるはずなのですが、何故か女神様はそうしませんでした。
その理由は、彼と一緒に居る時間がとても心地よかったから……。
なんと、女神様は天使に身分違いの恋をしてしまったのです!
・・
それからというもの女神様は、何だかんだと理由を付けては天使との時間を過ごしていました。
この至福の時間は、本当に幸せでした。
……ところがある日、女神様は思わぬ話を耳にしました。
『アイツは殺された妹の敵を討つため、堕天使になって下界に降りたらしい』
『敵討ちを成し遂げた後、自身も憎悪に耐えきれず滅びてしまったそうだ』
悲報を受けて女神様は嘆き悲しみました。
何日も何日も涙を流して泣き続けた女神様でしたが、ふとあることを思い出しました。
かつて自分が提唱したひとつの理論の事を……。
【過去への時間移動と影響の考察】
それからというもの、女神様は下界で暮らしながら様々な可能性を探りました。
自分と同じように身分違いの恋いに心を躍らせ、自分と同じように全てを失って悲しむ人々の姿を見届けながら……。
その後、天界に戻ると誰にも会うこと無く部屋に閉じこもりました。
そして愛する人との別れから約二百年の年月が過ぎた頃、女神様はひとつの計画を実行に移したのでした。
…
……
………
青年は今日も馬車を走らせ、街じゅうを飛び回っていた。
ある時は取引先から「注文と違うじゃねーか!」と叱られ、またある時はバイト先のお店で「あのカウンターの男の人、キモくない?」と罵られ……。
「ロクな目にあってねえな俺っ!!?」
自分の境遇に嘆く御主人様を見て、馬車馬も呆れ顔で溜め息を吐いた。
……そんな平凡でどうしようもない青年の前に、ひとりの女性がやってきた。
すらりと長い手足に美しい金髪、それを一層と際だたせる白いワンピースと麦わら帽子のスタイルは、彼女のトレードマークだ。
「お久しぶりです」
「おおぉっ、実家のゴタゴタは片づいたのかっ!?」
青年が慌てた様子で話しかけると、女性は無邪気な顔で舌をぺろっと出した。
「色々と無茶をしたせいで、帰る家も身分も何もかも、みーーんな無くなっちゃいましたっ。行く宛もなく、天涯孤独です♪」
「いや、それ駄目じゃんっ! というか、なんで嬉しそうなのさっ!!?」
困惑した様子でオロオロと慌てる青年を後目に、女性は馬車馬を撫でてから御者台に登ると、その横に腰掛けてぺこりと頭を下げた。
「大変心苦しいのですが、貴方のお側に置かせて頂くことは叶いませんか?」
「えっ!?」
突然のお願いに、青年は驚いた。
「俺、そんなに稼ぎ良くないよ?」
「構いません」
「けっこう失敗多いし、迷惑かけるかも」
「構いません」
「容姿もこんなだし、それでも……良いの?」
少し自信なさげに訊ねる彼を見て首を横に振ると、彼女はまるでお日様のような笑顔で抱きついた。
「大好きですっ!」
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