143:恩師の贈り物
『ぜえ……ぜえ……、もう絞っても1発も撃てそうにないわ……がくっ』
魔力がスッカラカンになってしまったロザリィはモゾモゾと俺のカバンを開け、隙間に潜って寝息を立て始めた。
「お疲れ様。ゆっくり休んでおくれ……」
「じー……」
「相変わらず気になるのな?」
「えっ! あっ、うん」
クレアは心なしか気まずそうに、ロザリィ用寝袋になってしまったカバンから目を逸らした。
「とりあえずロザリィが目覚めるまではここで野宿だな」
俺が別のカバンから薪と焚きつけを取り出して火を熾すのを見ていると、アンジュが物珍しそうにボーッと眺めていた。
「どうした?」
『ああ、私んとこのパーティも最初はこんな感じにキャンプしてたなーって思ってね。最近は専ら魔法で着火してたから何だか懐かしいや』
「なるほど。確かに、俺らも普段はロザリィにやってもらってたし、言われてみれば結構久しぶりかも」
そのロザリィが燃料切れでダウンしてしまったため、今回は臨時で火打ち石を使ったけれど、正直使えなかったらどうしようかと思っていた。
『そういえば、この洞窟来たのは2回目だ』
「へぇ、前回ウルシュに行った時もココを経由したのか。俺らが前回南下した時は雪がほとんど積もって無くて、馬車で半日程度でサクッと移動できたんだけどな」
まあ前回はユキノコ村からの移動だったし、水着卸の問屋さんのコネを使ったというのもあるのだが。
『んで、この二つ並んだ岩を256周8の字に回ると隠し通路が出てくるんだよ』
……ん?
「今、なんて?」
『この岩の間を256周回ると隠し通路が出てくる』
「意味わかんねぇ!!」
そもそも256周って何をどうすればそんなモン見つけられるんだよっ!?
困惑する俺を後目に、アンジュはフワフワと背中の羽で飛びながら岩の周りを回り始めた。
1周回るのに約3秒ちょい、ノンストップでやっても13分以上かかる計算になるのだけど、雪山を越えた後でこの元気さは常軌を逸しているとしか言えない。
さすが天使なだけあって、人間とは比べものにならないくらいの力を持っているのだろうか……と、そんなコトを考えていると……
ゴゴゴゴゴ……!!
轟音を立てながら岩壁に大穴がポッカリと現れた。
「本当に隠し通路があるでやんの」
だが、当のアンジュは何故か首を傾げている。
「どうした?」
『いや、100周で空いたからビックリしちゃった』
100周であることを律儀にカウントしてたコトにこっちはビックリだよ……。
何はともあれ、俺たちはアンジュと共に隠し通路を先に進んだ。
『この先に立派な台座があって、そこに杖が刺さってたんだけど、私の友達がそれを抜いたら体を乗っ取られちゃって大変だったんだよね~』
そんな呪いのアイテム、興味本位で見に行くような真似しちゃって大丈夫なんだろうか。
『お、見えてきた、アレだよアレっ! ……あれれ?』
不思議そうな顔で前方を眺めるアンジュの目線の先には、台座に刺さった杖……ではなく、一張の弓が突っ立っていた。
銀色に輝くそれは金属なのかすらも分からない不思議な光沢を放っており、明らかにこの世界の文明で作れるとは到底思えないシロモノだ。
『…………』
アンジュがそっと弓を手に取ると、暗い洞窟内に綺麗な光が広がり、そして目の前に半透明の映像が浮かんだ。
そこに映っているのは、かつて山頂の村で出会った魔王の家来ロロウナっぽい少女……けれども、何だか服装がすごく綺麗で、しかも背中にアンジュよりも一回り大きな翼があった。
『アウリア……様……?』
アンジュが呆然としながら呟いた直後、アウリアと呼ばれた映像の女の子が口を開いた。
【あー、あー、てすてす、コレ記録されてる?】
リハーサル中のマイクテストみたいなコトを言い出した。
【お、大丈夫みたいだね。さて、私達は無事に魔王を倒して世界の平和を取り戻したので、今から天界に帰還します。……あっ、バカ兄貴! マイクの位置ずらすな! もうちょいこっち!!】
え、えーーっと……。
【こほんっ。さて、きっとこのアナウンスを聞いている場にアンジュが居ると思います。……居るよね? もし居なかったらそこのあなた、アンジュを連れて出直してきてね。離れたらこの映像は自動停止して、また近づいたら再生できるから!】
見た目の神聖さとは裏腹に、あまりにもグダグダな映像に俺たちは呆気に取られてしまったが、当事者のアンジュは何だか嬉しそうだ。
【改めて。この弓はボクから君へのプレゼントだ。装備するだけで神聖力と魔力が向上するナイスな一品で、恋愛成就の天使である君が使えば、たとえガチムチ同姓とか人間とスライムのカップリングすら恋愛成就させてしまえるだろう】
なにそれ怖い。
【それじゃ色々大変だと思うけど、頑張ってね♪】
……洞窟に再び静寂が戻り、アンジュは弓を抱えて帰ってきた。
そしてアンジュは元々背負っていた古いショートボウを手に取ると……
『何か君に似合いそうだからコレあげる』
「えっ、えっ、あたしっ!?」
いきなり弓を渡されたアンナは目を白黒させる。
『獣人が弓装備って、何となくカッコイイよね?』
「ごめん、よくわかんない……でも、せっかくだから練習頑張るよ」
困惑しながらもアンナは律儀に答えていた。
・・
不思議なパワーアップイベント?を終えた俺たちは、日が昇ってすぐにウルシュに向かって出発した。
目を覚ましたロザリィがアンジュの弓を見るなり……
『天使っぽいわ!』
『天使だよぅ!!』
なんてやり取りをしていたのが微笑ましかったが、ウルシュの街についた俺たちは、辺りに漂う緊張した雰囲気に思わず息を飲んだ。
「何だろうこの感じ……それに、妙に人が少なくねーか? 俺とカレンが来た時はもっと人でごった返してたと思うんだが」
ノーブさんの呟きに、ふと周りを見ると確かに人が少ない。
何かあったのだろうかと思ってた矢先、荷物を抱えて長屋から飛び出してきたオバチャンと遭遇した。
「アンタ達、旅の人っ? 急いで町から離れた方がいいよ!」
「一体、何があったのですか?」
「お城から、世界樹が町に倒れてくるという予言が見つかったと発表があったんだよ! アンタ達も早く逃げないと危ないからねっ!」
そう言うと、オバチャンは町の外に駆け出していった。
『世界樹が倒れるって、一体何が……! オウカ姫なら何か知ってるかもしれない、会いに行こう!!』
既に遠くの山の上には日が降りてきており、夕方が差し掛かろうとしている頃だ。
そんな遅くにお城に訪ねて怒られないか心配ではあるが、そんな悠長なコトは言ってられない状況のようだ。
俺たちは再びアンジュの後ろを追いかけて走り出した。




