141:創造神様のお願い
『はぁ』
天使は請求書を丸めてバッグに詰め込むと、トボトボと重い足取りで歩き出した。
昨晩は我が家に泊めてあげたので宿代はゼロで済んだものの、俺が立て替えた借金の額に比べると焼け石に水だ。
天使が借金を背負って落ち込むとか、ホントこの世は世知辛いものだなぁ。
それはさておきメディラ病院を出た俺たちは、天使とともに創造神ラフィート様に会いに向かっていた。
妖精国セカンドスターから戻って以来、俺たちは全く女神様と出会えていないわけで、果たしてこの天使がアポ無しで突撃して謁見が出来るのだろうかという疑問はあるのだけれど、文字通り神出鬼没な女神様なので、バッタリ会える可溶性も否定は出来ない。
そして目的地に到着した俺たちがドアを開いた瞬間……
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気づけば真っ暗な空間で女神様と対面していた。
『お久しぶりです』
『はい』
天使は女神様に対し、跪いて頭を垂れた。
「セカンドスターから戻ってきた俺らには会ってくれなかったのに、コイツが来たらアッサリOKなんスね」
思わず後輩ちゃんっぽい言い方をしてしまう俺に、女神様は苦笑する。
『すみません、実はこの子がこちらに向かっていると知りまして、そのタイミングを計っていたのですよ』
「タイミング?」
『はい、タイミングです』
そう言うと、女神様は頭を下げたままの天使の髪を優しく撫でた。
『アンジュさん、私は貴女への直接の命令権は無いのですが"お願い"を聞いて頂けますか?』
『はい、何なりと』
さっきまでこの世の終わりみたいな顔でグッタリしていたヤツとは思えないくらいハッキリと答えた。
……そういや、そんな名前だったっけな。
『この方々と共に再びウルシュへ向かい、世界樹を巣喰う"悪意"を退治してください』
「「『なっ!!?』」」
唐突な話に、アンジュ以外の全員が驚きの声を上げた。
「やっぱりあの樹が元凶だったんですかっ!?」
『いいえ、あくまで世界樹はポンプとして悪用されたに過ぎません。前回はロロウナさんが世界樹を吹き飛ばしてしまったので、今回はそうならないように気をつけないといけませんね』
その言葉に、今度は天使がガバッと頭を上げて女神様に飛びついた。
『わあっ! そうだよロロだよっ!! 女神様っ、ロロはどうなったんですかっ!? 戻ってきたけど洞窟に居なくてっ! どうすれば助かるんですかっ!!?』
さっきまでのお堅い態度から一転、支離滅裂に涙目で問いかけるアンジュを見て、女神様は少し困り顔で微笑んだ。
『今はまだハッキリと時期まではお答え出来ませんけど、必ず再会出来るとお約束します……って返事じゃダメですかね?』
何か事情があるのか、精一杯譲歩したような口振りで訊ねる女神様に、天使は首をブンブンと横に振った。
『また逢えるって分かっただけで十分です。……精一杯、頑張ります』
『はい、よろしくお願いしますね』
そして話が終わってめでたしめでたし~……じゃなくて。
「あの、女神様ひとついいですか?」
『はい?』
「世界樹に"悪意"が居るのが分かっているのなら、貴女が倒してしまえば良いのでは?」
こちらも決して並の戦力ではないにしても、正体すら分からない相手にこのメンバーで挑むのはリスクが高すぎると思う。
そもそも女神様はこの世界において最強の存在なのだから、悪意の所在が分かった今なら女神様自らが手を下すのがベストだろう。
『本当はそれが望ましいのですけどね。残念ながら、悪意を倒すには貴方達の力が必要なのです』
「えええ、なんで俺たち???」
『申し訳ありません、それもお伝えできないのです……』
女神様はしょんぼりしながら頭をペコリと下げた。
「……事情は分からないけど、俺たちがアンジュを連れてウルシュに向かえば良い……のよな?」
『はい、お察し頂けて助かります』
何だか釈然としないけれど、俺たちは再びウルシュへ向かうことになってしまった。
まあ、どのみちアンナを元の世界に帰すためにいずれは行く予定だったんだけどさ。
『それでは、宜しくお願い致します……』
その言葉と同時に意識がゆっくりと遠退いていった。
そして俺たちを見送る女神様の目に流れた一筋の涙には、何かを願うような懇願にも似た何かが込められている気がした。
・・
女神様とのやり取りの二日後、俺たちは再びウルシュを目指して出発した。
パーティメンバーは俺、クレア、セフィル、エマ、アンナ、カレンさん、ノーブさん、そして天使のアンジュを含めた総勢8名という大所帯。
馬車もホープ商会の保有する最上位グレードの荷馬車を改造した特注品をワラント国までチャーターしたので、結構なコストがかかってしまったのだが、その辺は意外と高所得なノーブさんの計らいでバッチリ。
だが、この中でひとりだけ不満そうな顔をしているヤツがいた。
「三組のカップルに紛れて、ちびっ子2人だけ独り身とか、何これ!? 何この罰ゲームっ!!」
『ちびっ子2人って……私、一応この中で最年長なんだけどね』
実は結構なお年らしいアンジュは、落ち着いた様子でアンナをなだめる。
「それ言うと私もそこのおっさんより年上だけどさ……でも、目の前でイチャイチャされるのキツくねーかっ!?」
『いや、別に……。私はそれを成就させるのが天職だし』
アンジュはそう言いながら、妙に可愛らしいデザインの弓矢を見せてくれた。
おお、天使が運命の矢で射ってカップリングさせるってのはホントだったんだなー。
「うぅ、この中で独り身の辛さが分かるのはあたしだけか……」
ガクリと肩を落とすアンナに、先ほどおっさん呼ばわりされたノーブさんが苦笑しながら近づいた。
「いや、俺も前の世界だと30年以上独身だったからさ、気を落とすなって」
「今は勝ち組だろうが! つーかお前の嫁は神やぞ! ナメとんのか!!」
「ひ、ひぃっ」
獣人の殺気をモロにくらってノーブさんはタジタジに。
それを見かねたカレンさんが、アンナの肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「……どんまい」
「意味分からないけど同情されると余計悲しいよーー! ……まあ、こっちで彼氏つくったところで、元の世界に帰る時に別れる事になって余計悲しいから仕方ないんだけどさ。あっ! お持ち帰りすれば問題無いのかっ!」
「お持ち帰りって……」
アンナの爆弾発言に一同呆れつつも、馬車は南に向かってゴトゴトと揺れる。
そう、今回の旅の目的は「悪意退治」だけでなく「アンナの帰還への再挑戦」もあるのだ。
既にレンは数日前に魔王タケル一行と共に行ってしまったので俺たちはそれを追いかける形となるわけだが、どちらにしても世界樹に空間移動ゲートがあるのは間違いないし、アンナを元の世界に返すためには世界樹に行かなければならない。
そして、そのためには少なくとも"悪意"に巣喰われているらしい世界樹をどうにかする必要もあり、全て物事が繋がっているのだ。
……あと、アンジュの借金を返済してもらうために魔王タケルへの請求も必要なのだけど、アイツってそんなにカネ持ってるように見えなかったんだけど大丈夫なのかなぁ。
「おや、そういえばクリス君、その刀を打ち直したの?」
さすが神様なだけあって、カレンさんは呪いを解いたコトを見破ったようだ。
「ああ、ちょいと凄腕のヤツが居てね」
創造神ラフィート様に言われて妖精の国に向かい、牢屋に閉じこめられていた怪しい男に刀の呪いを解いてもらいました~……とはさすがに言えなかったので、当たり障りなく答えておいた。
「なるほどねー。……今度こそ、その刀で大切な人を護ってね」
「ん? ああ、そうだね」
俺に対してなのか刀に対してなのかは分からなかったものの、カレンさんの言葉は何だか強く印象に残った。
・・
旅の途中で「魔王様御一行」に出会えたらと思っていたものの、さすがに数日の移動距離の差を埋めるには至らないまま、俺達はワラント国に到着した。
だが、コスプレ衣装でごった返していた前回とは違い、比較的静かな神都ポートリア東地区くらいの混み具合だった。
「人、少なくね?」
「そりゃそうでしょう。アンナが私達と一緒に居るってのはつまり、獣神降臨を祝う催しそのものが無くなっちゃったわけだし」
カレンさんの言葉でなるほど納得。
「神様の経済効果って凄いんだなぁ。もう、可憐庭も獣神様の経営ってのを売りにしちゃえば?」
「なるほど、これで千客万来~ってコラぁ! そんな事に利用したら女神様からアイアンクローされるわよっ」
『あれ、超痛いよね……』
思わぬ所から同意の声が。
あの女神様、同胞に対してはホント容赦無いよなぁ……というか、女神様の前でコイツが妙に礼儀正しかったのって、もしかしてアイアンクローが怖かっただけなのでは?
「ところで、ワラント国王に挨拶はしていかないの?」
「するわけないでしょう。確実に足止めくらって、目的地に着くのが遅れるだけよ」
「あー、それは困るな……」
「でしょ?」
てなわけで、ウルシュ国の獣神降臨イベントをあっさりとスルーして、俺たちは南の港へ向かうのであった。




