138:捜し人は誰ですか
「……っ!!」
慌てて飛び起きた俺の視界に入ってきたのは、見知らぬ天井……って、こんな展開をつい最近やったばかりだな。
目覚めたら、メディラ病院の二階奥の病室のベッドに居たわけだが、前回と違って何故かクレアが俺に抱きついた状態だった。
「え、えーーっと……寝てる?」
「ん、起きてるよ」
そう言うものの、クレアは抱きつきながら俺の胸元に顔をうずめたまま起きてこない。
「あのー……?」
「あと5分~」
「あと5分~、じゃありませんっ!」
「ぷー」
俺は寝起きの悪い息子を叩き起こすカーチャンのようなモーションで掛け布団をポイとはぎ取った。
『うー、何よいきなりー?』
「うおわっ!?」
掛け布団の内側にトンボのように張り付いていた(手のひらサイズの)ロザリィに一瞬驚きつつも、腰に抱きついたままのクレアを見て苦笑する。
「あの、クレアさん?」
「同衾は良い。体温が感じられる」
結構大胆なコトを言うクレアに内心ドキリとする。
「それは同意ではあるけど、セフィルやエマが見たらビックリ仰天しそうだから、やめとけ……」
「あのヘタレ王子は奥手過ぎる。今度、一線越えるように誘導してみようかな」
「何するつもりなのっ!?」
さらっと恐ろしいコトを言うクレアにこちらがビックリ仰天……って、そんなことやってる場合じゃない!
「急いでレンのところに行こう! あ、先に"あの人"に協力も仰ぐか」
俺はクレアの手を引いて神都ポートリアの街へ飛び出した。
<可憐庭>
「カレンさん! ……って、やっぱりアンナが店番か~」
店に飛び込んだ俺たちを迎えてくれたのは、アンナだった。
外見が幼すぎるため、一見してとても店番が出来るようには見えないものの、その接客力は既にカレンさんに匹敵するレベルに到達していた。
もしかすると、獣人族は戦闘よりも商売に適しているのかもしれない。
「おう、いらっしゃい。店長なら旦那さんと一緒に出かけてるよ~」
「あ、うん、ありがとう。あと、店番お疲れさま」
「ははは、あの人はホント人使いが荒いやね」
そう言って溜め息を吐くアンナに、思わず苦笑する。
「カレンさん達がどこに行ったか、知ってる?」
「お? えーっと、まだこの街の地理はよく分かんないけど、北の方かな?」
「オッケー、ありがとう!」
レンの働くセイントブラッドはここから北に行った場所にあるので、カレンさんは一足先に、魔王の襲来に気づいて向かったのかもしれない。
そして俺たちがセイントブラッドに到着すると、お店にはリベカさん一人だった。
「あれ? レンは居ないの?」
「レンちゃんは今、君の家にセフィル君を迎えに行ったと思うよ~」
「なんでセフィルを??? まあいいや、急いで家に向かうぞっ」
再び俺はクレアの手を引き、走って家に向かった。
・・
自宅に戻るとエマが夕食の準備中だった。
最初は当番制を提案したのだけれど「料理も掃除も好きだから~」という理由でエマが一人でやってくれていたりする。
まあ、その本音は「居候なのに何もしないのは申し訳ないから」なのは火を見るより明らかなのだが、それを踏まえた上で認めるのも最年長者のお仕事なのだ。
そして俺たちが家の入り口に入り、エマと対面すると……
「あああああああーーーーーっ!!!」
「うわっ、なんだいきなりデカい声だしてっ!?」
「何だじゃないよ~! 外泊する時はちゃんと言付けて行ってくれないと心配しちゃうじゃないっ!」
エマにしては珍しく鼻息荒く憤慨する様子に俺とクレアはおっかなびっくり。
「ごめんごめん、でも一泊くらい……」
「えっ、昨日に戻ってたの!? でも、だったら書き置きくらい置いていってよ~! 四日も居なくて心配してたんだからねっ!!」
俺とクレアは顔を見合わせた。
「……心配かけてごめんなさい」
「ううん、無事がわかっただけでも良かったよ~」
クレアが咄嗟に機転を利かせて当たり障り無い返事をしてくれたけど、内心かなりドキドキだ。
俺たちが妖精国セカンドスターに滞在したのは一泊二日のはずなのだが、四日も時間が経過していたということは、妖精世界は二倍速で時間が経過しているのかもしれない。
「でも、二人でどこ行ってたの?」
突然それを聞かれるよなぁ。
どう答えようか俺が困っていると、クレアがエマに近づいて耳打ちをした。
「えっ…………えええーーーっ!?」
「次は、エマが頑張ってね」
「わっ、う、うん、が、がんばるっ!」
エマは何故か顔を真っ赤にしたまま頭を縦にブンブンと強く振った。
「ところで、セフィル君はどこにいるか、わかる?」
いきなり話を本題に戻したクレアを見て、エマは目を白黒させたものの、どうにか気を取り直して答える。
「えーっと、セイントブラッドの新しい用心棒さんを育てる訓練の見学だって言ってたよ~。多分、そろそろセイントブラッドのお店に行ってると思うけど」
「はい?」
この入れ違いっぷり、まるでサ○ルトリアの王子のようだ。
だが、俺たちが居ない間に一体何があったというのか?
レン一人でも十分やって行けそうだと思うのだけども。
「わかった、ちょっと様子を見に行ってみるね」
そう言うと今度はクレアの方から俺の手を握り、外に向かって歩み出した。
「お、お?」
「いいなあ~」
何が良いのか分からないけど、エマが顔を朱くしたまま俺たちを見て呟いた。
・・
「んで、さっきエマに何て言ったんだよ……」
俺が訊ねると、クレアはニヤリと笑った。
「私、クリス君と寝たの。エマも頑張ってね…って言った」
「ぶっは!!」
エマが顔を朱くしていたのはそれが原因か!!!
「嘘は言ってない。さっきまで私達は一緒のお布団で寝てた」
「クレア、恐ろしい子っ!」
だけど冗談無しに無垢な若者二人に一線を越えられてしまっても困るので、今度二人にはちゃんとネタバレしておこう……。
そんなこんなで歩いていると、遠くで誰かがこちらに向かって手を振っていた。
あれは……あっ!
「お、レンだ。おーいっ!」
俺が手を振って応えるとレンは犬みたいに嬉しそうにはしゃいでいた。
だが、隣に居たクレアは少し怯えた表情で、レンの周りに居る連中を眺めている。
――― そして俺たちは、ついに因縁の相手と出会うことになった。




