132:勇者の目覚め
「……っ!!」
慌てて飛び起きた俺の視界に入ってきたのは、見知らぬ天井……いや、結構知ってる病院の天井だった。
そして俺が今寝ているのも、転生した直後にクリス君が入院していたベッドそのもの。
「まさか、巻き戻り……?」
異世界転生モノでよくある展開ではあるが、また皆との関係がリセットされた状態になるとか絶対に嫌だ。
俺は恐る恐る隣のベッドを見ると、そこにはスヤスヤと眠るクレアの姿が。
「…………」
ここでクレアを起こして、開口一番「君、誰…?」とか言われようものなら、正直ショックがデカ過ぎて立ち直れないかもしれない。
「うぅ……俺はどうすれば……」
『アンタ、ホント優柔不断ね』
「どぅわっ!?」
いきなり声をかけられて思わず口から心臓が飛び出そうになる。
「え、ロザリィっ!? えっ、えっ???」
俺の目の前には、腕組みをしたまま空中にフワフワと浮く小さな妖精の姿。
それは紛れもなく、俺がこの世界にやってきてすぐに出会った妖精ロザリィそのものだった。
クレアとロザリィが別々ということは、やっぱ巻き戻り……。
「ああああぁぁ、俺はどうすればーーっ!」
俺が頭を抱えて叫ぶと、隣で寝ていたクレアがぱちりと目を開けた。
「あっ」
「…………」
何故か無言で見つめ合う二人。
そして、クレアが満面の笑みで抱きついてきた。
「おかえりクリスくんっ」
「……っ!」
俺が無言でオロオロしていると、クレアはキョトンとした顔で首を傾げた。
「ロザリィさん、クリスくんが不思議な反応なんだけど?」
『このバカ、たぶんアンタが自分のコトを覚えてないと勘違いしてて、めっちゃ不安だったんでしょ。確かに、自分に惚れてる故郷の女を捨てて帰ってきて、いざ意中の女が自分のコトを全く眼中に無いとか凹むでしょうしねー』
「まったくもって言ってるコトは正しいんだけど、もうちょっとオブラートに包んでほしいかな!」
俺の苦言にロザリィは鼻で笑い飛ばしてくれた。
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「……うん」
俺は少し照れながら応える。
『そこで、愛してるよ……とか気の利いたコトのひとつでも言えたら褒めてやっても良いんだけどねぇ』
「うっさいなー」
感動の再会にいきなり水を差してきたロザリィにチョップするポーズをすると、慌ててクレアのスカートのポケットに隠れてしまった。
「……で、"故郷の女"とやらについて詳しく聞かせてほしいな?」
「やっぱり聞き逃してなかったのね……」
ちなみに、正直に経緯を説明したところ、クレア的には「他の女に靡くコト無く真っ直ぐ戻ってきてくれたので百点満点」という評価でした。
・・
「しかし、ロザリィとクレアが分離出来たのは何でだろ?」
『さあねえ。そもそもココに戻ってきてる理由も訳わかんないし、何か違和感があるのよね……』
ポケットから頭を覗かせたままロザリィは首を傾げる。
「違和感って?」
『世界が違うというか、何というか……力の流れ? が違うのよね。ソックリな双子でも、微妙に違いが分かるアレみたいな感じよ!』
「分かるような分からないような」
ロザリィの例えに俺が頭を悩ませていると……
「全然わかんねえな」
「でも、目が覚めて良かったね~」
そう言いながらやってきたのは、冒険服ではなく普段着姿のセフィルとエマ。
「二人とも無事で良かった。そういえばアンナの姿が見えないけど、アイツは元の世界に戻れたの?」
「いんや。カレンに連れて行かれて、今は可憐庭で店番の手伝いやってる」
人使い……というか同族使いが荒いなぁ。
……って、あれ???
「カレンさんとノーブさんはワラントに居たはずじゃ……?」
『その辺がかなりややこしいコトになってんのよ……』
ロザリィが困り顔で溜め息を吐くと、俺の服の襟を引っ張り立たせ、部屋の窓際まで誘導した。
『はい、外をご覧くださいな』
ロザリィの言うとおり窓の外を眺めると、海沿いに客船が見え、多くの人でごった返している様子が伺える。
「あれは……プライアの船か」
『ええ。"私たちが帰ってくる時に使った船"よ』
「……え゛」
ロザリィの言葉に俺は凍り付く。
「ってことは、やっぱり時間は巻き戻ってたのか! つまり、あの船に"俺たち"が……!!?」
確かに自分が死ぬ直前に戻れたくらいだし、旅に出る数ヶ月前に戻ってもおかしくないけど、この状況はかなりマズいのでは?
どこぞのトイレの便器で頭を打った衝撃でタイムマシンのメイン回路を思いついてしまった博士の「過去と未来の二人が遭遇すると時空が破壊される」的な言葉が頭をよぎる。
『……と、思って実はさっき覗いてきたんだけど、どうやら乗ってないみたいなのよね』
「ありゃ?」
思わせぶりな話を振っておいて、このオチは何とも拍子抜けだ。
「あっ! でもそれじゃプライアの姫様に特効薬を届けられてないんじゃっ……!?」
「その心配も無いぜ」
慌てる俺に対し、ちょうど部屋の入り口にやってきた人が完璧なタイミングで答えを返してくれた。
「ノーブさん!」
そして、その隣にはカレンさんの姿。
アンナは……やっばり店番か。
「心配無いって、どゆこと?」
「ついさっき、あの船に乗ってたプライアの使者が俺んトコに礼を言いに来たんだよ。ホントはお礼どころか行けなかったコチラの不手際を謝罪せにゃならんのだがな」
なるほど、ダウンしたノーブさんの代わりに俺たちがルナピースを届けたとしても、実際に調薬したのはノーブさんなわけだし、礼儀として使者を遣わせるのは国家として当然か。
ちなみにノーブさんがダウンしたのは本人の過失ではなく、カレンさんが既成事実を作るために媚薬を盛ったのが原因なのだけど、それは黙っておこう。
「しかし、あなた達が世界樹から変な光線浴びてるのを見た時はビックリしたわー」
「……えっ!?」
俺が驚愕すると、セフィルが溜め息を吐いた。
「あの後、俺らを追いかけてきてたんだとさ」
「えええっ、ワラントの公務ほっぽりたして来ちゃったのっ!!?」
「人聞きの悪い事言わないでよねっ。ちゃんと国王に許可は得て出てきたんだから」
ぷんぷんお怒り顔のカレンさんだが、国のシンボルである獣神ティーダの降臨という一大イベントの直後に、その獣神様が居なくなるようなコトをそんな簡単に認められるものなのだろうか?
「何て言って出てきたの?」
「んー、やっぱりクリスくん達が気になるから行くね、ダメって言ったらこの国を滅ぼしてやる~……って」
「それは許可じゃなくて脅迫だっ!!」
神様から面と向かって国滅ぼすとか言われたら、そりゃ従って当然である。
まったくもってワラント国王が気の毒でならない。
「それにしてもよく追いつけたね。俺たちは結構なペースで移動してたんだけど」
「やっとコイツと合流出来たからな。ちょいとばかし反則だけど」
すると、ノーブさんの服のフードの隙間から一匹の妖精が顔を出した。
「カノープスだ。前にクレアちゃんの薬を取りに来た時に一度面識あったろ?」
「あー、そういえば居たなぁ。ちーちゃんが存在感ありすぎて忘れてたけど……」
ちーちゃんとは、ノーブさんの元同僚である井上さんのお目付役の妖精さんだ。
確かワンダーって名前だったはずだけど、何故ちーちゃんなのかは謎。
「あんな濃いのと比べられると困るんですが……。まあ、私は補助スキルが得意なので、ひたすら馬にヒールをかけながら走らせたのです。雪原を越える時は二人にずっとフル支援ですね」
まるでMMORPGの効率重視プレイみたいだ。
よくよく考えると、ロザリィとふたりで旅をしていた時もその方法を使えばもう少し速く移動できたのかもしれないな。
「んで、地面に吸い込まれた皆を見て、ダーリンまで飛び込んじゃうんだもの。私もそりゃ飛ぶわよねぇ」
「ノーブさん……」
「だって、仕方ねーじゃんか! あのまま放っておけるかよっ」
その気持ちは分からんでもない。
ノーブさんほど無鉄砲ではないにしても、俺も最終的に飛び込む選択を選ぶ可能性が高そうだしね。
「つまり、世界樹の光を浴びた全員が過去に巻き戻り、今ココに居るってコトか……」
「しかも全員記憶が残ったまま、全メンバー揃ったままときたもんだ」
全メンバー……?
プライアからの帰還船……あれ、誰か一人忘れているような?
数ヶ月前、俺たちがこの旅に出る前に……
「急患です! かなり衰弱してるみたいだから、プリースト・ナーシャも呼んできて!」
下からバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。
それから看護師のティカートおねえさんがドドドッと走って階段を上がってくると、俺の正面の空きベッドを整える。
「クレアちゃんも確かヒール使えるんだっけ? お願いだけど手伝って!」
「りょーかいっ!」
隣のベッドで寝ていたクレアはバッと勢いよく飛び起きて、正面のベッドの前で詠唱準備を始めた。
よくよく見るとロザリィも同じ魔法を唱えている。
「患者、入ります!」
そして運ばれてきたのは、俺たちのよく知っている黒髪の女の子だった。




