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131:夢で逢えたら

 プロホーザル前日、時刻は午後8時半過ぎ。

 俺は本番に備えて後輩ちゃんのプレゼン練習の立ち会いをしていた。

 そういや、前回はこのまま終電ギリギリまで粘ったんだっけな。


「これで当社の発表を終わります。ご清聴頂きありがとうございました」


 締めの言葉を読み上げたところで、スマホの録画アプリの停止ボタンを押した。

 発表に許された時間に対して、その差はわずか3.2秒。


「相変わらず時間計算が神がかってんな。俺にゃ無理だわ」


「先輩は人前で話すキャラじゃないから仕方ないっスよ」


 人前で話すのが仕事の営業職に対して人前で話すキャラじゃないとか、さらっとディスられててちょっと心が傷つくわぁ。


「先輩は話術とか理詰めとかそういうのじゃなくて、なんかこう、バーーーって売る感じのが合ってるんスよ」


「どこぞの名誉監督のバッティング指導みたいな表現やめて……」


 しょんぼりしながら呟く俺を見て、後輩ちゃんは楽しそうに笑った。

 そして一頻ひとしきり笑ってから、プロジェクターの電源ボタンを二度押してシャットダウンさせた。


「さて、今日はさっさと片づけて明日に備えて寝るべ寝るべ」


「……先輩、このあと時間大丈夫っスか?」


「ん? 何か他に案件でもあるのか?」


「いや、えーっと……そう、景気付け、いや、決起集会っす! メシでも行きましょう!!」


 まさかの食事のお誘いを受けてしまった。


「ここで俺が行くって言ったら、なーんちゃって冗談っス! とか言わない?」


「なんでそうなるんスかっ! そんなネタ振りは意味わかんないっス!!」


 そうは言うものの、後輩ちゃんには「先輩一人暮らしっスか? 今度、先輩んに料理作りに行ってあげましょうか?」からの「なんちゃってーっ!」という、独身男性おれのハートを崖から突き落とした前科があるから油断ならない。


「……駄目っスか?」


「いんや、さっさ行くぞ」


 俺は荷物をまとめると、いつもより上2桁の数字が少ないタイムカードを打って出口に向かった。


「わわっ、待ってくださーいっ」



・・



 そしてやって来たのは、よくある飲み屋チェーン店。

 席に着くと後輩ちゃんはカシスオレンジ、俺はジンジャーハイボールを注文した。


「こういう時、大人はビール飲むモンじゃないんスかね」


「ビールの発酵臭が嫌いなんだよ。何が良いのかオッサン連中の考えるコトは分からん」


「先輩だってオッサンじゃないっスか」


「ひどいっ」


 そんなたわいもない言葉を交わしつつ、店員が一杯目を持ってきてくれたタイミングでいくつか料理を注文した。


「つーわけで、乾杯!」


「かんぱーいっ」


 空きっ腹にアルコールが染み渡る……。

 というか、クレアに「成人までは飲酒ダメ絶対」と禁酒令が出されていたので、ホントすごく久しぶりだ。

 宅飲みの趣味はないので、今までアルコールを摂取するという行為そのものを忘れていた。


「それにしても、お前からメシ誘ってくれるとか超レアだな。何の風の吹き回しだ?」


「明日は先輩と私の努力の集大成をお披露目するんスから! ここでパーッと盛り上げてテンション上げておきたいっス!」


「頼むからテンション上げすぎて、本番で寝坊とか二日酔い~みたいなオチは止めてくれよ……」


「当たり前っス! そんなのでオシャカにしたら……また後悔しますもん」


 そう言いながらシュンとなった後輩ちゃんを見るのが何だか心苦しかった俺は、紙をワシャワシャしてやった。


「わあああ、なんスかっ!?」


「酒の席で暗い顔すんなっ。飲め飲めっ!」


「いやああああっ、のパワハラがっ!」


 そんなバカ話に花を咲かせつつ、適当な小料理とチューハイ2杯でお開きとなった。

 さすがに重要な商談の前日に平日に何件もハシゴするような、バブル時代の連中のようなバカはしないのである。



・・



「そんじゃ、明日はよろしくな」


「……ウィッス」


 2杯しか飲んでない割に顔を真っ赤にしている後輩ちゃんに呆れつつ、別れ道にやってきた。


「ホントちゃんと出てきてくれよなぁ」


「じゃあウチに泊まって、朝起こしてくださいよ」


 頬を膨らしながら言う姿に、俺はちょっとイタズラ心が沸き立った。


「おう、そんじゃ今日は泊めてもらおうかな!」


「えっ、えええーーっ!?」


 自分で誘っておきながら、いざ承諾されてアワアワと困惑する後輩ちゃんに苦笑する。


「どうせ、なんちゃってー! って返そうとしてたんだろ? 非モテの心をもてあそぶのは大概にしとけよー?」


 俺の指摘に後輩ちゃんは口を尖らせて不満そうだ。


「……ちぇーーーっ、バレちゃあ仕方がねえ! あばよーーーっ!」


 そのままシンゴちゃんみたいな捨てゼリフを叫びながら去っていった。


「頼むから明日はちゃんとやってくれよ……」



・・



 翌日。

 結局、俺の心配なんて一撃で吹っ飛ばすような見事なプレゼンだった。


 しかも、いつもより少しだけペースが速いな……と思いきや、ラスト30秒に経営陣の企業理念と内容をリンクさせ、将来ビジョンまで語るという超ハットトリックまでキメられてしまったので、あまりの成長っぷりに先輩として思わず目頭が熱くなってしまった。

 帰りに先方から「部下に負けないように頑張りなよ~(笑)」的な事も言われてしまったし、いやはやホント立派に成長したもんだ。


「おつかれさん、よく頑張ったな」


 控え室として割り当てられた第三応接室に戻った俺は、さっそく後輩ちゃんに労いの言葉をかけた。


「……はい」


 だが、後輩ちゃんは悲しそうな顔でうつむいたままだ。


「なんだよ、アレで失敗とか言うんじゃないだろうな? あんなの見せられたら俺の出る幕が無いレベルだったぞ?」


「……当然っス」


 そこは謙遜して良いところなのだけどね……。

 後輩ちゃんの言葉に苦笑していると、思わぬ言葉を投げかけられた。



「だって、二回目ですもん」



「……二回目?」


 後輩ちゃんの言葉に胸がざわつく。


「あの日、先輩は来なかったっス。何度携帯を鳴らしても、メールを入れても……」


「……っ!!」


 俺の反応に、後輩ちゃんは悲しげな顔のまま言葉を続けた。

 コイツ、まさか……!!


「ここは夢の中。私が夢の中だけでも良いから先輩に逢わせて……って祈って叶えられた、幻なんです」


 どうして異世界で世界樹の光に吸い込まれて、元の世界の後輩ちゃんの夢の中に行くのか、そのメカニズムがサッパリ分からない。


「夢……? 叶えたって、誰が???」


「えっと、何だか眠そうな目をした、赤い髪の天使様っス……」


「なんだそりゃ」


 例に漏れず恵比寿様とか女神ラフィート様が配慮してくれたのかと思いきや、全く面識無いヤツの仕業だったらしい。

 そもそも天使って金髪で頭に輪っかを乗っけてるイメージだけど、赤い髪のも居るんだなぁ。


「だから、この夢が覚めると先輩は居なくなっちゃうっス」


「……」


 後輩ちゃんの言葉に、背筋に冷たい汗が流れた。


 これまでの異世界での生活も含めて本当に全てが幻で「赤髪の天使」とやらの創った世界だったとすれば、この夢が覚めると同時に本当に俺は消えてしまうのかもしれない。

 でもそれだと、どうしてわざわざあんなファンタジー世界を冒険させたのかと謎が山ほど残ってしまうのだけれど。


「……イヤです」


 そう言うと、後輩ちゃんは俺の胸元に飛びついてきた。


「お、おいっ」


「この夢が覚めなければ、これからもずっと一緒に居られるんです。ずっと、ずっと……。もう離れないで……私を一人にしないでぇ……」


 そのまま嗚咽おえつが漏れる声が聞こえてきた。

 ……俺が死んだあの後、この子はきっと酷く心が傷ついたのだろう。

 かつて俺がそうだったように。


 だけど俺にはやるべきコトがあるんだ。


「……先輩?」


 俺はまるでクラリスを抱き締めるのを踏みとどまったルパン三世の如く両手を空中で留めつつ、後輩ちゃんの頭の上に右手を乗せた。


「ゴメンな」


 俺の言葉に驚きの顔を見せると、それから泣き顔……になることもなく、頬を膨らせて怒り顔になってしまった。

 あるぇー? 予想した展開と違うぞー???


「……ぶー、せっかく天使様に奇跡を起こしてもらったのに、結局そのまま失恋って私は一体なんなんスかっ! 胸のデカいメガネっ娘の年下キャラはメインヒロインになれないジンクスとかマジ勘弁してほしいっス!!」


「お前は何を言っているんだ」


 俺が呆れて呟くと……


『フラれた悲しさを誤魔化すために強がってるだけに決まってるじゃない。もっと女心を勉強しなさい』


「えっ!?」


 後輩ちゃんのポケットの隙間から突然聞こえてきた声に、俺は思わず驚きの声を上げた。


『まあ、一瞬コイツがアンタを抱き締めそうになった時はヒヤヒヤもんだったけどね』


「勝ったと思ったんスけどねぇ……」


 何故か俺の目の前で後輩ちゃんとロザリィが親しそうに話し始めた。


「え、何これ? なんで? お前ら知り合い??? つーか、なんで見えてんの」


『前に、アンタの頭の上を飛んでる時に一瞬この子の視線が私に向いた気がしてね。追いかけてみたら、いきなり話しかけられてビックリよ』


「いやー、妖精さんが居るとか、天使様の用意した世界ってホント何でもありなんスね~」


 呆然としたまま立ち尽くす俺に、後輩ちゃんは涙を拭いながら笑いかけてきた。


「実はロザリィさんから、先輩のコトは聞いてたんスよ」


「え゛……えええええええーっ!?」


「まさか先輩が真正ロリコンだったとは幻滅っス」


「言い方アアアアアッ!!!」


 俺の悲痛な叫びに、後輩ちゃんはヌフフフと変な笑い声を漏らした。


「なーんて冗談っス。……でも先輩、ホントにその子のコトを大事にしないとダメっスよ。私の誘いを断っておいてバッドエンドとか、絶対に認めないっスからね?」


「……うん」


 そして、気づけば俺の姿は元の……と言って良いのか、クリスのものになっていた。


「うひゃあっ!? 金髪の好青年とか、ぱっとしない中年のオッサンからパワーアップするにはチート過ぎじゃないっスか! 今からでもお持ち帰りはダメっスかねっ!!? 家に飾っておきたいっス!!!」


「ぱっとしない中年のオッサンとか、心がキズつくからヤメてぇっ!」


 再び俺の叫びに後輩ちゃんはイタズラっ子っぽく笑った。


「あはは、何だかこれでスッキリしたっス」


「うぅ……」


「……これで、笑顔のままお別れ出来そうです」


 後輩ちゃんがそう言うと、少しずつ景色がぼやけてきた。

 先程まで部屋にいたはずなのに、周りはまるで空の上のように光に包まれていた。


「私が目覚めて、この夢はおしまい。これで本当にサヨナラです」


 そう言うと、後輩ちゃんはゆっくりと俺たちから離れるように歩き出した。

 その背中を見て何か言わなければならないと思うのだけど、言葉にならない。

 どうにか捻り出した一言は……


「……頑張れっ!」


「こんな時にも気の利いた言葉のひとつも言えないなんて、やっぱり先輩は先輩っス」


「うぅ、面目ない」


 俺がしょんぼりと肩を落としていると、後輩ちゃんはくるりと振り返って笑顔で応えた。




「私は、そんな先輩が大好きです……大好きでした」

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