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130:別世界の国からはるばると

「ぼーーー……」


「先輩、おはようございま~……何だかいつもより疲れた顔してますけど、大丈夫っスか?」


 心配そうに覗き込んできたおっぱいおっぱ……じゃなくて、後輩ちゃんに「あー、大丈夫-」と適当に返事を返す。た。


「大丈夫と答える人は全然大丈夫じゃないから言ってみろ。……って教えてくれたのは先輩っスよ?」


 珍しく食い下がってくる後輩ちゃんに首を傾げつつも、俺はヒラヒラと手を振る。


「なあに気にすんな。お前の勇姿を見届けるまで倒れてられねーよ」


「……絶対ですからねっ!!」


「お、おぅ?」


 何だか凄い剣幕で迫られて思わずたじろぎつつ、俺は急いで朝のデスクワークを終わらせて、逃げるようにホワイトボードに『出』のマグネットを張ってオフィスを脱出した。


 数日後にデカい案件があると言っても、その1件だけで1日の仕事が終わるわけは無く、今日はそれを含めて合計9件の客先を回る予定になっている。

 出発時刻は午前9時半で、夕方17時過ぎ頃にオフィスに戻ると想定すると、1件あたり移動時間含め50分弱で処理すれば良い計算だ。


 ……昼休みがない? そんな無駄な時間があるわけないだろう?



・・



「お疲れさまっス。進捗はどうです?」


「そういうのは上が下に言うもんなのだがなぁ」


 俺が苦笑すると、後輩ちゃんは「あっ」と声を漏らし、申し訳なさそうに頭を下げた。


「まあ、このペースなら問題無いよ」


 その言葉には嘘偽りは無い。

 俺の目の前にある資料はまだチェック途中だが、流し見でも問題無いコトは分かる。

 この資料を担当したのが後輩ちゃんという理由もあるけど、前回……つまり俺が「死ぬ前」にも目にしているのだ。


 さすが本気でやっただけあって、多少ブランクがあったくらいでは覚えているもので、ギリギリになって見つけたミスや、確認漏れなどもサクッと解決し、後は卸元3社からの見積待ちだ。

 まあ、どこが最安値なのか覚えているし、それの計算も大して時間を要しないだろう。


 ただ、俺はこの商談の結末がどうなったのかを見届けていないから、もしかすると後輩ちゃんが後々に凄く困るような大ポカをしていないかだけは心配だ。


「私もこれで絶対勝てると確信してるっス」


「お、珍しいな。金額を一桁間違えて書いたらと思うと胃が痛いっス~、とか不安そうな顔してんのに、一人前になったなぁ」


 茶化して言う俺に、後輩ちゃんは少し怒り顔で頬を膨らせた。


「ふーんだ、いつまでも子供扱いしてたら、今に追い抜いてやるっスからね!」


「ははは、俺としてはその方がありがたいんだけどな」



・・



「どうしたもんかなぁ」


 元の世界に戻って4日。

 仕事がはかどるおかげか、死ぬ直前の時のように変な目眩めまいや吐き気に襲われるコトもなく、順調に仕事が進んでいた。


 このまま行けば3日後の「運命の日」も倒れることなく無事に過ぎそうな気がするのだが、心に余裕が出来ると色々考えてしまうもので、言うまでも無く今一番懸念しているのはクレアや他の皆のコトだ。

 もし皆も俺と同じように時間が巻き戻っていたら、クレアは再び病に倒れ、セフィルは世間知らずのワガママ王子、エマは魔力強化の実験台モルモットに逆戻りになっているかもしれない。


 俺と同じように記憶が残っていれば、セフィルが王子の権力をフルに使ってクレアとエマを助けてくれる可能性も期待出来るけど、もし記憶までリセットされていたら、セフィルはネブラの企みを阻止できず、エマは何も知らぬまま人の魂を飲み込み続け、クレアはリソースリークで……どうにも救いのない状況が思い浮かぶ。


 そう考えると、俺のやってきたコトは無駄ではなかったと再確認出来るものの、かといって異世界に戻る方法は分からないわけで。

 ここで自ら命を絶って無理に戻ろうとして、例の真っ暗闇の世界で「アホか! そんな方法で行けるかい!」とか言われて、乗車拒否であの世送りにされようものなら目も当てられない。


「はぁ、どうしたもんかな……」


 俺が電車の吊革に体重をかけたまま、気怠そうに独り言を呟いたものの、誰かが返事するわけもな……



『アンタって、ホントにしがない中年だったのね』



「……っ!!!」


 突然後ろから知ってる声が聞こえて、思わず振り返る!

 俺の目に映ったのは、ひとりの小さな女の子だった。

 小さな子供……という意味ではなく、物理的に手のひらに収まりそうなミニサイズの身体に、ヒラヒラした特徴的な服を着た、ちょっと性格のキツそうな女の子。

 その背中にはキラキラと光を反射して光る半透明の羽が……


「ロザリイイイイイィィーー!!!」


 周りの目も気にせず俺が叫ぶと、ロザリィはギョッとした顔で焦りだした。


『ば、バカッ! 私は他の人間やつらから見えないんだから、アンタどっからどう見てもヤバい奴よっ!?』


 案の定、感極まって泣く俺を見た周りの乗客たちは気味悪げに「うるせー酔っ払いだな……」とか言っているが、知ってる奴に会えた安堵感に比べればそんなのは些細なコトだ。


 次の駅で降りた俺は、どこにも立ち寄ることなく真っ直ぐに帰宅した。



・・



『で、どうしてこうなったわけ?』


「それをお前が聞くのかよ……」


 自室に戻った俺たちは早速現状を確認しようとしたものの、ロザリィも世界樹に飛ばされてすぐに目覚めたばかりらしく、どうして俺たちだけが何故この世界に戻ったのかは分からなかった。


「せめてクレアや皆が無事かだけでも分かれば良いんだけどなぁ」


『せめて~……じゃなくて、絶対に戻るっ!って言いなさいよね。あの子、いつまでも子供扱いされて相当苛立ってたし、そろそろ対等にパートナーとして見てあげなさい。いつまでも保護者ヅラしてんじゃないわよ』


「分かってるよ……」


 だが、今はそれ以前に戻り方すら分からないわけで。


『それにしても、世界樹の目的が不可解過ぎるわね』


「世界樹の目的???」


『私達にいきなり変な光線を撃ってきたのはアンタをこっちの世界に連れ込むためだと思うんだけど、他の皆は来てないのに私だけ一緒にココへ連れてこられた理由が謎なのよ』


「妖精は渡り人と共に行動するルールだったみたいだし、それに則ってるだけじゃないのかな?」


『渡り人と共に、ね。でも既に元の世界に戻ってるわけだし、今は単なる人間じゃない? 私が同伴する理由や、アンタが私を見える理由も無いわ』


「うーん……」


 とにかく今は情報が足らなすぎる。

 その日はここでお開きにして、明日に備えて眠ることにした。



・・



 翌朝、俺がベッドから体を起こすと、ちょうどロザリィが出発の支度をしているところだった。


『んじゃ、行ってくるわね』


「なんだ、ずっと俺についてくるわけじゃないのな」


『あら、私が居なくて寂しいわけ?』


 ニヤニヤ笑うロザリィにデコピンするそぶりを見せつつ、俺は溜め息をひとつ。


『まあ安心なさいな。この世界にも多少は同胞が居るみたいだから、ちょっとそいつらに話を聞いてくるだけよ』


「同胞……えっ、妖精いんの!?」


『魔界とかあの世にだって居るのに、ココにだけ居ないワケないでしょ。まあ、こちらの子達は私らよりも更に臆病みたいだから、アンタ達は滅多にお目にかかれないでしょうけどね』


 確かに、こっちの世界で妖精の存在が明るみに出ようものなら、見世物どころか大乱獲で絶滅待ったナシだろうし、これだけ観測技術が進んだ現代において見つからないのだから、妖精達はかなり高度な魔法で隠れているのだろう。


「そんじゃ、何か分かったらよろしくな」


『ええ、アンタもほどほどに頑張りなさいよね』


「へいへい、死なない程度に頑張るさ」


 そう言ってロザリィを見送ると、俺はいつも通り身支度を始めた。

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