128:"悪意"との遭遇
ゴトゴトと馬車に揺られ、俺たちは南へ向かっていた。
「相乗りさせて頂いてありがとうございます。ホント助かりました」
「いいってことよ。むしろ宿との取引も増えたし、礼を言いたいのはこっちの方さ」
この馬車の御者さんの本職は温泉に納入した水着の卸問屋、つまり先日の一件で「棚ぼた」で儲かった勝ち組さんだ。
これまでタオルや浴衣など単価の安い汎用品が多かったのに対して、今回の水着はサイズやデザインの違いで値段がまちまちな上、作製にもある程度のノウハウが必要となる。
つまり必然的に商品単価や粗利率も上がるので、問屋さん的にとても嬉しい案件だったと言えよう。
雪国をしばらく南下した場所に物流キャンプがあると聞いた俺は、ちょうど水着の搬入を行っていた問屋さんを捕まえて相乗りをお願いしたところ、快く承けてもらったのだ。
子供の足での長旅は大変だし、馬車をチャーターしようにも物流キャンプで手配してから配車してもらうまでどれだけの日数とお金がかかるやら……と考えると、まさに渡りに船だった。
「それに……」
苦笑する問屋さんの目線の先には、女三人に叩きのめされたモンスターが倒れていた。
『強盗だろうとモンスターの大群だろうと、かかってきなさい!』
「ロザリィが言うとロクでも無いフラグが立ちそうだから勘弁して……」
呆れる俺を見てロザリィはニヤリと笑った。
そんなやりとりをしていると、アンナがやってきて問屋さんに話しかけた。
「なあダンナ。ここからウルシュまでどれくらいかかるんだい?」
「お嬢ちゃんは随分と大人びた喋り方するね……。あと半日くらいで着くだろうから、もう少しの辛抱だよ」
「そうか、ありがとう」
アンナは頭を下げると、それから再び馬車の端っこに腰掛けながら愁いを帯びた表情で馬車の外を眺めていた。
なかなか姿が様になっているものの、その行動が「馬車の揺れで酔わないため」だと俺は知っている。
先ほどの質問も、この苦行がいつ終わるのか終着点を知りたかっただけなのだろう。
ワラントで出会ってからずっと一緒に旅してきたけど、ウルシュにある世界樹の空間転移門がもしちゃんと使えたらアンナとはそこでお別れとなる。
それもひとときの別れではなく、恐らく永遠に……。
「おいおい、しみったれた顔してんな。旅はもっと楽しく行こう!」
俺の表情から内心を察したのか、アンナは豪快に笑いながら俺の肩を叩いた。
・・
「さあ着いたぜ」
俺たちが馬車を降りると、一面は月夜に照らされた幻想的な雪景色~~……ってオォイ!!
「ガチガチガチ……。極寒の地獄を抜けたと思ったのにまた……。あたし、もう駄目かもしれん……ガクッ」
「寝るなアンナーーッ! 寝たら死ぬぞーーっ!!」
馬車の奥で顔を青くしたまま横たわるアンナを抱き上げてセフィルがユサユサと揺する。
「連続で雪国とは…空気読め…」
アンナ程ではないにしても、クレアも寒さに震えている。
「わはははっ、若えのにだらしないなお嬢ちゃん達! まあ北と違って昼過ぎには雪は溶けるし、2ヶ月もすれば桜が満開になるだろう。寒さもぶっ飛ぶさ!」
……はい?
「問屋さんっ! 今、桜って言った? こう、薄桃色で花びらが5枚あるやつっ!」
「あ、ああ。お前さん、北から来たのに桜を知ってるとは珍しいな」
「うわーーーっ!!」
聞き間違いではなく本当に桜があるとは……。
さすがにソメイヨシノでは無いだろうけども、春を告げる花として愛でる文化があるのは驚いた。
「クリスくん、サクラって何?」
クレアが不思議そうに訊ねる。
「ああ、こういう寒い季節が終わって、暖かくなるにつれて咲く花があるんだよ。こう、何か儚いというかなっ。まあ、すげー綺麗だからっ! 満開になるくらいまではウルシュに滞在したいなー」
俺が少し高揚気味に話すと、何故かクレアの表情が暗くなった。
「……駄目」
そのままクレアが抱きついてきた。
「え、え、え???」
「何かさっきのクリスくんの顔……私の前から居なくなっちゃいそうな気がした。……怖い」
「んー???」
何を怖がっているのか分からない俺は困り顔で首を傾げるばかり。
「よく分かんないけど、俺はクレアから離れるつもりは無いよ」
「本当に……?」
本当にと言われても、離れる理由も無いし離れたくもないしなぁ。
そんなわけで、ウルシュ到着1日目はクレアはずっと俺にくっついたまま離れなかった。
・・
滞在2日目。
宿の造りから薄々予想はしていたが、ウルシュの街並みは凄かった。
宿を出ると長屋が建ち並び、軒先で「どてら」っぽい服を着た若い男性がせっせと傘を編んでいたり、桶を抱えた子供が魚を売り歩く……って、何だコレっ!?
「日○江戸村かここは……」
だが、屋根の造りが洋風だったり動力源の水車が西ヨーロッパ風だったり、細かい部分がちょっと違う。
後から他の地域の技術を取り入れた結果、なかなかカオスな街並みになっているっぽい。
「…クリスくんの故郷って、こんな感じだったの?」
「いや、この風景は俺が生まれる何百年も前のものだよ。……ということは、渡り人はそんな昔から居たのか」
『そういえば、200年前に暴れたもう一人の魔王とやらも渡り人じゃないかって話だったわね。この風景はその頃のモノなのかしら』
確かにレンが仕えていた魔王は英語をベースにした魔法を扱ってたらしいし、時代は一致するけども……。
「魔王とは使ってる言語と国が違うっぽいからなぁ。まだ何とも言えないけど、まずは住民から世界樹のコトを聞いてみよう!」
というわけで、第一街人発見! ……じゃなくて。
通りすがりのオバチャンに話を聞いてみた。
「世界樹を見にわざわざ北の大陸から? 子供達だけなのに凄いわねェ~。世界樹はここから西に向かった場所に……今日はちょっと曇ってて見えないけれど、晴れた日にはここからでもハッキリ見えるくらい大きいのよ~?」
オバチャンの指差した方角には雲が多めな冬の空と平原。
……ここから目測で2kmくらい先までは見えているけど、その辺に生えている樹はほとんど米粒くらいにしか見えないし、そこから先はちょっと霧がかっててハッキリとは見えない。
ということは、それよりももっと遠くにある世界樹が……ここからハッキリ見える???
「とんでもなくデカいみたいだな……」
セフィルも同じコトを思ったのか、呆然としながら呟いた。
どうやらオバチャン曰く、世界樹を見るには馬車での移動が一般的らしい。
馬車で行くとか言ってる時点で1kmどころじゃないくらい離れているのが確定なわけで、それが街から見えるとかホントどんだけ馬鹿でかいのやら。
「まだ花は咲いてないみたいだけど、試しに馬車をチャーターして世界樹を見に行ってみるかな」
「なんでまた? 花が咲くのはまだ先なんだろ?」
アンナが不思議そうに首を傾げるが、その理由はあまり大声で言えないのでそっと耳打ちで伝える。
「もし空間転移門が開花直前でしか使えなかったら、帰るのが1年延期だぞ?」
「なるほどなるほどっ! 早速行こうっ!」
・・
善は急げというわけで、俺たちは馬車を借りて移動中です。
「で、でもでも、帰りたいのは分かるけど、せめてお別れ会とかやらない? なんか寂しいような……」
少し寂しそうに呟くエマを見て、アンナはおかしそうに笑った。
「まだ帰れると決まったわけじゃないし、もし例え帰れたとしても今日は見るだけさ。まだこの街だってちゃんと見てないし、あたしだってお前らと一緒に旅してきて何も思わないほど冷血じゃないよ」
アンナはそう言うと、優しくエマの頭を撫で撫で。
まるでおませなチビッ子が大人の真似をしているように見えるけど、何だかんだで他の3人よりは年上なんだよなぁ。
俺の転生前と比べてどちらが上下なのかは分からないけども。
「しかし、あのデカさは凄いな……」
セフィルの視線の先にあるのは、遙か遠くにある巨大な樹。
天を貫くそれは、まるで田舎の畑にそびえ立つ高層ビルのごとく、圧倒的な存在感があった。
だが……
「まさか落葉樹とはなぁ」
なんとビックリ、世界樹も「桜」だった。
つまり、花が咲く前の今のシーズンは蕾と枝木しか無いわけで。
「巨大な枯れ木にしか見えない」
「だよねぇ……」
しかも樹高が高すぎて、天辺にはかすかに雪が残っていたりする。
あのデカさでどうやって水を吸い上げているのか気になるけど、そもそも世界樹が水を必要としているかすら怪しいので、その辺は気にしなくても良いのかもしれない。
『あら……?』
突然ロザリィが世界樹を見ながら首を傾げた。
「何か見つけたの?」
『うーん、何か魔力の反応があったような、無いような……おかしいわね』
「世界樹って名前が付いているうえ異世界へのワープゲート機能まで付いてるんだから、魔力くらいあってもおかしくないかもなぁ。戦闘になるようなコトはないだろうけど、念のためクレアはホーリーシールドの準備してて」
「うん、わかった」
そのまま馬車はしばらく走り続け、世界樹の下までやってきた。
葉っぱの無い姿は寂しげではあるものの、その大きさは尋常ではなかった。
「すごいなー、あたしが両手広げても幹を掴めないくらいでっかい!」
「直径3mちょいくらいか。ハイペリオンと比べるとどっちがデカいかな……」
そんなたわいもないことを話しつつも、皆で世界樹の根本を調べる。
……うーん。
「なんもないな」
そう、世界樹と言ってもスケールがデカいだけで端から見て単なる樹木だ。
これがどうして異世界へ通じる門になるのか、さっぱり見当つかない。
「ここでラフィート様が都合良く現れて、皆さん長旅お疲れさまでした~とか言って、アンナを元の世界に返してくれたりは……無いわなぁ」
そもそもそれがOKなら、カレンさんだってこの世界に留まって無いだろうし。
俺の表情から内心を察したのか、アンナは少し残念そうに笑った。
「おいおい、何を陰気臭い顔してんの。そもそも今日は帰るつもり無かったんだから良いじゃないか。獣神様がここから飛べるっつったんだから、また方法を探せばいいさ」
大人の余裕を醸し出しながら、アンナはくるりと振り返る。
だが、ロザリィは訝しげな顔で世界樹の幹を調べていた。
「何かあったのか?」
『ええ、一カ所だけ凄く魔力を感じる場所があって。……というより、吸い込んでる?』
ロザリィが手をかざすと、一瞬手元に炎のようなものがゆらりと見えた。
その直後、ロザリィは慌てて手を引いた。
『い、今の感じ……まさか……』
ロザリィが自分の手をまじまじと見つめる。
「元凶、見つけた」
クレアが世界樹を見てぼそりと呟くと、すぐに俺たちの目の前にホーリーシールドを展開した。
「……多分、これが"悪意"の正体」




