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127:どうしてこうなった

 俺たちが「雪の町サンタール」に滞在して2日目のこと。

 ついに恐れていた事態が発生した。



「クリスくん、どうしてさっきのおねーさんを凝視してたの?」



 俺はクレアの前で正座させられたまま俯いていた。


「………」


 無言の俺の目の前には、何故か笑顔のクレアが突っ立っている。


「言い方を変えるね。どうしておっぱい大きいおねーさんのおっぱいを視姦してたの?」


「言い方アアアアアアアアアアア!!!」


 俺が叫んで立ち上がろうとするも頭上にポンと手が置かれ、そのままグググっと正座のポジションに戻された。


「………」「………」


 タスケテーーーーーーーーーーっ!!!


「なにあれ怖い」


 アンナが尻尾を膨らせながら物陰からチラチラと俺たちを眺めている。

 その横にはセフィルとエマの姿もあった。


「クレアちゃん、あれでなかなか嫉妬深いからね~」


「他の女に手を出すならともかく、胸元を見ただけであれとか苛烈かれつ過ぎるな。まあ、エマはそんな事ないよな」


 セフィルがそう問いかけるもエマはニコニコしたまま。


「ん~……? ん?」


「……なんで返事を濁すんだよぅ」



・・



「酷い目にあった……」


 無言の圧力をしばらくかけられた後「許す」と言われて解放されたけど、その言葉の後ろに隠されたワードは「ただし今回限り」であろう。


「クレアはめっちゃ他のおねーさんを凝視してんのに、俺だけ駄目とか理不尽過ぎじゃね……?」


「それ言ったら俺も無言の圧力でエマから釘刺されてんだぞ。俺、王子だぞ?」


 人生の墓場に片足突っ込んだ二人がぶちぶちと文句を垂れつつも、これでへこたれる俺ではない。


「そもそも胸元に着目するのは、そこに夢とロマンがあるから悪いんだ」


「お前は何を言っているんだ」


 セフィルがどこかの外国人のようなツッコミを入れてきたけど気にしない。


「混浴の利点を打ち消すことが出来れば見ないで済む! 俺は女将のところにいくぞジョジョォォォォーッ」


「わけわかんねーけどいってきなー!」



・・



 というわけでセフィルを置いてけぼりにしたまま、俺は従業員事務所にやってきた。


「あのー、ごめんくださいー」


 俺が声をかけると、若いおねーさんが小走りでやってきた。


「はい~。あれ? 僕、どうしたの?」


「えーっと、ここで温泉を管理してるのは誰ですか?」


「管理???」


 俺の質問におねーさんは困惑の表情を浮かべる。


浴衣ゆかた浴布タオルは誰が手配してるのかなーって」


「ああ、それは私がやってますよ~。ここに来られるお客様は長旅をしている方も多いですし、その……一回で駄目にしちゃう人も居るので」


 おねーさんは言葉を濁しているが、要するに何週間も水浴びすらせずにやってきた小汚い客がタオルを使うと垢と異臭で一発で駄目にされるということだ。


 酵素パワーだのナノレベルで分解だのといった洗剤は、科学技術が乏しいこの世界において神の御業みわざにも等しい奇跡であり、もし実用化すれば億万長者間違いなしであろう。

 ……今度、専門家ノーブさんに相談してみよう。


「それと、浴場の備品とか庭の手入れは誰がやってるの?」


「仲居さんとかにも手伝ってもらってるけど、そういった雑用は私の仕事だよ。それがどうかしたの?」


 ナーイス!

 長旅で少し勘が鈍りつつあるけど久々にいっちょやってみっかー!


「実は僕、こういう者でして~……」



・・



「相変わらずだなお前」


 セフィルが若干恨めしそうな目で俺を見る。


「全く、余計な事を……」


 クレアまで恨めしそうな目で俺を見る。


「私は助かってるよっ。ありがとうクリスくんっ」


「うわーん、俺の味方は委員長だけだよぅ!」


 エマの優しさに涙する俺の肩にクレアがポンと手を置く。


「これじゃ色とか形をチェックできない」


「お前は何を言っているんだ」


 クレアの発言にジト目でツッコミを入れるセフィルはさておき、俺は露天風呂の『ド真ん中に突っ立つ大岩』の前で涙しつつ『水着姿の仲間たち』に目をやった。


「まあ、呪いの正体も分からない現状においてはこれが最前だろうさ」


 さて、今回俺が何をやったのかというと、それは至ってシンプル。

 呪いのせいで風呂を男女に分けられないのなら、視線を遮るデカい岩を風呂の真ん中に設置すればよいのだ。

 そして俺がおっp……男性客が女性の胸部に過剰に目線を向けないよう、水着貸出サービスの提案を行った。


 おねーさんこと、この宿の若女将わかおかみは当初こそピンと来てなかったようだが、俺の説明を受けて目からウロコだったようで、慌てて南にあるウルシュ国との取引を行うため問屋を呼びつけていた。


 その問屋との値段交渉は全て俺が行ったのだが(それで浮いた分が俺のコンサル料だ!!)、水着のデザインについては、ちょっとしたキラーホースに任せてみた。



………

……


『んで、胸元から腰にかけてヒラヒラーッて感じよ』


「はぁ、ひらひらー、ですか?」


 ロザリィが脚を組みながら呉服商に指示を出すものの、某タイタンな野球チームの終身名誉監督のバッティングテクニック解説のような超アバウトな表現に頭を抱えている。

 人選……いや、精選を間違えてしまった気がしてきた。


『ちょっとそのペンよこしなさい! 私が描いてあげるわっ!』


「お客様お客様お客様!!!困ります!あーっ!!!」


……

………



 だが、実際のところロザリィの水着デザインは飛び抜けて優れていた。

 ……というかアレだ、まんまPi○キャロ2のトロピカルだった。


「おめー、なんであのデザイン知ってんだよ」


『ん? アレは"ワンダーワールド"っていう妖精だけの楽園に居ると言われてる住民の服装がモチーフだけど、むしろ何でアンタが知ってんの?』


「それは夢のある話だな」


『???』


 不思議そうに首を傾げるロザリィはさておき、これでクレアに疑惑を持たれて追求される恐れもなくなった!


「俺の……勝ちだっ!!」


 俺が湯船でガッツポーズをしながら立ち上がると……



むにょんっ



「っ!?」


 後頭部に不思議な弾力を受けて俺はそのまま前のめりに湯船にダイブした。


「なななっ、何っ!?」


 俺が慌てて後ろに振り向くと、申し訳なさそうに謝るおねーさんの姿が……って、あああっ!!


 こ、こここここ、この人はっ!?


 この、おっぱいは……!!!


「クリスくん、よかったね」


 何がよかったというのか。


 そしてザブザブと湯をかき分けて俺の隣にやってきたクレアの手が、俺の肩にポンと置かれた。

 ……いや、違う。


 擬音はポンじゃない。

 ドスッ!! ググググギギギ……って感じだ。


「よ、よかったって、何が……」


 怯えながら言葉を捻り出す俺に、クレアはニコニコ笑顔で答えた。


「言い方を変えるね。ナマ爆乳の感触どうだった?」


「言い方アアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーー!!!」


 温泉旅館に俺の悲鳴が響いた。

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