125:王子の災難
「いんやー、ウチはもういっぱいなんよ。他を当たってくれるかい?」
受付の人に断りの言葉を受け、俺たちは絶句したまま建物を出た。
「まさかの 全 滅 !!!」
「厳密には、まだ1件だけ残ってるんだけどな……」
そう言いながらセフィルが街の中でも一番大きな宿に目線を向けたのだが、これは俺たちにとって大変ハードルの高いモノだ。
火属性の念写スキルによって大きな布に焼き付けられた「のぼり」には、世の男性を狂喜乱舞させる魅惑の言葉が書かれていた。
曰く……
【男女混浴温泉】
「これは不可抗力だから仕方ないだろう」
うん、そうだね。
セフィルは一番行きたがってたもんね。
「不可抗力なら、仕方ない。一線越えるイベントも、仕方ない」
クレアさんは何を越えようと言うのか。
『チッ』
ロザリィが凄いリアルな舌打ちしたよっ!
「まあまあ、そんなに嫌なら時間を変えて誰も居ない夜中に入れば良……」
「チッ!」
「ひいぇっ!?」
アンナの提案に対し、クレアが本気で睨みながら舌打ちした。
え、えーーっと……
「クレアちゃんって、お風呂に一緒に入るのはダメって言ってなかったっけ?」
エマが改めてクレアに問いかけると、一瞬だけ考えてからコクリと頷いた。
「気が変わった」
「うわー、秋の空みたいだね~」
うわー、って言いたいのはこっちの方なんですけどね。
「と、とりあえず宿の人に空き部屋が無いか聞いてみよう!」
・・
「……ふぅ」
俺たちは部屋の奥に荷物を置くと、掘り炬燵に着いた。
部屋はとても広く、枕投げをエンジョイ出来そうな大きさだ。
つまり空いていた部屋は……
「団体向けの大部屋だけ空いてたのは不幸中の幸いというか……」
セフィルの呟きに対してクレアはかなり不満そうだ。
「さすがにここじゃ出来ないね」
何が出来ないというのか。
「ま、まあ、風呂は混浴オンリーらしいけど、夜中なら人が少ないみたいだし、時間を分ければ……」
と、俺がそこまで言ったところでアンナが口を開いた。
「あのさー、ちょっと思ったんだけど。みんな自意識過剰すぎるんじゃないか?」
「「「「???」」」」
一同が首を傾げる様子に、アンナは溜め息を吐いた。
「お前らまだ十代のガキンチョだろ? マセすぎなんだよ。いちいち他の客だって気にしないだろうし、端から見りゃ私含めて子供が風呂入ってるようにしか見えないさ」
「ま、まあ確かに……」
スーパー銭湯とかで男湯に女児連れて入る父親も時々見るけど、さすがに周りは気を使ってそちらに視線を向けないようにするし、そもそも子供がたむろっているところに突撃する輩もおるまい。
「女将さんが言うには景色を見ながら風呂に入れるらしいし、あたしとしては泉で水浴びするみたいで楽しみさね」
そう言って天真爛漫に笑うアンナに、俺は少し気が軽くなった。
「ははは、確かにアンナの言う通りだ、俺も変に意識してたけどよくよく考えれば単に風呂に入るだけじゃないか。気にする方が変だよな!」
俺が意見に賛同して安心したのか、アンナは嬉しそうに笑った。
『……そう上手く行くかしら?』
でも、ロザリィがボソりと呟いた言葉が何だかフラグな気がした。
・・
「マァー、子供たちだけで冒険? 大変だわネ~!」
セフィルは温泉で一杯やっていたオバチャンに絡まれてグッタリしている。
「あらあら、ちょっと細すぎない? もっもしっかり食べなきゃ駄目よ~?」
「あっ、はいっ……」
エマは自分の3倍くらい体積がありそうなオバチャン2号に絡まれてアワアワしている。
「お肌つるつる、若いって良いわねぇ~」
「い、いえ…おねーさんも良いモノをお持ちで…ハァハァ……ふひっ、鼻血が…」
「あら? のぼせちゃったの?」
クレアはちょっとグラマラスな女性の胸元をガン見しながら興奮している。
……ってオイ!!
「なにこれぇー」
俺が露天風呂の端っこで唖然としていると、隣にアンナがやってきた。
「どうやら"婦人の集い"とやらでオバサマ達が風呂を占領しちゃってるみたいだね。さっき、脱衣所の外でウロウロしてたオッチャン達から聞いたけど、この雰囲気に圧倒されて宿に泊まってる男性客が入って来れないんだってさ」
「まあ、成人男性がこんなトコに飛び込んだら針の筵だわな……」
個人的にはクレアの横に居る「ボン・キュ・ボン」な方が気になるけど、下手にそっちに視線を向けてそれがバレると命に関わるので、俺としてはアンナの方を向いて茶を濁すしかない。
「……なるほど、ああいうのが好みか。オトナだねぇ」
アンナが恐ろしいことを耳元で呟いた。
「ちょっ、まっ!」
「まあまあ隠すなワカゾーくん。おねーさんは何でもお見通しさ。人生の先輩をナメちゃイカンよ?」
「アンタ何歳だよ……って、俺らより年上なのは知ってるんだけどさ」
ジト目で突っ込む俺に「ひ・み・つ~」とか言いながら茶を濁すアンナに溜め息を吐きつつ、俺は正直な意見を口にする。
「そもそも、元の世界だとクレアくらいの歳で結婚する国なんてほとんど無かったんだ。俺の居た国じゃクレアの横に居るあの人くらいが平均かな」
俺の言葉にアンナはギョッとした顔になり、それから首をギギギ……とコチラに向けてきた。
「……大変失礼な話かもしれないけど、たぶん君の故郷はそう遠くないうちに滅亡すると思う」
「俺もそう思う」
例え将来的に国が滅ぶと分かっていても、国民が自らの自由と権利を優先したのだから仕方ない。
その借金を払うのは後に続く世代なのだけども、今となっては文字通り別世界の話なので、どうしようもない。
「うっへぇ、やっと開放されたぜ……」
ザブザブとお湯をかき分けながらセフィルがひとりで帰ってきた。
「なんだい王子様、お姫様を助けずにのこのこ帰ってきたのかい?」
……どこかの海賊のばーさんみたいなコトを言い出したアンナに対し弁解する気力も残っていないのか、そのままブクブクとセフィルは湯船に顔を半分沈めてしょんぼりしていた。
・・
「しかしなんでまた混浴が強制なのかねぇ」
せっかくの雪国温泉に浸かりながら、旅の疲れを癒すどころか精神的なトラウマを増やしただけに終わったセフィルが、ぐったりしながらぼやいた。
「確かに、混浴ではない他の宿が満員御礼状態だったのにこの宿だけ空きがあったということは、顧客は混浴ではない温泉の方を望ましいと考えてるわけだし。本来ならこの宿も男女別々の浴室を用意したり、または混浴を決まった時間のみに行う方が良いよなー」
顧客のニーズ的にも絶対その方が利便性も良いしね。
『アンタまたいつもの病気が……』
病気って言うな。
だが、そんな会話をしていると……
「それには深い深い事情があるのです」
「っ!?」
俺たちに突然話しかけたのは、和服っぽい衣装を着た関係者らしき女性だった。




