120:森を抜け山を越え
「なるほどな。……知らんっ!」
「はい???」
エルダ考古学研究所の応接室に案内された俺たちだったが、ワラントでの一件を伝えるや否や、所長は開口一番これである。
「確かにワシはここ数日この街を離れておったが、南のクラスタの街に居る孫のところに顔を出しておっただけじゃからな。ワラントなんぞウチのババアと大昔に行ったきりだの」
エルダ所長の表情からは嘘を吐いた時の特有のそれが見られないので、どうやら本当に知らないようだ。
『となると、カレンの会った老人は貴方の名前を騙っていた可能性が高そうね。でも何でまたそんな事を……』
ロザリィの言う通り、わざわざエルダ所長の名を騙ってまでこの建物に俺たちを誘導するように仕向ける意味が分からない。
「あの、おじいさんっ。ここではどんな事を研究しているのですか?」
エマの委員長的かつ模範的な質問に、エルダ所長は嬉しそうに笑った。
「よくぞ聞いてくれた! この世界は200年前……魔王に支配されていた事は知っておるかね?」
エルダ所長の質問に俺たち4人は肯く。
200年前というと、俺たちの知るプライア国の「女の魔王」ではなく、レンの言っていた「男の魔王」の事だろう。
「ほう、なかなか勉強熱心でよろしい。で、このオースの街は一度その魔王に壊滅させられておってな。それ以前の歴史資料やらが丸ごと失われたのじゃ」
こっちの魔王は随分と乱暴だったんだな。
まあ、プライア国の平和ボケしたモンスターたちが例外なのだろうけども。
「じゃが、それでも生き残った人々が資料を復元し、その多くが今もこの研究所に残っておる。ワシはそれを後世に伝える為、資料の保存に努めておる」
「なるほど、立派なお仕事ですね!」
エマの委員長的コメントに、所長は……いきなり泣き始めた!?
「こんな老いぼれを優しい言葉で労ってもらえるとは……おーいおいおいっ」
「え、えーーっと……」
この街の人々が歴史資料の保存に消極的なのか、エルダ所長の日頃の行いが悪いのかは定かではないが、何とも不憫である。
「我が生涯に一片の悔い無しぃぃー!!」
「いや、それ死亡フラグだから!!」
・・
結局「偽所長」については何も分からなかったけど、エルダ所長からいくつか面白い話を聞くことができた。
まず、魔王は自由に空を飛び、宙に魔法陣を描き、様々な魔法を使いこなしていたらしい。
もしかして妖精じゃねーの? と思って確認してみたところ、ロザリィ曰く『魔法陣は必ず地面や壁などの平面に発現するから、空中に魔法陣を出してる時点で違う』らしい。
アンナのような獣人が渡り人として異世界からやってくるのだから、もしかすると魔王は有翼人とかなのかもしれない。
……もしくはミグミグ族とか。
次に、魔王四天王の名前はロロウナ、エアリオ、メリーザ、そして……レン。
俺たちの知る名前が古文書に書かれている様は、何とも不思議な感じだった。
ちなみにレン以外の3人も少女の姿だったらしく、エルダ所長の推理では「幼い姿で人間を油断させる一種の擬態だったのでは?」とのことだが、ロザリィ的には『魔王が単なるロリコン趣味だったんでしょ』とバッサリだった。
最後に、世界樹は大陸中央のウルシュという国の領土内にあるというコトも教えてもらえた。
ただし、オースの街から東に抜けるには険しい山道を越えなければならないうえ、しかも馬車が通れるような舗装された道も無いらしい。
垂直に切り立った崖を登れば最速でショートカットが出来るそうだが、そこを通るような頭おかしい奴なんて誰も居ないと笑われてしまった。
『妖精の頃なら飛んでいけたんだけどねー』
「お前一人で行っても仕方ないだろ……」
というわけで、俺たちは山岳キャンプ確定の山越えコースを選んで移動中です。
今までも長距離移動時に馬車で野宿することは何度かあったものの、完全な野営は初めてだ。
「この辺は比較的安全だけど、深い森に入るとモンスターも出現するらしい」
「おおっ! ファンタジーっぽい!!」
『モンスター出るって聞いて喜ぶのはアンタくらいよ……。ぶっちゃけ、この中で最弱なんだから気をつけてよね』
ロザリィの小言を受け流しつつ、しばらく道を歩いていると角の生えたウサギがぴょんぴょんしているのが見えた。
「お、ホーンラビットだ」
そう言うとセフィルは短剣を構えた。
「これモンスター?」
「だよ?」
ぴょんぴょんぴょんっ。
「すごい跳ねてる!」
「ウサギだからな」
………ひょいっ。
「抱っこ出来てしまったぞ?」
「ウサギだからな」
俺の腕に抱かれながら温和しくしている姿からは、普通の野良ウサギよりも警戒心が感じられない。
しかも凄くモフモフしているし、この場に保登さんが居たら狂喜乱舞することだろう。
だが……!
「じゅるり」
『きゅーーーーーーーーっ!!?』
アンナがよだれを垂らしながらそれを見るや否や、ホーンラビットは一目散に逃げ出してしまった。
「「あーっ! 晩ご飯が……」」
そして見事にハモるセフィルとアンナ。
「やっぱり食用だったのな……」
「じゃないとあんな無抵抗なモンスターを倒す必要無いしな」
個人的にはモンスター食にかなり抵抗があるのだけど、さすが旅慣れしてるだけあってセフィルは平気なご様子。
「私は生理的に、無理」
「私もかなぁ……」
クレアとエマの女子ふたり組はダメみたいだ。
「まあ、手持ちの食料に余裕があれば無理に狩る必要はないんだけどさ」
そう言いながら短剣を収めようとしたセフィルの手が止まった。
それからゆっくりと刃先を森の奥に向ける。
「……こっちは悠長な事を言ってられないみたいだな」
セフィルに続いて、アンナも森の奥を睨みながら腰を低く落とし身構えた。
まだ目視では分からないが、そこから放たれる殺気に心臓がドクンと跳ねる。
「ホーリーシールド!」
クレアが防壁を展開すると同時に、俺たちの目の前で石礫がキリモミ回転しながら制止した。
「敵は地属性魔法を使ってくる! 気をつけて行くぞ!!」
セフィルの掛け声に合わせ、俺たちは森の奥へ駆け出した。
魔王四天王の「ロロウナ、エアリオ、メリーザ、レン」の4人は、拙作「もっと脳を鍛えるよい子の異世界ハッキング」にヒロインキャラとして登場しています。
よろしければそちらもご一読ください。
https://ncode.syosetu.com/n9887dy/




