119:冒険者ギルドへようこそ!
<オアシスの街 オース>
大陸北部の港から馬車で南下したすぐの場所にオースの街はある。
船から降りて"9時間"が経過し、俺たちは日没過ぎの真っ暗闇の中、ようやく街に到着したわけだが……ムカムカ!
「クリスにしては珍しく不機嫌そうだな……まあ気持ちは分からんでもないが」
セフィルが俺の様子に気づいて声をかけてきた。
「ああ、サービスがなってねえなぁー……って」
船から降りた俺たちはそのまま特に案内もされないまま立ち往生してしまったわけだが、港町は閑散としており人っ子一人おらず、町人に出会うだけでも一苦労。
どうにか馬車を保有する商社を探しだして直接交渉してチャーター出来たものの、こちらの足下を見まくりの超ボッタクリ価格を提示してきた始末。
そもそも大陸間を船舶で移動する目的が物流のため、俺らみたいな旅人は最初から「乗せてもらえるだけありがたいと思え」くらいの扱いなのだろうけど、いくら何でもあんまりすぎる。
その場にクリス父でも居ればその貫禄で何とでもなったのかもしれないが、残念ながら傍から見て俺たちは小さな女の子を連れた子供4人組でしかない。
「もしもこの馬車を保有する会社のグループ企業が神都ポートリアに支店出しても、絶対に不買しちゃる!」
『ちっちゃいわねぇ……』
呆れ顔のロザリィにちょっとムッとしつつも、ひとまず宿を探すコトにした。
と言っても、さすがにオアシスと呼ばれるだけあって旅人向けの宿場が多く、特に困ること無くあっさりと4人部屋の確保に成功。
少し古い建物ではあったけど、ベッドが比較的清潔だったので満足度は高い。
もしもこれがカビ臭かったり壁が煙草でネチョネチョしてたりすると、朝まで陰鬱な気分になってしまう。
まあ、そんなのを気にするのは俺だけなのだけど。
「綺麗な部屋で良かったよ。あたしが寝泊まりしてた神殿は、お香?…とか言うヤツがずっと臭くて、鼻づまりが酷くてさ……」
アンナが(生物的に)気にするタイプでした。
「やっぱりアンナさんって凄く鼻が良かったりするんでしょうか?」
エマの質問に、アンナは少し難しい顔で考え込む。
「何を基準に良いと言うか難しいトコだね。あなたたち人間を基準に比べれば鼻は良い方だろうけど、あたしらの種族は鼻よりも耳の方が重要なんだ」
アンナに「どの動物がベース?」とはさすがに聞けないけど、にゃんこさんは鼻よりも耳が利くらしいので、アンナの種族は猫の特性に近いようだ。
「こうやって耳を澄ませば隣室の会話まで聞けちゃったりね」
アンナさんが長いケモ耳をピョンと立てて壁に耳を向けると……そのまま顔が真っ赤になっていった。
「アンナさん…何、聞いたの?」
クレアの質問に、アンナは大変困った様子。
「子供にはまだ早いから言わない」
お察ししました!
リアル未成年なセフィルとエマの頭の上には「???」が浮かんでいたが、中身おっさんな俺と、耳年増なロザリィの記憶を継承しているクレアは何が聞こえたのか理解したため、アンナと同じ顔色になって突っ伏してしまった。
『何でも聞こえるってのは、案外と厄介なもんね……』
・・
「朝ー、朝だよー!」
『アンタ、男がそのセリフで起こすのはどうかと思うからヤメなさい』
なんでお前が元ネタ知ってるんだとロザリィに突っ込みたい気持ちをぐっと抑えて、俺は皆を起こして出発の支度を始めた。
神都ポートリアと違って時計塔が無いため、体内時計の感覚だけを頼りに時刻を把握しなければならないが、太陽の位置からみて午前9時前後くらいだろうか。
「んじゃ、ノーブの言ってた考古学研究所とやらに行ってみようぜ」
いち早く支度を終えたセフィルに誘われ、俺たち一同は考古学研究所を探すため街に繰り出した。
本当は昨晩のうちに酒場で情報収集するのがベストだったのだが、前述の通り俺たちは全員「ちびっこ」なわけで、例え法的に飲酒OKの国であってもこのメンツだけで酒場に突撃するのはあまり望ましくない。
「あたしが聞き込みすれば良かったんじゃないかねぇ。普通にアンタらの倍以上生きてんだけど……」
とアンナは言うものの、見た目だけは俺らよりもさらに幼いので、年齢がどうこう言う以前の問題だ。
『あそこなら何か情報得られそうよ?』
ロザリィが何かに気づいたのか、待ちの一角にある建物を指差した。
そこの看板に書かれていた名称は……
<冒険者ギルド オース支部>
「こっちの大陸にはそんなもんまであるのかっ!」
驚きの声を上げた俺を見てセフィルは笑った。
「俺らの居た大陸はモンスターが居ないから例外的にギルドが無かっただけなんだよ。特に俺達の国は都ごとに国家主導の治安維持組織が活動しているから、ギルドそのものが必要無いんだ」
「ということは、こちらの大陸はギルドによる討伐が必要なくらい、モンスターと遭遇したり戦闘になるということ?」
「さすがに俺もこの大陸の全土を回ったことはないから断定は出来ないけど、お前の親父リュータスと旅をしていた頃に、何度か遭遇したことはあるな」
うーん、ところ変われば国防も違うんだなぁ。
「でも、ギルドと言うことは民兵だろ? こっちの国は騎士団とか持ってないのか???」
「もちろんあるさ。だが、あくまで王城と城下町を護るためだけに特化していて、それ以外は各々て自衛しろって事になってる」
うーん、この構図どっかで見たことある気がするな………ああ、そうか!
「ギルドがあれば力を持て余した連中を有効利用出来て、しかもそこに経済が生まれるんだな。その規模が大きくなって横の繋がりが出来ると利権も出てくるから……」
俺の言葉にセフィルは頷いた。
要は、この大陸において騎士団とギルドは、国営カジノとアレな銀玉遊戯の関係みたいなものなのだ。
恐らくギルドにも協会みたいな団体があって、そこの重鎮には力の合る領主や大臣やらの名前もあるだろう。
「異世界でも人の集まるところはどうしても似たようなコトになっちまうんだなぁ」
「ま、俺の国じゃ絶対許さんけどな」
さすが我らが王子様だ。
「さてと、そろそろ中に入ってみようぜ」
セフィルを先頭に冒険者ギルドの建物に入ると、そこは……普通に酒場だった。
なるほど、宿が多いだけあって酒場も複数あるのね。
「あー、こういう立地かー」
ファンタジー作品でよくギルドの建物内でドンチャン騒ぎやってるイメージがあるけど、まさにそんな感じの内装だった。
奥に受付のおねーさんが居るのもそれっぽいなー……とか何とか思っていたところ、おねーさんと目が合ってしまった。
「あら小さなお客様♪ いらっしゃいませ、何かご用ですか?」
「えーっと、この街に考古学研究所という建物があるとお聞きしたのですが……」
俺が訊ねると、一瞬おねーさんの笑顔がピクッと引きつるのが見えた。
はて? あんまり評判良くないのかな?
「エルダ考古学研究所の所長なら、よく当ギルドの酒場に居ますよ。ここ数日は見てませんけど」
見てませんけど、という言い回しも妙に安堵の感情が含まれているような……。
「あの、おねーさん。そのエルダさんって人が苦手なの?」
俺の質問におねーさんは溜め息ひとつ。
「セクハラが酷くて……」
oh...
「特に胸元への視線が……はっ!?」
おねーさんは突然両手で胸元を隠す姿勢になると、周りをキョロキョロして怯え始めた。
「あのクソジジイ以上に、胸元への舐め回すような視線を感じますっ!!」
俺が慌てて後ろを振り返ると……!
「すごく…立派なものをお持ちで」
クレアさーーーーん!!!
「お前、いくら同性だからってそれはセクハラだろう……」
「何を戯けたことを…セクハラとは性的にいやらしい目で見るもの。私は…羨望の眼差し、憧れ。そこにセクハラ要素は…皆無」
クレアのあんまり過ぎる回答にセフィルは頭を抱えてしまった。
「ま、まあそれは良いとして。その研究所の場所を教えて頂けますか?」
「あ、はいっ。このギルドの建物を左にまっすぐ進んで、丁字路をまた左に曲がったところにあります……ひぃぃー」
クレアの熱い視線にビクビク怯えるおねーさんに苦笑しつつ、俺たちは冒険者ギルドを後にした。
・・
「あれは、良いものだ」
「へいへい」
未練がましく冒険者ギルドの方をチラチラ見るクレアに苦笑しつつ、俺たちはエルダ考古学研究所へ到着した。
外観は他の建物と同じだが、入り口の扉が堅く閉じられており、そこに主が居ない事は明らかだった。
「やっぱり戻ってないか……」
「カレン曰く、まるで煙のように消えてしまったらしいし、こちらから会おうと思っても会え……」
「なんじゃお前らは?」
後ろから聞こえた声に慌てて振り向くと、そこには大きな鞄を背負った老人が立っていた。
「いたああああああああああっ!!!」
「なんじゃあああああああっ!?」




