116:獣神と獣人
カレンさんのハイキックで蹴破られたドアが大きな音を立てながら倒れた。
「アンタいきなり何やってんだよ!! さっきまでの俺らの話、聞いてただろっ!!?」
セフィルが顔面蒼白でカレンさんに抗議するも、カレンさんは自信満々な顔でニヤリと笑った。
「貴方達が話してたのは"神殿で無礼をはたらく人間は居ない"って話でしょ? 私は神様だからノーカンよ!!」
「その発想は無かった!!」
いや、そういう問題じゃねーよ……。
そしてふと前を見ると、神殿の奥で食事中だった女の子がパンをくわえたまま目を白黒させていた。
突然の出来事にもの凄く驚いてしまったのか、耳をピンと立てて尻尾が大きく膨らんでいる姿が何だか可哀想だ。
……あれ? 尻尾???
「アレがターゲットよロザリィちゃん! 隔離、拘束、能力ダウン系スキル一斉放射!!」
『ガッテン承知っ!!』
カレンさんの指示に従いロザリィがスキルを放つと同時に、神殿の外壁が黒みがかったモヤに覆われ、奥に居た女の子は魔力で編まれたロープで椅子ごと簀巻きにされる。
「むーーーっ!!? むぐーーーーっ!! むべっ!」
どてっ!
女の子は椅子に縛られたまま暴れたせいで、そのまま床に倒れてしまった。
しかも口にパンを咥えたままだったため、倒れたままムームーと唸っている姿に、見ていて心が痛む。
「さて」
カレンさんが女の子の顔の横をドカッと靴で踏みつけて、どこぞの火傷顔のロシアンマフィアのような悪人面で見下ろした。
さらに、テコテコと歩いて近づいたクレアが女の子の口からパンをスポッと抜く。
「ひっ、ひぃっ、お助けっ…!」
「貴女に黙秘権は…無い。正直に話さないと…」
クレアが手に持っていた紙ナプキンがボッ!と燃えた。
「ひぃやあああーっ!!!」
……えーっと。
ドアを蹴破った集団が食事中の女の子を拘束して脅迫……どこからどう見ても押し入り強盗です、本当にありがとうございました。
って、そうじゃなくて!!!
「ストップストップストーーップ! お前ら当初の目的見失ってるだろっ!!」
俺の全力のツッコミにふたりは首を傾げる。
「『最初からこうするつもりだったけど?』」
なんてこったい。
「あうあうあう、そこの少年っ。あたしを助けてくれたら……!」
「いいえ」
「まだ説明の途中なのにぃっ!!」
俺は幼き日にAボタンを連打したせいで竜王に世界の半分を貰ってしまって以来、この手の要求は断る主義なのです。
「まあそれは冗談として、どうして君はここで神様のふりをしてるんだ?」
俺の質問に女の子はハッと驚きの表情になる。
「君はあたしの正体が分かるんだねっ! お願いだよ、ココがどこなのか教えてくれないかっ!?」
・・
「あたしの名前はワルケリアナ、獣人族ソフロニ村の生まれだ」
「やっぱり獣人だったのか……」
俺の受け答えを聞いて、エマとセフィルが不思議そうに首を傾げた。
「「じゅーじんって何?」」
「へ?」
二人の反応は、存在しない言葉を使った時のものだ。
ということは……
「この世界には固有種としての獣人が居ないからよ」
カレンさんが少し寂しそうに呟く。
「つまり、この子は獣人という種族の存在する別世界からやってきた渡り人ね。貴女、ここに来る前に何があったか覚えてる?」
「なんかキラキラ光る輪っかに吸い込まれて、気づいたらあそこの祭壇の前に居たんだよ。いきなり神様とか呼ばれて訳が分からないけど、下手に神様じゃ無いとか言って外に放り出されても困るから……」
なるほど、獣神を祀る神殿に獣人がいきなり召喚されたとなると、神殿に居た人たちがワルケリアナを獣神ティーダだと勘違いしても仕方ない。
事情を全く理解出来ていないみたいだし、そりゃ本物みたいに酒場に入り浸らないのも納得だ。
「キラキラした輪っか……空間転移門を使えるとなると、神に近い力を持つ者がこの子を引きずり込んだということになるのだけどね」
「ラフィート様が連れてきたとか?」
「うーん、わざわざあの方が私のニセ神を召喚する理由が無いのよね。それに、そんなドッキリを仕掛けてくるなら、自ら獣神の姿でこの場で私達の前に現れていたでしょうね……はぅ」
遠い目で溜め息を吐くカレンさんの姿が、これまで度々とラフィート様に振り回されて来た事を物語っている。
だが、あの方ならホントにそのドッキリをやりかねないな……。
「カレンさん、ラフィート様とお会いした事があるんですねっ! すごいっ!」
エマの反応に、カレンさんが少しだけ不思議そうな顔をしてから、手をポンっと打つ。
「あーあー、なるなる。そりゃそうよね」
俺とクレアは直接会ったコトがあるけど、ノーブさんは当然ながら、セフィルとエマも創造神ラフィート様との面識は無いわけで。
『ふっ、私も女神様から直々にお願いされたコトがあるわっ!』
「ロザリィちゃんもスゴイねっ!」
『ふふんっ』
何を対抗してるんだお前は……。
って、今はそれどころじゃなくてっ。
「ワルケリアナを元の世界に帰してあげることは出来ないんですか?」
俺の言葉にカレンさんは腕を組んだまま「うーん…」と考え込んでしまった。
「実は、この世界を抜けて別世界に移動する手段がひとつしか無いのだけど、ラフィート様ですら独断ではそれが出来ないらしくてね。私もダメだったから……」
それはつまり、カレンさんは元々この世界の住人では無かったということか。
勇者カトリと一緒に冒険してたらしいし、もしかしてその頃は獣神では無かったのかもしれない。
「その、ひとつしかない手段って?」
「……南の海を渡った先のエレク大陸の中央にある世界樹は、神が天界へ戻る時に使う転移門なの。私もラフィート様から話として聞いただけで実際にどうやって使うかまでは知らないのだけどね」
そう言うと、申し訳なさそうにカレンさんは俯いてしまった。
「クリスくん」
クレアが俺を真っ直ぐ見つめてきた。
「……女神様に怒られてもしらねーぞ?」
『その時はその時でしょ』
ニヤリと笑うロザリィに、ワルケリアナ以外の全員が笑った。
当の本人はまだ状況を飲み込めていないらしく、オロオロと困り顔だ。
「感謝しなさい。この子達はアンタを元の世界に帰す為に、神様にケンカ売りに行くっつってんのよ」
カレンさんの言葉にワルケリアナは目を見開き、それからポロポロと大粒の涙を流して泣き出した。
「ありがとう、ありがとうよ……!」




