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011:サラブレッドブリーダー

「ほい、ここが観光馬車を運営してるホース・タンプ社だよ」


 にーちゃんに連れられ「微妙過ぎる観光馬車」の運営会社にやってきた。

 少し深呼吸し、コホンと軽く咳払いをしてからドアを開け……


「こんにちはーっ!」


 元気に挨拶すると、社員が笑顔で迎え入れてくれた。

 会社の雰囲気は悪くないようだ。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用時かな、坊や」


 カウンターの前の植木に水をあげていた初老の男性が出てきた。

 身なりが良いので、かなり偉い人だと思われる。


「うーんとね、今日このおにーちゃんと一緒に馬車で街を回ったんだけどー」

「うんうん」


「退屈過ぎて寝ちゃったー」


 凍り付くオフィス。

 シェー!のポーズで固まるにーちゃん。

 笑顔のままヒクヒクしている初老の男性。


「ば……」


 最初に口開いたのは、にーちゃんだった。


「ばばばば馬鹿っ! いやはや! とんだ失礼を! おい、謝っとけ!」


 アタフタしながら俺の横で手をバタバタするにーちゃんを無視したまま、じっと目の前の人の目を見る。

 身なりの良さだけでなく、この強い目は「多くの修羅場をくぐり抜けた猛者」のものだ。

 俺の勘が当たっていれば……。


「君の名は?」


 新k…いや、やめておこう。


「クリスだよ」


「………ふむ、このお二人を応接室に案内してくれ」


 そう言い残し、奥の部屋……会長室に入って言った。

 よし、ビンゴだ!


「えっ? えっ? えっ???」


 状況を飲み込めていないにーちゃんをこの場に置いていきたいところだが、二人を…と言われたことだし、渋々手を引いて、会長より一足早く応接室へ向かう。



「改めてこんにちは、クリス・エリアスくん」


「あれ? 僕まだフルネームを名乗ってないんですけど……」


「両親を亡くした女の子の病気を治す薬を買うため、学校に通いながら父の友人のお店で働いている。しかも、その手腕は天下一品だそうだね」


「えええ、一体誰がそんなコトを…って、僕、その話はマダムにしかしてませんからね」


 溜め息をつく俺を見て、かんらかんらと笑う会長。


「ご名答! しかも私は君の通う学校のエコール校長とも古くからの友人だ。まさか登下校の安全対策を理由に、子供用に傘を売りつけるなんて、わはははは!」


「売りつけたわけでは無いんですけどねぇ…」


 その傘を卸した業者の人は、俺の隣でポカーンとしているわけだが。


「大人の男性を引き連れてやってきたと思いきや、いきなり我が社の観光馬車にクレームだからね。名前を聞いてすぐにピンと来たよ!」


 ワハハハ!! と豪快な笑顔で笑った後、すっと真顔になる。


「…さて本題に入ろう。君はターゲットに私の会社を選んだわけだが、我がホース・タンプ社は名前の通り、馬車を用いた仕事として物流部門と観光部門を運営している。君から商品を購入してあげたいのは山々なのだが、この職場の物品は全て私の幼馴染みが経営している商社から仕入れていて、君から買うのは難しいんだ。そんな状況で、君は私に何を売るのかね?」


 会長の眼鏡がキラリと光った気がするが、こんな返しは俺の前職じゃ日常茶飯事だ。


「いいえ、私からは貴方に何も販売しません。貴方のお客様に買って頂きます」



「なあ…?」

 おっちゃんが俺に問いかける。


「なあ…?」

 にーちゃんも全く同じ言葉で俺に問いかけてくる。


「なーに??」


 商店街には観光馬車が連なり、多くの観光客が思い思いにウィンドウショッピングを堪能している。

 ウチの店で一番の売れ筋が「雨傘」なのが悪い冗談としか思えないが、観光客が購入した商品は全て俺の営業実績としてカウントする約束なので、とにかく何か買ってくれるなら文句無しだ。


「おーい、クリスくんっ!!」


 声の聞こえた方を見ると、ゴージャスな見た目の馬車から会長が手を振っている。


「こんにちは、会長。盛況で何よりです」


「コラコラ、そんな社交辞令は要らんよ。正直に言ってほしいのだが、君から見て現状をどう思うかね?」


「会長の馬車がゴージャスなのに、観光馬車がショボいですね」


 ブッフォアッ!!と隣の二人が吹き出す。


「そもそも馬車のデザインが全部同じなので、馬車を一度離れて再び戻る時は御者さんの顔で判断するしかありません。僕は人の顔を覚えるのが苦手なので、もしも御者さんの顔を忘れてしまうと、どれに乗って良いのか分からなくなるかもしれません」


「ほう…」


「それにマダムのように裕福な方だと、もっと馬車の見た目や内装に気を遣わなければ、馬車旅行に興味があったとしてもコレを利用することは無いでしょう。かと言って、全て高級にしてしまうと私たち庶民が利用出来ませんし、ショッピングが目的の人はなるべく移動コストを下げたいと思っていますので、多少不便でも乗り合いで乗車料金を低めに設定するプランなんかを作っても良いかもしれませんね」


「おい、リカナ! クリス君を借りていくぞ!」


 そう言って俺をゴージャス馬車に連れ込む会長。


『大いなる意志が…』


 俺の頭の上に座っているロザリィが呟く。


『アンタのコトを、初期のヤマオカみたいだな! って言ってるんだけど、ヤマオカって誰よ?』


「あー、うーん……」



『結局、今回は何をやったの? 近くで見てても全然分からなかったんだけど。なんで商店街が繁盛してんの?』


 ようやく会長から解放され、家で一息ついているところにロザリィが訊ねてきた。

 新人の妖精ちゃんにも分かるように要約すると次の通りだ。


 まず、以前までのホース・タンプ社の観光馬車は毎日同じルートをぐるぐる回るだけ、要は観光馬車とは名ばかりの区内循環バスのようなものだった。

 会長に話を聞いたところ、元々は先代が兄弟で物流部門と観光部門を担当していたが、観光部門を担当していた弟、つまり現会長の叔父がとんだポンコツだったらしい。

 結局、叔父の一人娘が嫁に出てしまったため跡継ぎもなく、現会長が全業務を引き継いだものの、観光部門が赤字を垂れ流し続けるお荷物で頭を悩ませていたんだそうな。


 事業PRのため、いくつか親しい会社に乗車チケットを配ったうちの1枚がにーちゃんの手に渡り、最終的にショタ&にーちゃんランデブーが実現したわけだが、そもそも観光として成り立たせるためには街の外の人達を呼び込まないといけないのだから、街の住民にチケットを配っても意味がない。


「アホな循環運行は廃止し、人口数の多い近隣の街3つと村1つとの往復ルートにしたわけだ」


 この国はかなり広く、全エリアをカバーするのは採算的に不可能と判断し、次の3つを条件にターゲットを絞り込んだ。


1.自分たちの住む神都ポートリアと交流があること。

2.経済的に裕福であること。

3.観光名所や名産品が相違すること。


 まず1の条件だが、どうしても「街同士の相性」というものがあり、例えば隣接した二つの街が双方共に「元祖」を名乗っていたりすると、いがみ合ってしまうものだ。

 転生前の世界にも「車ですぐ行ける陸繋がりの隣県とは不仲なのに、わざわざ海を越えなければ行けない県とは仲良し」みたいな市町村は数え切れないほどあった。


 次に2の条件は言わずともがな。そもそも貧しい地域の人々は観光どころではない。

 バレル炭坑周辺で暮らしていた人たちのように、日々生きるだけで精一杯なところに「観光で気分転換はいかがですか!」とPRしたところで効果は期待できないわけだ。


 最後の3の条件に関しては1に似ているが、自分たちの日常とギャップが大きくなければわざわざ観光に行く理由がない。

 俺たちの暮らす街の中央広場には「大噴水と女神ラフィート像」という観光名所があるのだが、別の街には「女神ラフィート降臨の地」という広場があり、当然そこにも女神像が置いてある。

 女神様が好き過ぎて、あらゆる女神像を見てから天寿を全うしたいと考えているような狂信的な信仰者ならまだしも、「女神ラフィート降臨の地」のような最上位のモノが近くにある人が、わざわざ旅行先で似たような像を見たいとは思わないだろう。


 そして、いざ観光客を誘致出来たとしても素通りするだけで帰られてしまっては、今回の計画が台無しになる。

 我が街は東西南北4つの教区に分かれており、それぞれ産業は似ているものの観光特産品に関してはちゃんと特色があり、俺の暮らす南西側は海に面しているため新鮮な魚介類が容易に入手できる。


 この街の住民にとって海の恵みは生まれてからずっと当たり前に存在しているものだが、もっと内陸に暮らす人々の中には「一度も海を見ることなく一生を終える」なんてのもザラで、口にする魚介類も全て乾物だったりする。

 前の世界では公共交通機関をはじめ様々な移動手段があり、ごく普通の個人が海を渡って何万キロも移動することが出来たが、ジェットエンジンどころかモーターすら発明されていない、電気エネルギーの有効利用方法すら確立していないこの世界にとって、長距離移動はひとつの冒険なのである。


「合理的な遠方観光客の誘致路線の確立、ユーザの需要に合わせた旅行プラン、そして旅行チケットを見せることで様々な特典を得られる商店街タイアップなど、やるべきことをちゃんとやれば客は呼べる。そもそもこの世界は競争が極端に少ないからな…」


 そう、俺は特別なことは何もしていない。

 前の世界では同じ取り組みをしたところでようやくスタートラインに立てるだけで、実際にはそこから苛烈な市場競争が始まるのだ。

 ちなみにリカナ商会では、旅行チケットを見せると商品5%オフで、その割引分を削った利益の40%が俺に支払われることになっている。


 奥さんが「四割五分だの四割だの計算が面倒だから、この子に五割渡しちゃいなよ」と呆れ顔でおっちゃんに文句を言っているが、おっちゃん的にそれだけは譲れないと頑なに拒んでいる。

 まあ、利益を1%上げるには多大な苦労が必要なのだから、おっちゃんが拒むのは商売人として当然である。


『分かったような、分からないような…』


「まあゆっくり理解していけば良いさ。これで目標まで一気に行くぞ!」



収入

 旅行客の土産物購入利益40% 17,320,500ボニー

 ホース・タンプ社より謝礼 3,000,000ボニー


支出

 クレアの入院費(次月分) 900,000ボニー


[現在の所持金 24,704,500ボニー]

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