108:ケモノガミ
<リカナ商会>
「南西のワラント国に獣神様が降臨されたらしい!」
行商人の一言に店内のお客さんたちは興味津々。
というか、店主であるリカナさんまでもが仕事そっちのけで話に夢中になっている。
「獣神様ってぇと、おとぎ話に出てくるケモノガミ・ティーダの事かい?」
リカナさんの言葉に行商人は「おうよ」と応えた。
「ティーダって名前どっかで聞いたことある気がするんだけど。誰だっけ?」
セフィルが首を傾げながら訊ねてきた。
言われてみれば聞いたことあるような……
『魔王を倒した4人の勇者のひとりの名が確かソレだったわね』
「ああ、それそれっ!!」
ロザリィの即答に、セフィルは満足そうに頷く。
コイツ何気に記憶力良いなぁ。
「でも、それがもし同一人物だとしたら勇者パーティはなかなか反則じみてんな。神様ふたり引き連れて魔王退治とか、チートにも程があるだろ」
『それで勇者と魔王が相打ちになったんだから、パワーバランスとしては適切でしょ』
「あー、それもそうか」
あの超強い女神様をもってしても引き分けに至る流れがとてもイメージ出来ないし、別人(別神?)の可能性も高そうだ。
俺が再び行商人の話に耳を傾けようとしたその時……
「こんにちはーーーっ!!」
「おおおっ、こっ、ここはっ!?」
リカナ商会に突然、二人組の男女が飛び込んできた。
その正体は……
「可憐庭の店長さんとノーブさんっ!?」
驚愕する俺の声を聞き、ノーブさんが困惑した表情のまま口を開いた。
「お、おぉ、こんなところで奇遇だな……」
「いや、それよりもなんで店長さんに腕引っ張られてココに? 今は営業時間中でしょ? 大丈夫なの???」
「それどころではありませんっ!!!」
店長さんがバンッと勢いよくテーブルに手を叩きつけると、天板からミシッと嫌な音がして少し凹んだ。
これ一枚板だよな……?
「獣神ティーダが最後に人々の前に姿を見せた時、彼女はこう言いました。私は長き眠りに就く、次の目覚めるのはこの世界に災い起こった時だ……とっ!! それが再び現れたという事は、大変な事なのですっ!!」
店長さんの雰囲気に圧倒されつつも、俺は気になっていた事を尋ねてみる。
「へ、へぇ……。店長さん、すごく詳しいんだね。でも、なんでそんなに必死に?」
「えーっと……その……ワラント国は私の商品の仕入れ元がたくさんあるので、心配で……」
なんか急にさっきの勢いが無くなった。
それに酷い棒読みだ。
「だから、ちょっと店をお休みさせて頂いて、実際に状況を確かめてみようかと思うのです」
「へ? 可憐庭、閉めちゃって大丈夫なの???」
「あまり長くはダメですけど、今回は事情が事情なので……」
うーむ、よく分かんないなぁ。
「んで、ノーブさんは?」
「……お前らがプライアに行ってる間にシンカーとイーノに今の状況を手紙で伝えたんだけどよ。シンカーから"式の日取りはいつだい?"、イーノから"YOU'RE FIRED!!!(お前はクビだ)"というステキな返事を頂いたところだ」
「うっわー……」
どうやらイーノさんはPART2派らしい。
俺はPART3の大時計前の記念撮影シーンの方が好きなんだけども。
「なので、ダーリンと一緒にワラントに行こうと思うのだけど、君達も一緒に行かない?」
「ダーリン……?」
「言うな」
店長さん、いつもの営業スマイルを剥がすと結構ミーハーだったのね……。
それにしても、ダーリンってアンタ……。
そんな感じでリアルおっさんの中身おっさんの両名が何とも言えない顔で溜め息を吐く横で、正義に燃えるリアル少年が力強く立ち上がった。
「世界に災いが起こると聞いて、黙って居られるものかっ!!!」
例に漏れず、もの凄くやる気満々のセフィル王子様です。
まあ、この展開で行かない理由が無いんだけどさ。
「クリスくん、頑張ろう」
いつの間にか行商人から買った焼き菓子をひとりモグモグしていたクレアが隣にやってきて、俺の頭をポフポフしてきた。
「言われるまでもなく俺達4人も着いていくよ。でも、馬車の操縦はノーブさん、よろしくね」
「えー…、お前も手伝ってくれよぅ……」
そんな感じで話が一段落しそうになったところで、突然クレアが「あっ」と声を上げた。
「ところで…ケモノガミ・ティーダのおとぎ話って、どんな話?」
「あ、そういえば最初にリカナさんがそんな感じのコトを言ってたな。俺もそれ初耳だよ」
俺とクレアの発言にリカナさんは苦笑する。
「やっぱ今時の子は知らねーかぁ。南の方にワラントって国があるのは学校で習ったろ? あそこに獣神が降りてきて、毎晩のように酒場に入り浸って街の若い衆にケンカをふっかけたって話だよ」
なんだそりゃ。
「神様がなんで街の若い衆とモメてんの……」
「おとぎ話だと肩がぶつかったとか、乱闘騒ぎに飛び込んでいったとか……」
「チンピラかっ!!!」
俺のツッコミに何故か可憐庭の店長さんが急に不機嫌そうな顔になる。
「別にぃ、肩がぶつかったとかじゃなくて、ちんちくりんとか幼女呼ばわりされたのがムカついただけだもん。乱闘騒ぎは両成敗で仲裁しただけだもん」
「それで人様に手を出したらイカンだろう……」
「うぅ……」
まあよくわかんないけど、そんな神様がまた降臨したとなると現地は相当混乱しているだろう。
今度の旅も一波乱ありそうだなぁ。
◇◇
というわけで、サクッと旅の準備も整えて翌日早朝。
「レン、もしかするとしばらく会えないかもしれないけど、元気でな」
「はい、この度は本当にありがとうございました。リベカさんに住み込みで働かせて頂けるようになったのも、全て皆さんのおかげです。このお礼はいつか……」
「いいよいいよ、気にするなって」
さすが真面目ちゃん、何だか本当に御礼に追いかけてきそうだなぁ。
そんなやり取りをしていると、エマがキョロキョロと周りを見渡していた。
「ノーブさんとカレンさん遅いね~」
「む、言われてみれば確かに……」
大時計台の時刻は約束から既に15分経過。
ビジネスシーンだとアウトだな。
一同が待ちくたびれる中、セフィルがニヤリと笑った。
「二人で仲良ししてたりしてな」
「「仲良し…?」」
クレアとエマが同時に首を傾げる。
「余計な入れ知恵すんなっ」
うっかり口を滑らせたセフィルの頭を軽くポカッと叩いたその時、遠くからドドドドッ!とノーブさんの手を引いて超スピードで走ってくる店長さんの姿。
なんかあの二人の将来的なパワーバランスは完全に決定的な気がする。
「お待たせっ! ゴメンね、ちょっと準備に手間取っちゃって!」
「ぜえ、ぜえ……」
店長さんの全力ダッシュに引きずられたノーブさんは既に満身創痍だ。
中年男性に無茶させないであげてよぉ……。
不憫なノーブさんを介抱していると、俺たちの横をクレアがてこてこと店長さんに近づいていく。
「店長さん」
「クレアちゃん、どうしたの?」
「ふたりで仲良し、してたの?」
「「っ!?」」
突然の問題発言に絶句する二人!
しかも俺の方に疑いの眼差しを向けてきたしっ!!?
「おおおおお、俺じゃないよっ!!!」
慌ててセフィルの方を指差して責任の矛先を正そうとしたものの、そこに居たはずのセフィルの姿は見えず。
「うわっ!?」
いつの間にかスピードアシストスキルで後ろに回り込んだセフィルが、俺を羽交い締めしていた。
「お前っ……!」
「王子命令……いや、後生一生のお願いだ。何だか今更ながら俺の発言だと知られるのが凄く恥ずかしくなってきた。俺の為に耐えてくれ……」
「オオオオイィィッ!!! お前は単なる若気の至りで済むけど、俺は色々と洒落にならねーよっ!!?」
やいのやいの。
『……そこの中年カップルの反応で大体意味は察してるけどね』
「同じく」
「セフィルくん、ちょっと幻滅です」
結局セフィルの隠蔽工作は失敗に終わり、エマの好感度が下がるだけだったという悲しい結末でしたとさ。
今回の教訓は「口は災いの元」。
みんなは気をつけようねっ。




