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102:黒髪の少女

~プライア出国から2週間後~



<神都ポートリア>



「ぼーーー……」


 平和だなぁ。

 特に何かするわけでもなく、かつて自分が墜落した川を眺めながら、俺は脱力していた。

 ちなみに父はメルフィを王城へ連れて行く為に旅立って行ったため、この家は完全にフリーダムです。


 ダラダラしていても誰も怒る者の居ないフリー、何をしても許されるフリー。

 フリー……そう、つまり今の俺は自由だああああああああっ!!!

 そういやそんな叫び声をあげる芸人が居た気がするけど、昔のこと過ぎておっさんな俺には思い出せないや。


 だが、自由の素晴らしさを噛みしめている俺を見て、ヒソヒソとささやく声が聞こえる。


「なぁ、アレは何なんだ?」


「えっと、しばらく働きたくないでござるーって言ってたよっ」


「…クリスくんは、時々あんな感じになる」


『平常運転ね』


 仲間たちが俺を見て色々と言っているようだが、今日の俺は何もしないと心に決めたのだ。


 長い船旅を経てモンスターランド……もとい、プライア国との国交のアレコレ、輸入品の選定、またまた長い船旅、そして戻るや否や輸入品の流通のためリカナ商会やら関係各所を駆け回り。


 ……気づけば不休でひたすら働きまくっている俺が居た。


 いくら12歳から一人前の世界だと言っても物事には限度があるし、下手に過労でぶっ倒れようものなら、また女神様に呼び出されてお叱りを受けかねない。


「よくサラリーマンパパが、めしーふろーねるー、とか言って玄関で倒れて奥さんに呆れられるシーンがあるけど、今ならその気持ちがわかるわ~」


「クリスくんが何を言っているか分からないけど、未来の…つ、妻として、す、少し不安だよ…」


 さり気なく正妻アピールをしようとしたものの、ちょっと照れてセリフを噛んでしまったクレアを見て和みつつ、俺は再び平和な日常を堪能しようと、ダイニングチェアに逆向きに座ろうとして……


バンッ!!!


「クリスくん、クリスくんっ!!」


 いきなり開いた玄関ドアの音で、平和な日常はあっさりと崩れ去った。



◇◇



 というわけで、俺たちの前にやってきたのは、美人看護師ことティカートおねえさん。

 この人はほぼ内勤なので、病院以外で出会うのはとても珍しい。


「それにしてもすごく久しぶりだね、おっぱ…おねーさん…」


「クレアちゃん、今なにかヘンなコト言おうとしなかった??? ……それにコレは肩もこるし、おっさん達からジロジロ見られるし、あなたが思ってるほど恩恵は……ヒィッ!? なんでもありませんんんんんっ!!!」


 おねえさんが自分の胸元の問題点を列挙してクレアを諭そうとしたものの、持たざる者から放たれた殺意の波動に圧倒され、ズザザザザ-!!と音を立てながら玄関の外に逃げてしまった。


 「……って、今はそれどころじゃ無くてねっ! 実は最近、君たちと同じくらいの年齢の女の子が急患でやってきたのだけど、どうやら身よりが無いみたいなの」


 おねえさんの言葉に、かつて同じ境遇だったクレアとエマがビクッと震える。


「それに魔王とかモンスターがどうとか不思議なコトも言ってて、もしかすると噂のモンスター島の関係者なんじゃないかなーって……」


「「「「えっ!?」」」」


 俺たち4人の驚きの声が重なった。

 確かにプライア国について「友好的なモンスターの暮らす島」という情報は開示してもらったものの、魔王がどうとかプライア国の成り立ちなどの詳細情報はまだ国民に知らせていないはずだ。


 どうして身よりの無い、行き倒れの女の子が魔王の存在を知っているんだ……?


「魔王がどういう意味なのかは分からないけど、モンスター島に冒険しに行ってた君たちなら分かるかと思って……。クリスくんも長旅でお疲れとは思うけど、ちょっと助けてほしいなー……」


 おねえさんが申し訳なさそうに上目遣いでこちらを見てくる。

 やめてくれ、その角度は目に毒だ……。

 凄まじい引力に引っ張られる俺の目を精神力で上向きに制御し、俺はすぐさま仲間の方へ振り返った。


「ひとまずメディラ病院に行ってみようっ! 実際にその子から話を聞いてみなきゃっ!」


 背中越しにおねえさんの「ありがとう!」という声を聞きながら、ほっと安堵の溜め息を吐いた。

 だが、そんな俺を見たクレアはボソリと……


「あの角度からのおっぱいの誘惑に負けずに、よくぞ耐えきった。私だったら確実にガン見してたよ」


「キミ本当にそういうコトに関してはストレートだよねっ!!?」



<メディラ病院>



 女の子が入院しているのは、懐かしの二階の一番奥の部屋らしい。

 ただ、病院に入ったセフィルとエマが妙にそわそわしている。


「どうしたんだ二人とも?」


 俺が声をかけると、二人は首を傾げながら不思議な顔をしていた。


「いや、何だろうなー。この病院に来たのは初めてだと思うんだけど、何だか初めてな気がしなくてな……」


「あっ、私も同じだよっ。何だかすごーーーく昔に来たことある気がする!」


「デジャヴってヤツかなぁ。二人揃ってというのはなかなか珍しいと思うけど」


 そんなことを言いつつ、おねえさんを先頭に俺たちは病室にやってきた。


「元気になったかな~?」


 おねえさんが声をかけた相手は、大人しそうな黒髪ショートの女の子。


「あっ、お陰様で……。この節は大変ご迷惑をおかけしました……」


「いやいや、子供がそんなに気を遣っちゃ駄目だよ~~」


 手をパタパタするおねえさんに、女の子は申し訳なさそうに会釈した。

 うーん、俺たちと姿は同年代っぽいけど、何だか大人びてるなぁ。

 中身三十代の俺が子供相手に大人びてるとか言うのは変な話ではあるけども。


「ですが、私はどうやって入院費をお支払いすれば良いのでしょうか……?」


「え、えっとね……えーっとっ!」


 女の子が心配そうにおねえさんに訊ねると、当のおねえさんは俺をチラッチラッと見ながら目配せをしてくる。

 ……あーー、やっと状況が分かったっ!!


「なるほどね。入院費の立て替えと仕事の斡旋あっせんか」


 俺の言葉におねえさんは申し訳なさそうにペコペコしている。

 実は以前までメディラ病院は入院費が前金制だったのだけど、俺の出資で「退院後に支払いが見込める場合は手持ちが無くても入院が出来る」ようにシステムを変えてもらったのだ。

 俺の出資したプール金を入院費に割り当てて、退院後に返済された資金を再びプールするのだけど、そのおかげで今まで治療の機会を得られないまま持病を抱えて苦しんでいた子供たちが救われたので、我ながら良くやったと思う(エッヘン!)。


 ただ、この街に暮らす子供ならまだしも、行き倒れで素性の知れない少女が「退院後に支払いが見込めるか?」と言われると微妙だし、いきなりこんな街で仕事を得ようとしても、なかなか難しいだろう。

 ……厳密には仕事は無いこともないが、おねえさんが子供にそんなことを要求出来るはずもあるまい。


 となると、この子は入院する権利が無いに等しいのだけど、やっぱりおねえさんがそんな状況で見捨てることも出来ないわけで。

 俺の作ったシステムが結果的におねえさんの負担を増やしているのはちょっと申し訳ない。


「俺とクレアもおねえさんに助けてもらったのだし、恩返しも兼ねてちょっと頑張ってみるかなっ!!」


 俺の言葉に、おねえさんと少女は嬉しそうに笑った。



◇◇



 少女の入院費を立て替えた俺たちは、リカナ商会を目指して5人で歩いている。

 ……あっ、まだこの子の名前を知らないぞ!


「そういえば挨拶がまだだったな。俺はクリス、こっちが……」


「妻のクレアです」


「ええっ、こんなに若いのにお二人は御結婚をっ!?」


 クレアの謎のアプローチに少女は仰天してしまった。


「……まあ突っ込んでも話がややこしくなりそうだし、スルーで。んで、そこの二人が俺の仲間の……」


「セフィルだ、よろしくな!」


 普通に挨拶を交わすセフィルと……何故かスーハーと深呼吸しているエマ。


「つっ、つっ、つつつつつつ!!! 妻のぉぉっ!!」


『アンタそういうキャラじゃないでしょう』


 ロザリィにジト目で睨まれたエマは『うぐぅ』とどこかで聞いたことある呻き声を出した後、無言で俯きながら「エマです…」と言い、しょぼんとしていた。

 俺たち4人が挨拶を済ませると、今度は少女が苦笑しながら口を開いた。


「えっと、名乗るのが後になってしまい申し訳ありません。私の名前はレンと申します」


「レン……正体が黒猫だったりしない?」


「えっ、えっ???」


 俺の野暮な言葉にレンは目を白黒させてしまった。


『アンタたちの基準で変なボケかましたら、普通そうなるわよ。もっと良識を持ちなさい』


「お前に良識とか言われてもなぁ。お前パワーキャラだっただろ」


『誰がパワーキャラですってっ!!?』


 俺とロザリィのやり取りに、さらにレンは困惑している。


「さっきまでのお二人はまるで長年連れ添った老夫婦みたいな雰囲気だったのに、何だか今はまるで犬猿みたいで……」


 俺が犬でこの馬鹿ロザリィが猿だな。

 だが、初対面の人に対して「実はクレアの中に妖精の魂も入ってるんですー」なんて言おうものなら、さらに話がややこしくなることは間違いない。


「まあ夫婦というのは色々あるのさ……」


 俺の言葉に「なるほど……」と、何がなるほどなのか分からないがレンは納得した様子。

 そんなやり取りをしていた俺たちを見て、セフィルが少し真面目な顔でレンの目の前で振り返った。


「んで、だ。お前がこの街にやってきた経緯いきさつを教えてくれるか? 仕事を斡旋するとしても、さすがに素性の知れないヤツを紹介は出来ないし、何かが起きた時に俺たちの責任になるからな」


 今まで多くの悪を裁いてきた正義の王子様だけあって、その辺はしっかりしている。

 少し言い方がぶっきらぼうではあるが、要するに「お世話になっている街の皆に迷惑をかけたくない」だけなのである。

 全く、素直じゃないなぁ。


「……お医者様にはお伝えしたのですが、やはり通じていなかったのですね」


 レンは残念そうに溜め息を吐いた。

 しばらく無言で立ち止まってから再び溜め息を吐き、そして覚悟を決めたような顔で宣言した。


「私はレン……拳王レン。かつて魔王の四天王として世界の破滅に荷担し人類に敵対する、悪の手先でした」

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