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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
はじまりのお話。
9/35

#9

 一瞬の眩しさのあと、まだ見慣れてはいないけど見知った風景に深く息を吐きだす。

「お、お帰り!例の『兄ちゃん』とやらには会えた? 」

 思った通り千草はカップラーメンを啜って携帯をいじっている。

「会えなかった。会えなかったけど、仲の良かった子とは会えたよ」

 頭の中ではいろんな出来事が浮かんでは消えていった。

 以前は賑やかだったはずの静まり返った世界。

 以前と何かが違う友人。

 話してしまえば楽になるのかもしれない。

 けど、心配はあまりかけたくはなかった。

 だから私はなるべく笑顔で言ったつもりだった。

 しかし、それまで携帯の液晶画面から目を離さなかった彼がこちらをじっと見つめてきてとても不思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」

「信子、大丈夫?なんかすごく疲れた顔してるけど……。なんかあった? 」

 心配かけたくない、と思う反面、その言葉に内心ホッと胸をなでおろす自分もいたのは確かだ。

 言葉にしなくても気付いてくれる人がいる。

 それだけで心強い。

 しかし、そんな思いとは裏腹に私は「そんなことないよ」と笑って誤魔化した。

 はっきりとは言えないが、なにかある気がしたから。

 不気味、としかいいようのないあの世界と、何かが変わった気のする友人。

 危ないからあまり関わらない方がいい、ともう一人の私が警告する一方で、好奇心に揺れ動く自分もいた。

 ただ寝て起きて少し家事をやるだけの退屈な日々に与えられた刺激にワクワクしている自分が確かにいたんだ。

「そっか。また、なにかあったらちゃんと俺に言いなよ?」

 優しい言葉の中にそれでもすこしだけ納得のいっていない様子。

 数年一緒にいればいろんなことがわかってくるものだ。

 すれ違ったり喧嘩したりする度に彼の本心を、きっと全部ではないがほんの少しくらいは見てきた。それを数年のうちに何度も繰り返せば声のトーンや間、表情などいたるところからなんとなく察することはできる。

 だから私は彼の髪を少し乱暴にポンポンと叩きながら「拗ねるな、拗ねるな」と笑った。

 すると、ほら。

「拗ねてねーしなぁ」

 強気な言葉には似合わないくらいふにゃりとした笑顔につられて笑い、話題は夕飯をどうするかに切り替わるのだ。

 結局カップラーメンだけでは物足りない、ということで夕飯はコンビニの弁当になった。

 引っ越し作業に追われて野菜はもちろんのこと、お米すらもない状態。

 明日は大荷物になるだろうな、と思いながら今日飲むジュースと明日の朝のコーヒー(インスタント)とトーストにバターを買ってコンビニを後にする。

 「明日からはちゃんと手料理作って待ってるから。あとお弁当も!明日は無理だけど明後日からはちゃんと手作り弁当作るからね」

「無理はするなよ?っていうかあんまり重いもの持ったらダメなんじゃない? お米とか大丈夫? 」

 これでも一応は車の免許を持っている。 最近ようやく一人で少し遠い場所へ行けるようにはなった。

 まだ高速道路は無理にしても近所のスーパーへ行く程度はなんら問題はない。

 そう説明しても彼は「まぁ、無理だけはするなよ」というばかりだ。

 分かっている。

 もう、一人の体ではないことも、前に比べたら一目瞭然に体力が衰えていることも。

 それでも、決して多くはない給料のなかで三人の生活を支えていかなくてはならない千草のことを思うとじゃぁお言葉に甘えて、とごろごろなんてできるわけがないのだ。

「無理しない程度にいろいろやらせてよね。……だって、奥さんよ?」

 そう、もう私たちは夫婦なのだ。

 どっちかががんばるのではなく、二人で支えあっていけばいい。

 私の言葉に千草は柔らかく微笑んで「そうだったね」と呟いた。

  

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