#6
「じゃぁ、ちょっと付き合って」
そう言われて手を引かれながら向かった先は喫茶店だった。
路地裏にひっそりと建つその店からは香ばしいコーヒーの香りやバターの匂いが漂い、店先には色とりどりの花が風に揺れている。
まるでどこかのお話に出てきそうな温かい雰囲気の喫茶店だった。
やっほー、とふぅちゃんが明るい声でドアを開けるとカランカランと店内にベルの音が鳴り響いた。
騒がしくなく落ち着いた雰囲気の店内にはクラシックが流れていて時折カウンターの向こうにいるこの店の主であろう少女が口ずさんでいた。
「あたしウインナーコーヒー。生クリーム多めで、あんまり熱くない程度に熱いやつね」
常連なのだろうか、メニューを開くこともなくカウンターの席に腰を下ろしながらさらりと注文する彼女をチラリと見てから慌ててメニューを開いた。
種類も豊富でどれも美味しそうに見えるが優柔不断な私は見れば見るほどに迷ってしまうのは目に見えている。
「じゃぁ、私はホットミルクで」
はいっ!と元気に返事をする彼女は小さな体でカウンターの向こうをパタパタと走っていて、その姿は可愛らしく微笑ましくてくすりと笑った。
「ここ、私のお気に入りの場所なの。落ち着いた雰囲気だし、マスターは可愛くて見てて飽きないしね。ランチとかも美味しいんだよ」
楽しそうに話すふぅちゃんの表情を見て、私は「へぇ、私も今度食べてみたいな」と背を向けながら一生懸命コーヒーを淹れる少女を見る。
逃げ出した空白の日々の中にどれだけの出会いがあったのだろう。
そんなことを考えた。
お待たせしました、と出されたカップの隣にはカップケーキが小皿に乗っていた。
「手作りなんでお口に合うかわかりませんが、よかったらどうぞ」
きっと不思議な顔をしていたのであろう私にマスターが可愛らしい笑顔で言う。
そして視線をふぅちゃんの方にやり、美味しそうにカップケーキを頬張る彼女を心配そうに見つめていた。
「うんっ!すっごい美味しい! 」
ふぅちゃんの言葉にマスターはホッとした表情を浮かべている。
「風歌さんよく来てくれるから何か風歌さんにあうものをと思って考えたんです。ウインナーコーヒーをいつも飲まれるから、カップケーキは少し甘さ控えめにしてキャラメルソースを練りこんだほんのり苦みのあるものにしたんです」
マスターは今にも飛び跳ねそうなほど嬉しそうにしていて、興奮しているのか少し早口になりながらカップケーキについて説明しているその姿が本当に可愛らしくてふぅちゃんと顔を見合わせてくすりと笑った。
そして私もそのカップケーキを口にして、あ、と言葉を漏らした。
そのカップケーキはお世辞とかではなく美味しかった。
ただそれだけではない、私はこの味を知っているような……。少しだけ懐かしいような味だったんだ。
ほんのり苦くて、でもやさしい味。
「うん。すごくおいしいです」
私もまたマスターに笑顔で言う。
それは嘘でも何でもない素直な気持ちだった。
マスターはにっこりと微笑みながら「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、棚いっぱいにあるグラスを磨き始めた。




