#9
「タカラバコ?」
「そう、タカラバコ。お母さんからもらった手紙とか、友達との手紙とか。それからね、千草とのプリクラがいっぱい出てきたの」
そう話すと千草は「よく撮ってたもんなー、プリクラ」と懐かしそうに目を細めた。
そして続けて「俺もクッキーの缶に入れてあるけど、実家に置いてあるんだよなー」と苦笑いしていた。
「それでね、あぁ、千草といろんなところに行ったなー、って。いっぱいわがままを言って、そのわがままのほとんどを千草は叶えてくれてたよなぁ、って今日改めて思ったの。ありがとう」
急にどうしたの、気持ち悪いなぁ。
冷たく聞こえるその言葉。しかし、そんな言葉とは不釣り合いに千草は照れたようにはにかんでいた。
「それから、冷たい態度をとってごめんなさい。これも私のわがままだった。千草が私に何か隠し事してるような、私の知らない千草を見てるような気がして、悲しくなったの」
うん、と微笑む千草。
そして「俺もそのことでちゃんと話さなきゃって思ってた」と申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「隠し事はなしって言ったのは俺なのに、信子に隠し事をしてた。怒って当然だと思うんだ」
そしてしばらくの沈黙のあと、床を見つめていた彼は小さく息を吐いて私の目をしっかりと見ながら言った。
「俺は信子と生まれてくる俺たちの子供を守らないといけない。だから、弱音を吐いていられない、って思った。どんなにめんどくさい会議があっても、よく分からないリーダープロジェクトだかなんだかがあっても『めんどくさい』って逃げて歩いていられないって思った。 …… でも、誤解しないで。確かにめんどくさいことだけど、俺は自分がそうしたいからしてるんだ。指輪を渡すときに約束をしたから。信子も俺たちの子供も俺が守ってみせるって。でも、やっぱりミスをすればへこむし、残業が続けば疲れる。でもそれを言葉にしたらダメなような気がしたんだ。男としても、夫としても、父親としても。それにさ、今までみたいに信子のそばになかなかいてあげられなくなった。泣きたいときに抱きしめてあげること、嬉しいときや怒ってるときにすぐ話を聞くこともできなくなった。信子のことだからきっと我慢してるんだろうな、とか思っても、そう思えば思うほど、結婚してからよりも結婚する前の方がよっぽど信子のそばにいて、信子を守れていた気がするんだ。 …… そしたらなんか、俺の存在って、とか、こんなんでいいのかな、とか思った」
ちゃんと側で見れなくなってしまったのはお互いさまだな、と思った。
時折見せる寂しそうな表情の裏にはこんな想いがあったのか。
ちくり、と胸が痛み、同時にすっきりした。
まるで台風が通り過ぎた後のようにすっきりと、気持ちのいい風が私の心を駆け抜けていった気がした。
「千草は千草だよ。男だけど、私の旦那さんだけど、これからお父さんになるけど、その前に千草は千草だよ。だから、今までみたいにめんどくさいことはめんどくさいのになー、って、疲れたときは、疲れたなー、って言葉にすればいいんだよ」
そうだね、と呟いた彼は穏やかな表情を浮かべていたように感じる。
「私もちゃんと言葉にするから」
約束、だね。
きっと私たちはお互いに今にも泣きだしてしまいそうな表情をしているだろう。
それでもお互い胸の中に渦巻いていたモヤモヤは消え去ったと思う。
少なくとも私の中にはもうなかった。




