#7
少しだけのつもりがだいぶ時間が経っていて、いつの間にか外は薄暗くなり始めていた。
別に喧嘩をしたわけではないけど、ちゃんと昨日の自分の態度を彼に謝ってちゃんと彼に対する想いをぶつけてみよう。そう思った。
しかしそんな私の気持ちとは裏腹に「今日遅くなる」という一本のメールが送られてきたのはちょうど彼の大好物のカレーが出来上がった頃だった。
昨日の今日のことだから、顔を合わせたくないのかな、とか、帰りたくないのかな、とかいろんなことを考えた。
こうして彼は私ではないほかの女性の元へと行ってしまうのではないか、なんて考えれば考えるほど悪い方向へと想像してしまう。
今日は千草の好きなカレーなんだけどな。
話したいことが山ほどあるのにな。
顔を見て、ちゃんと謝りたかったのにな。
そんな思いがこみ上げてくる。
薄暗い部屋の中でひとりぼっち。
やっぱり一人というのは、気持ちをも暗くする。今にも泣いてしまいそうだった。
しかし、そんな感情も茜ちゃんの言葉を思い出せばすっと解けて消えた。ここでまた泣いてゲームの世界に逃げ込んだらどうだろうか。考えなくとも茜ちゃんは私に冷たい視線を投げかけ、口をきいてくれなくなることが目に見えていた。
そんな茜ちゃんを想像するとなぜかおかしくなってくすりと笑う。
これ以上茜ちゃんにかっこ悪い姿を見せたくはない、という弱虫なりの小さなプライドが火をつけた。
帰りが遅いのなら待てばいいだけのことだ。
私はまた今度時間かけてやる、と言って押し入れにしまい込んだままの段ボールを取り出した。細々としたものがぎゅっと詰まったその中に可愛らしいキャラクターの絵がプリントされた大きめのクッキー缶があり、私はその缶の蓋を恐る恐るに開けた。何が入っていたのか、全然記憶になかったのだ。
「うわ、なつかし …… 」
蓋を開けてすぐにそんな言葉が零れ落ちたのは、都合がなかなか会わずに最近はメールだけのやり取りの数少ない親友と呼べる子からの手紙やクリスマスプレゼント。高校を卒業した時、成人式を迎えたとき、誕生日にクリスマスと行事があるたびにくれた母からの手紙。そして記念日になると必ず撮っていた千草とのプリクラがたくさん重なっていた。
付き合っていた頃はいろんなところへ出かけた。日帰りで、泊りで、ジェットコースターに乗りたい、夜景を見に行きたい、いちご狩りに行きたい、動物園に行きたい。どれほどのわがままを言ってきただろうか。それでも彼は嫌な顔を一つもしないでどこへでも連れて行ってくれた。
不思議とそんな日々を懐かしく感じていた。
そして、これからこの先しばらくは二人でデートをすることなんてもうないのだ、と思うと少しだけ寂しくも思った。
そこまで考えて私は思わず笑ってしまう。
あれ、私ってこんなにも千草のことが好きだったんだなっていまさらに思う。
もちろん付き合っていた頃、気持ちがなかったわけではないけど、こんなにも彼のことばかり考えてしまう、そんな自分は想像もしていなくてなんだか可笑しかった。
そして私はどうして千草に対してあんなにも冷たい態度を取ったのか、なんとなくわかった気がした。
それは約束を破ったから、というのもあるのかもしれないけど、自分の知らない千草を見るのが嫌で、拗ねていただけなのだ。どこまでも幼稚でわがままだ、と苦笑いするしかなかった。
他に絵を描くことが好きだった友達の手作りのラミネートカードや修学旅行のしおりなんかも出てきた。
どれもこれも懐かしくて、すべてのものに思い出が詰まっていて私はそっと缶に蓋をすると楽しそうににっこりと笑うキャラクターをそっと撫でた。
宝物箱、と呼んでいたそのクッキー缶のほかには料理本や編み物の本が数冊と写真立てがごちゃっと押し込められていた。
どれも旅行に行った際に千草と撮った写真ばかり。
少し積もってしまったほこりをふき取ると私はそれらを棚の上に並べた。
そして再びその段ボールを押し入れに戻した。
することのなくなった私は絨毯の上に大の字になって寝転がる。
そして見慣れてきた天井を眺めながら、私は目を閉じて深呼吸をした。
少し前まで胸に渦巻いていた不安はどこへ行ったのか、今はとても穏やかな気持ちだった。
千草が帰ってきたらまずは何から話そうか、とワクワクしてすらいた。




