#6
「ありがと、茜ちゃん」
一通り泣いて落ち着きを取り戻した私は茜ちゃんに礼を言う。
「別にたまたま見回りで来ただけだし」
それでもありがとう、そう伝えて私たちはしばらく黙り込んだ。
必死に探したところでほかに話題なんて出てこなかった。
それにいま私自身が談笑している余裕なんてない。
余裕なんてないはずなのに、気付くと私は茜ちゃんに「ごめんね」と声をかけていた。
茜ちゃんは何も言わない。
「自分の言動が茜ちゃんを苛立たせている自覚はあるの。すべてにおいて中途半端なのも自分でも分かってる。でも …… わからないの。言葉が見つからないの。なんて言えばいいのか、どうしたら伝わるのか、分からない。それに、伝えても受け取ってもらえなかったらって思うと怖い」
それはずっと誰にも言えなかった私の本心だった。
茜ちゃんはというと表情一つ変えずに私の話をずっと聞いていてくれた。
そして話し終えると彼女は深いため息をついた。
「それがあんたの本心なら、難しく考えないでそのままの思いを口にすればよかったんじゃない?逆に選んだ言葉を並べただけの気持ちなんて所詮は偽物でしょう」
相変わらずの冷たい口調。しかし節々からは彼女の優しさを感じる。
「少なくとも、あたしは今のあんたの気持ちをなんとなくは分かってあげられる」
浮かべられた表情は優しく、私は再び涙を流した。
「今日、あたしに反論したあの時からなんとなく似てるって思ったの。あんたとあたし。弱い自分を認めてはいるけど、でも弱い自分から目を反らそうとしてる。でもそれすらも逃げだって分かってるから立ち止まることしか出来ない。 …… あまりにも似た者同士すぎてあんたに当たってばかりだったことは本当に悪いと思ってた。さっきも、急に冷たい態度とって逃げたこと、本当は謝りたくて見回りどころじゃなかった。 …… だから、あんたが自分の本心をあたしに打ち明けてくれたことは素直に嬉しいと思ってる。打ち明けてくれてありがとう」
そう言う茜ちゃんの表情は柔らかく優しかった。
「言ったでしょ?悲劇のヒロインぶってるような奴らとあんたは違うって。…… 自分が弱いことを理解して、不器用なりにどうにかしたいって思ってる。 …… 結果的にいまは立ち止まってるけど、自分で何の努力もしないで「辛い、悲しい」って嘆いてるだけのやつらよりは強いんだよ、あんたは」
過去の自分じゃない、今の自分を見ないと。
茜ちゃんはそう言ってくれた。
きっと私と同じように、何度も自分に嫌悪し、でも助けを求められなくて陰で泣いて、前に進むことも後に戻ることも、誰かに協力を求めることもできなくて、それでもゆっくりと手探りに前に進みながら見つけた彼女の答えなんだろう。
「過去の私じゃなくて、今の私 …… 」
「そう。過去を嘆いていても仕方ない。それじゃぁ過去にできなかったことを今のあんたがやればいい」
言葉にしてしまえば簡単に聞こえる。
しかし、そんなに簡単なことではないことは、きっと茜ちゃんも身をもって知ったんだと思う。
その証拠に彼女は「急がずにゆっくり変わればいいんだよ」と少し困ったように笑っていた。
そうして少しずつ自分の中にあった何とも言えない感情は氷のようにすっと解けていった。
「ありがとうね、茜ちゃん。 …… 似た者同士、一緒に頑張ろうね」
そう言って手を差し伸べれば彼女は「こんななよなよしたやつと一緒にされたくないけど …… 」と顔をしかめながらもその手を握り返してくれた。
「今日、あんたがここで泣いていたことはほかのみんなには内緒にしておいてあげる」
「その代わり、今日ここで茜ちゃんが話したこともほかの人には話すな、ってことでしょ?」<
彼女が言う前に言えば、彼女は少し照れたようにはにかんで「特に碧とモモな」とうんざりしたような表情を浮かべて首を横に振りながら先を歩いていく。
「もう帰るの?」
「まぁね、そろそろ碧に怒られるから。あんたは?」
「そろそろ家のことをやっておかないと旦那に怒られるから」
そっか、と少しだけ嬉しそうに笑った茜ちゃんに手を振りゲートへと向かった。




