#5
そんなことを考えれば、立ち止まるか進むしかないんだな、と前向き、というよりは諦めに似た感情を抱いた。
そんなことを考えながら歩いていると、目の前にはステージが静かに立っていた。
あんなにも熱気のこもった声援も歌声も聞こえない。それどころか人すらいないこのステージは、取り残されてしまったようで寂し気に見える。
かつては憧れていた場所。
そして、始まりの場所でもあった。
ステージの上に上がってみれば、先日とはまた違った景色がそこにあった。
簡単には上がれなかったステージはいま、こんなにも簡単に上がれてしまう。
それがなんだか寂しく思った。
無理だと分かっていても、自分の力でステージへの道を歩いていくことを楽しく思っていた日々がとても懐かしい。
いつから自分の考えは変わってしまったのだろう。
深いため息をついて腰をおろせば、風が優しく頬を撫でた。
この世界はいい思い出もたくさんあるはずだった。
なにもかもがキラキラと輝いて見えたし、日に日に増える共通の仲間たちとの交流はとても楽しかった。大好きだ、と思える友人もたくさんいたし、毎日笑って過ごしていたはずだった。
それなのにいつからだろう …… 。
いや、きっと逃げ出したあの日から、この世界で生きた日々は辛いものだったと記憶をすり替えていた。
理由なんて簡単だ。
逃げ出した理由を正当化するため。
辛い日々だった、と思い出までも塗り替えた時点で、私はそれまで仲良くしてくれていた友人や応援してくれていたファンをも切り捨てたことになる。
なんて非情なんだろう、と自分のことが嫌になってくる。
それだというのに、いまさら戻ってきてなにがしたいのか …… 。
だんだんと自分が分からなくなってきた。
一番の理由は「兄ちゃん」に直接会いたかったから。
伝えたいことがたくさんあるから。
その次の理由として、投げ出した思い出を思い出として胸に刻みたかったから。
これは結局のところ、逃げ出したままのあの頃の自分と決別したかった、という保身だ。
大きな目的はこの二つだった。
しかしそこに、ルコやふぅちゃんとの再会やプラネットやしゅぅちゃんたちとの新たな出会い、そして私がいなくなってから起き続けている謎の殺人事件、といろんなことが重なって私はここに通うようになった。
「兄ちゃん」を探すためだと言いながらも、新たな繋がりを壊す事が嫌だったんだと思う。
どこまでも自分勝手だと、そんなことは自分自身が一番よく分かっていた。
しかし、ここでいまこの関係を断ち切り一人になったとき、私は旦那の帰りをただボーっと待ち続けることになるのだ。
もちろん現実で友人がいないわけではないが、専業主婦の私と違って周りは平日にめいっぱい働いて休日に旅行にデートにライブと大忙しで、なかなか都合が合わない。
ただ純粋に話し相手がほしかった。
そこまで考えて私は苦笑いした。
ほら、まただ。
やりたいこととやっていることがすり替わっている。
とことん私は弱くだめな奴だと思った。
膝を抱えて固く目を閉じる。
助けて、なんて言えっこない。
ましてや、私のことを分かってくれ、なんて口が裂けても言えるはずがない。
それでもただひとつ叫べるのならば ……
「ひとりぼっちは、怖いよ …… 」
自分の意思とは関係なしに零れた言葉。ひどく擦れていたその声は木々のざわめきにかき消されてしまった。
いくら叫んだところで誰にも届くわけがないんだ。
最初から分かり切っていた答えに胸が締め付けられる。
もう幾度と堪えてきた感情は爆発寸前だった。
すると、背後から誰かに抱きしめられるのを感じた。
とても温かい。だから、私はもう我慢をすることができなくなってしまった。
誰かもわからない誰かの胸に顔を埋めて声を殺して泣く。
「泣きたいときは泣けばいいんだよ」
めんどくさい、とでも言いたげなため息交じりのセリフ。それでも私を抱きしめる力はとても優しくて、頭上に振ってきたその声に私は泣きながらもくすりと笑ってしまった。
心の底から助けてほしいと思ったときに手を差し伸べてくれたのが一番分かり合えないと思っていた茜ちゃんだったというのがなんだか不思議だった。




