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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
水曜日~弱さと強さ
26/35

#3


 海の中のお風呂、というのはなかなか落ち着かないものだ。

 しかし開放的になれる。

「こんな場所があるんだ」

「まぁ、好きな時に使いなよ。番号あとで教えるし、来るって言ってもあのカフェのメンバーだけだから」

 うーん、と大きく伸びをしながら茜ちゃんが言う。

 ちょうどいいお湯加減に私も大きく伸びをしてついでに欠伸もする。

「あんたはさ、この世界に何を望んでるの?」

 突然の質問にすぐには頭が追いつかずに少しの間沈黙が流れた。

 何を望んでいるのか、と聞かれると私はこの世界に何かを望んではいない。

 それではなぜこの世界に来るのか、それは過去の自分と決別するためだ。

 何かを望んでここへきているわけではない、はずだった。

「どうだろう。わからないや」

 考えに考えた結果出した答えはそんなものだった。

 私の答えに茜ちゃんもあまり納得していない様子だ。

 あんなに偉そうに問いかけておいて自分はわかりません、なんて言われれば納得できないというのも当然といえば当然のこと。

「じゃぁ、なんでこの世界に来てるの?」

 ゲームに何も望んでいないのに、じゃぁなぜ毎日のようにこの世界へやってくるのか。

 これもまた気になるのは当然といえば当然のことだった。

「私は全部を放り出してこの世界から逃げ出した過去があるの。いい思い出もあれば辛い思い出もある。その思い出もちゃんと胸に抱えて新しい生活を始めるためにも、過去と向き合わないといけないかなって」 

 ちゃぷん、という水音だけが室内に響き渡るが、なぜかいまはそんな静けさも心地よく感じた。

「前向きな発言の割に、なんか浮かない顔をしてる理由は?」

 人に興味がない、という雰囲気を漂わせているのに意外と人のことをよく見ていたり、なんだか茜ちゃんは不思議な子だ。

 そしてそんな茜ちゃんに私は今までのことをすべて話していた。

 この世界を心から楽しんでいたあの頃の思い出から始まり、心ない言葉に傷ついてきたことや夢を諦めて逃げ出したこと。いつまでたっても変わらない弱い自分に嫌気がさしていることも、数年ぶりのこの街に何が起きたのか純粋に知りたいと思う反面で非日常的な出来事に胸が躍っている自分がすごく嫌だということ …… 。

 どうして話そうと思ったのか自分でもわからなかった。

 正義感溢れる彼女にこんな話をしたところで軽蔑されることが目に見えているはずなのにそれでも話そうと思ってしまったのは、お互いに何も身にまとっていなかったからなのかもしれない、なんて無理やりな言い訳を心の中で勝手に作る。

「なんか、あんたって不思議な人だよね」

 最低だとか、偽善者だとか、今までみたいに敵意むき出しの視線を向けられるものだと覚悟していたから、予想外の言葉と彼女の柔らかい微笑みに思考が停止した。

「なんていうかさ、ほらよくいるじゃん?そんな過去を背負いながら私は私で苦しんできたのよーとか言ってさ、そんな自分に酔ってるやつ」

 そう言う奴は誰も私の気持ちなんて理解できるわけないのよ、なんて逆ギレしだすんだよねー、なんて苦笑いを浮かべる彼女を見ながらチクリと胸が痛んだ。

 あぁ、まさに私のことだ。

 少し前までは確かに思っていたのだ。

 全部を放り投げて逃げ出した自分が悪かった。でも、そこまで私を追い込んだのは無責任に暴言を吐く連中で、夢を諦めてしまったのは、誰も私を認めてくれなかったから。

 心のどこかでは思っていたんだ。

 私は私の全力をいつもぶつけてきたのにそれを受け取ってくれなかったみんなが私を追い込んだんだ、と。

「でも、あんたはそいつらと何かが違う」

 じっと私を見つめるまっすぐな視線は私のすべてを見抜いてしまいそうで私は慌てて目を反らす。

「違わないよ」

 するりと出てきた言葉に茜ちゃんは拗ねたような呆れたような何とも言えない表情を浮かべて大きくため息をついていた。

「ま、あんたに興味はないしどうでもいいけど」

 そう言って勢いよく立ち上がった彼女はさっさと浴室を出ていき、私も慌てて彼女の後を追いかける。


 茜ちゃんは一言も話すことなく、それどころか目も合わせてくれない。

 話しかけるなオーラ全開の彼女を横目に見て、感情のままに動く茜ちゃんを心の底から羨ましいな、と思った。

 自分も茜ちゃんのように思ったことを思ったままに言葉に出来たら、感情のままに態度に出せたなら、と自分の不器用さが心底嫌になる。

「あたしこのまま見回りだから、じゃぁ」

 こちらを見ることもせず逃げるようにその場を去ろうとする彼女に何か声をかけなきゃと思ったが、彼女への言葉はいくら考えても思い浮かばずにその背中を黙って見送ることしかできなかった。

「せっかく話聞いてくれたのに。ごめんね、茜ちゃん」

 いなくなって初めて出てきた言葉は部屋に虚しく響く。

 この言葉を彼女に伝えられていたら何か変わったのだろうか。

 そんなことを考えながら私は深いため息をついた。

 もっと早く伝えれば、もっと早く言葉にすれば、もっと素直になっていれば ……

 これまで自分が生きてきた中でいったいどれだけそんな後悔をしてきただろう。

 誤解が生まれたりすれ違ったり、そうして友人が私の元から離れていったりもした。

 その度に私は涙を流して、言葉にしないと何も伝わるわけがなかったのに、と反省していたはずだ。

 分かっていてなんでこんなにも同じことを繰り返しているのだろう。

 あと何度繰り返せば私は過去の自分より成長することができるのだろうか。

 不安、戸惑い、苛立ち、焦り ……

 いろんな気持ちがぐちゃぐちゃになる。

 胸が痛い。苦しいよ。

 誰か助けてよ。

 叫びたい気持ちがあって、伝えたい言葉がここにあるのに、伝え方がわからなくて、伝える勇気もなくて、私はあふれ出してきそうな涙と一緒にこみあげてくるその感情を飲み込んだ。


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