#2
「で、何しに来たの」
息をすることすら忘れてしまいそうな沈黙を破ったのは茜ちゃんの方だった。
「別に用ってほどの用ではないよ。暇だったから寄ってみただけ」
「現実の世界でやることはないわけ?恋人とか友達とかいないの? ゲームの世界に逃げ込んで楽しい? 」
次々の投げかけられる言葉にいちいち傷つきながら私はだんだんと苛立ちが隠せなくなり始めていた。
「友達もいるし旦那もいるけど、日中の空いた時間にゲームすることはいけないこと?ちゃんと現実世界でやるべきことをやってからこっちに来てるから逃げてるとは言わないでしょ。茜ちゃん、なに? 私になんか恨みでもあるの? 」
私が反論することに驚いた様子の茜ちゃんは目を丸くしながらしばらく固まってから、彼女はかすかに微笑んだ。
「反論できるんだ」
見下したような言い方に腹を立てながら「まあ」と頷けば彼女は楽しそうに声を上げて笑いだした。
今までの冷たい印象はどこかへ消えて目の前の彼女は笑顔を浮かべている。
しかめっ面よりも笑顔の方が全然似合うのにもったいない。
「いやー、ごめんごめん」
まるで人が変わったように表情を明るくした彼女からの謝罪に私はなんて返していいのか分からずに、はぁ、と曖昧な返し方をしてしまった。
いや、これほどにまで急に人が変われば誰だって言葉をなくすだろう。
「いろいろ聞きたいことが山積みなんだけど …… 」
やっとの思いで出てきた言葉にちょっと冷たい言い方になっちゃったかな、と気にしながらも私は彼女の返答を待った。
そんな彼女の返答は「嫌いだったんだよね」と一言。
そしてそのあとに「あんたのこと」と付け加えて彼女は自分でいれたらしいジュースをぐびぐびと飲んでいた。
そう話したこともない人に、初めて会ったときから嫌いでした、なんて告白されたらなんて反応すればいいのか。
必死に次に繋げる言葉を探したが見つからずにやはり、はぁ、と曖昧に返すしかなかった。
「別にあんたに恨みがあるわけじゃないの。 …… そもそもこの世界にいる人間みんな嫌いなんだよね」
あ、ここの人たちは嫌いじゃないけどね。と付け加えると「なんかさ …… 」とそのまま続けた。
「ここの人間って中身がないんだよねー。なんていうの?その場の空気を読んで感情をコロコロ変える感じが気持ち悪い」
誰かのことを思い出したのか再び不機嫌そうな表情を浮かべた茜ちゃんは、あー、やだやだ。と激しく首を横に振る。
冷たくて上から目線の生意気な出来たら絡みたくない子、という彼女の印象は、学生時代クラスに必ず一人はいた曲がったことが嫌いな熱血タイプの子、という印象に変わった。
まぁ、正直なところその熱血タイプも私にとっては苦手なタイプなのだが。
しかし、彼女の言いたいことはなんとなくだがわかる気はしていた。
同じようなことを先日私も考えていたから。
言動に無責任でいられて自分の欲望だけを満たすことができる自分にとって都合のいい世界。
この世界がそんな世界だと知ったとき、私は怒りの感情を抱くようなことはなかったし、茜ちゃんのように正義感に燃えたりもしなかった。
「茜ちゃんはさ、ゲームに何を望んでるの? 」
私の問いかけに茜ちゃんは黙り込んでしまった。
私を睨み付けるような視線を受けて、ちょっと意地悪な質問をしたかもしれないな、と思ったが純粋に気になったのだから仕方がない。
「別に。何も望んでなんかないよ」
短く返されてそこで会話は途切れた。
茜ちゃんは分かりやすく機嫌を悪くしている。
なにか彼女の触れてはいけない何かに触れてしまったような気がして申し訳なく思う。
人との距離感というのはなかなかむずかしいな、なんて思いながらミルクを飲み、ここから逃げ出したい衝動に駆られる。
しかしこのまま逃げてはいけないような気がして、必死に話題を探すがそもそも茜ちゃんという人物を何も知らなくて探しようもない。
変に話題を振ってまた彼女の触れてはいけないところに触れてしまうのは嫌で途方に暮れていると、カランカランと鈴の音が店内に響き渡った。
「おかえりなさ …… ってなんだ碧か」
相変わらず気だるげな声はそれでもどこか少しだけ嬉しそうにも聞こえた。
私に気付いた碧さんが「あ、おかえりなさい。リーネさん」といつもと変わらない笑顔を浮かべながらカウンターへと回り「今日はモモちゃんがいないんで、二人で交代しながら店番をやってるんです」と説明してくれた。
「んじゃ、ちょっと休憩してくる」
ちょっとあんたも付き合って、と半ば強引に腕を引かれて連れて行かれた場所は、どうやら銭湯のようだ。
しかしここもまた暗証番号制。
茜ちゃん曰くここを使用できるのはプラネットのメンバーとメンバーが心から信頼する人だけらしい。
そんな場所に自分を誘ってくれたというのは少しは認めてもらえたということなのだろうか、なんて考えるとやはりうれしくて頬が緩んでしまう。
そしてそれはきっと言葉にせずとも茜ちゃんに伝わってしまって「勘違いするな、ばか」と約束のセリフを吐き捨てて逃げるように先に中へ入っていった。
彼女の後についていくと、目の前に広がる光景に言葉をなくした。
浴槽は泳げるほどの広さだが、少し大きめの銭湯にいけばあるくらいの大きさで特別ものすごく驚くほどでもない。
では何に驚いたのか。
確かに室内に入ったはずなのに目の前は自然に囲まれていたのだ。
「あー、設定はここで変えれるから」
見せてもらったノートパソコンのような端末にはいろんな風景があって、私は試しに画面をクリックしてみた。
一瞬にして景色は海の中に変わって「うわー、すっごい」とつい興奮してしまう。
子供みたいなやつ、とでも言いたそうにくすっと笑う茜ちゃんは、それでも先ほどよりも全然優しい表情をしている。
「裸の付き合いって大事だと思うんだよねー」
茜ちゃんはそういうと豪快に服と下着を脱ぎ捨てて浴室へ向かっていき、私もあわてて服と下着を脱いで彼女を追いかけた。




