#1
翌日、アラームの音に目を覚ますが隣に千草の姿はなかった。
キッチンへ向かっても姿はなく、玄関へ行ってみれば靴はすでにない。
そして、気付かなかったがテーブルの上にはアルミホイルに包まれたおにぎりとその下には『今日は早出なので先に行きます』と書かれたメモ用紙。
そういえば昨日は私が一方的に怒って彼の話を聞こうともしなかったんだ。
朝食はもちろんお弁当も作ってあげられなくて申し訳なくなった。
《おはよう。早出だって知らなくてごめんね。無理をしないように今日も一日頑張って》
メールを送ると返事はすぐに帰ってきた。
《ありがとう。がんばるよ》
文章の最後には最近千草が気に入っているにっこりと笑う顔文字があって、私は少しホッとする。
どこかで千草なら言葉にしなくても何でも分かってくれる、と勝手に思い込んでいた。
三年の月日で私たちはしっかりと固い絆で結ばれたと思っていたが、物心がつく前から二十数年も一番近くで過ごしてきた家族でさえ言葉にしないと伝わらないことばかりだ。
歩み寄ろうとしなければ肩を並べることもできない。
それは学生の時にも千草と付き合い始めた当初にも身を持って経験したことだったはずだ。
「ちゃんと言葉にしないと伝わるわけないよね」
誰もいない部屋でひとり呟きながら、私は洗濯を回しながら部屋の掃除を始めた。
実家にいる頃はやりなさい、と言われてもやる気になれなかった家事も今では起きたら歯を磨くように当たり前に体が動いているからなんだか不思議だ。
元々散らかすほどのものもないし、そもそも生活しているのは子供ではなく大人だ。一日にして部屋が散らかることなんてまずない。
だから部屋の掃除と言っても脱ぎ捨てられた千草のパジャマをたたんだり、脱ぎ散らかされた靴下や風呂から出てそのままのタオルを拾い集めて掃除機をかけるくらい。
洗濯が終わる頃には部屋の掃除も終わっていて、あとは洗濯を干してしまえば午前中の私の仕事はほぼ終わりだった。
夕飯の準備は夕方に始めるとして、空いた時間をどうしようか悩んだ。
いや、悩んだのはほんの一瞬で、結局私はまたあの街へと出かける準備を始めた。
その前にルコやふぅちゃんから連絡が来ていないかを確認して、来てないのを確認してから私はあの街へと向かった。
ゲートから一番近いしゅぅちゃんの店は準備中の文字が浮かんだまま。
学生さんだと言っていたから今頃授業を受けている時間に違いない。
そしてその数分歩いた先にあるプラネットはどうやら営業しているらしく私はドアを開けた。
「おかえりなさーい」
いつもの明るく元気な声とは違って力のないめんどくさいと言わんばかりの声。
嫌な時間帯に来てしまった、というのが正直な感想だった。
それはおそらくその声の主・茜ちゃんも同じようでわかりやすく、げっと呟きながら顔をしかめている。
店内を見回すも残念ながら今日も客は私一人だけのようだ。
「モモも碧もルコもいまはいないけど、何か用?昨日の話ならあたしに聞かれても困るんだけど」
「桃華さんがいないって珍しいね」
私が言うと彼女は深いため息をつきながら「ゲームより現実の方が大事に決まってるでしょ」と睨み付けるように言う。
やっぱり絡みにくい子だ。
私もため息が零れた。
「それで注文は?」
「アイスミルクで」
業務的なやり取りをして私たちの間には沈黙が流れる。
出されたアイスミルクもガムシロップが多めで飲みにくく感じた。




