#8
プラネットは向かったはいいものの、しかし残念なことに昼間とは違って玄関はしまっていてそのうえブラインドまでがされている。
これでは中に入ることができないじゃない、と半ば苛立ちながらトンっと軽く扉を叩くと、中からカチャリと音がして扉が開いた。
目の前ではショートボブの少女が目を見開いてきょとんとしている。
「あ、やっぱリーちゃんだった」
そんな少女の背後から見えるカウンターから桃華さんが手を振っていて、私は軽くお辞儀をしながら「突然ごめんなさい」と少女に微笑んだ。
ようやく状況を飲み込めたのであろう少女はハッと我に返って「いえ!どうぞ中に入ってください」と柔らかく笑って、私はホっと胸を撫で下ろす。
少女の後に続いて店内へ入ると「おかえり、リーちゃん」と桃華さんが笑顔を浮かべていて、そのあとに続いて先ほどの少女とは別の少女が「おかえりー」と気だるげに言った。
金色に近い茶髪の彼女は先ほどの少女よりも年上のように見える。背も高く、手足も長いのがモデルさんのようで少し羨ましく思った。
そして最後に先ほどの少女が「おかえりなさい」とふにゃりと笑いながら言った。
おかえりなさい
その言葉はまるで魔法のように私の心を温かくしてくれる。
ここに通う人たちの気持ちというのがなんとなくわかる気がした。
とりあえず私はオレンジジュースを注文して、店内を見回す。
「今日はルコ来てないんですね」
「あー、この時間はルコ見回りなんで、あと三十分もしたら帰ってくるんじゃないっすかねー」
私の問いかけに茶髪の女の子がめんどくさいと言わんばかりにため息交じりに返してくれた。
どうも絡みにくそうな子だな …… 。
そんなことを思っていると、もう一人の少女が「ごめんなさい」と少し困ったような表情を浮かべながら笑って茶髪の子の隣に並んだ。
「自己紹介、まだでしたね。私は碧と言います。そしてこの生意気そうな子が茜ちゃんです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる碧ちゃんと、渋々といった感じで軽く会釈する茜ちゃん。
私もまた「よろしくね」と二人に笑顔を向けると頭を下げた。
「あっ!ちなみにみんな必ず誤解するから先に言っておくけど、あーちゃんよりみぃちゃんの方が年上ね」
私は二人を交互に見て無意識に「あ、ごめんなさい」と呟く。
そんな私を見て桃華さんが声を上げて笑い、碧ちゃんは笑顔を崩さずに「慣れてますので」と一言。そして茜ちゃんは舌打ちをした。
「ルコはいないけど、あたしたちでよければ話聞こうか?それともルコが来るまで待ってる? 」
オレンジジュースを私の目の前に置きながら桃華さんが笑顔を崩さずに私に問いかける。
聞きたいことはとりあえず一つだけだった。
そしてそれを聞いたら今日は早く帰るつもりでいた。
あんな逃げ方をしてしまったから千草が気になって仕方がないのだ。
私は桃華さんに今日は少し急いでいて待っている時間があまりないのだということを最初に伝えて本題に入った。
「私はこの街で探している人がいるんですが …… プルメリアって方が一時期ここに通っていたと箒希さんから聞いたんですけど」
プルメリアと箒希という名前に三人が同じように驚いたような表情を浮かべてすぐに表情を曇らせた。
しばらくの沈黙の後、桃華さんは少し難しそうな表情を浮かべながら「知ってるけど。話だしたら長いと思うよ?」とチラリと私の背後にあった時計に視線をやって小さくため息をついた。
「急いでるようでしたら多分、日を改めた方がいいかと思います」
常に柔らかい笑顔を浮かべていた碧ちゃんまでもが表情を曇らせていて、私は心臓が駆け足になっているのを感じた。
ゲームの世界と現実、どちらが大事かなんて考えるまでもなく明白なはずなのに私は『それじゃぁまた明日来ます』の一言が言えずに、それどころか、きっと千草なら大丈夫だ、なんて半ば自分に言い聞かせているんだ。
「急いでるんじゃなかったの?」
答えを出さない私に対して苛立っている様子の茜ちゃんが睨み付けるように私を見ながら言う。
「まだ、時間は大丈夫だから」
そう返すと、茜ちゃんは深くため息をついた。
「何の用事があるのか知らないし知ろうとも思わないけどさ …… それで現実の世界で何かあったときにゲームのせいにされても腹立つんだよね」
茜ちゃんの言葉に何も返せなかった。
誰も何も反論しない。それが答えだった。
私はようやく「それじゃぁ、また明日来ます」と返してプラネットを出た。
「リーちゃん」
振り返ることもしないでゲートへ向かおうとすると、桃華さんが息を切らして私の横に並ぶと「ゲートまで送るよ。何かと物騒だし」と息を整えながら私のペースに合わせて歩き出した。
「あーちゃんは言いたいことをまっすぐにぶつける子で、ちょっとむかついたりすることもあるんだけど許してあげて」
「いえ、でも彼女は間違ったことを言ってはいないから。その通りですよ」
ゲートが見え始めると彼女は足を止めて笑顔を崩さずに「それじゃぁ」と手を振っていて、私もまた彼女に軽く頭を下げるとゲートへと向かった。




