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両手いっぱいに花束を  作者: 優悠
火曜日~ちらつく影
22/35

#7

「のーぶーこ」

 呆れたような声に目を覚ませば部屋は真っ暗で、千草が「やっと起きた」とため息交じりに呟いていた。

「風邪ひくから、寝るならちゃんと温かくしないと」

 心配そうに言う千草に「ごめんごめん」と笑い、急いでご飯の準備をした。

 合間にお風呂を沸かして、バタバタとご飯をテーブルに運び、私たちは席に着いた。

 普段は会社の話をすることが多い彼は今日は黙々とご飯をかきこんでいる。

 だいぶ忙しいと聞いているから疲れもたまっているのだろう。

 それにしてもあまりに上の空で心配になる。

「千草、何かあったの?」

「ん? あー、別にこれと言ったことがあったわけじゃないよ」

 曖昧に返すと千草は思い出したように「そういえば、弁当ありがとう。おいしかったよ」と笑った。

 つまりこれ以上何も聞いてくるな、ということらしい。

 今回だけじゃない。今朝だってそうだ。

 隠し事はなし、というルールを作ったのは千草だ。

 私はそのルールをちゃんと守っている。

 それだというのに言い出しっぺの千草がこんなんでは納得がいくわけがない。

 ちょっとの寂しさは大きな苛立ちに変わり、先に食べ終えた自分の食器を流しに持っていき、リビングへ移動するとゲームの世界へ逃げ込んだ。

 

 なかなか慣れることのない視界に広がる一瞬の光に包まれながら私は再び罪悪感に襲われていた。

 どんなことにもすぐに逃げ出すのは私の悪い癖で、この弱さが自分自身大嫌いだ。

 今頃、千草はどうしているだろうか。

 きっと困っているに違いない。

 それもそうだ。だって突然機嫌悪くしてゲームの世界に逃げ込んだんだから。

 開いていないと分かっていながら例のカフェに寄ってみれば、珍しく明かりがついていた。

 恐る恐るドアを開けるとマスターが「いらっしゃいませ」と可愛らしく微笑んでいた。

「珍しいですね。いつも遅い時間にしかやってないから、もしかしたらまだやってないかもって思っていたんですけど」

「あー、今日は学校が休みだったんです。いつもは学校から帰ってから家のことやったり友達といろいろお話したりして遅い時間になっちゃうんですけど」

 えへへ、と浮かべた笑顔は可愛らしくて先ほどまでの苛立ちや罪悪感がすっと解けた気がした。

「学生さんなんですか?」

「製菓学校に通ってるんです」

 趣味を仕事にしたくはない、と、嫌いになるのが怖いから、と言い浮かべていた寂しそうな表情を思い出して彼女がお菓子を作ることが本当に好きなんだ、と改めて知る。

「そういえば今日は何にします?」

「じゃぁ、ホットミルクで」

 そう伝えるとマスターが少し嬉しそうに笑った気がして、首を傾げた。

「ごめんなさい。ちょっとずつリーネさんのことが分かってきた気がします」

 そう言って少しだけ申し訳なさそうな顔をした彼女は手際よくホットミルクを入れてくれて、そして一緒にカップケーキを出してくれた。

「今日は抹茶ショコラにしてみました」

 相変わらず見た目から美味しそうなそれを眺めながらとりあえずホットミルクを一口すする。

 程よい温かさに全身の力が抜けるような感覚。

 そしてカップケーキももちろんおいしかった。

 抹茶の風味が口に広がりつつおそらくブラックであろうチョコチップの苦みがいい感じだった。

 どちらも邪魔をしないでどちらも存在を残している。

 マスターが作るお菓子はそんなバランスのいいものばかりだった。

 どちらかがどちらかの味に負けるようなこともなく、それぞれの味がしっかりと生きていて、甘すぎることもなく飽きることもない。

 純粋にマスターのお菓子作りの才能はすごいな、と思った。

「うん、おいしい。私、マスターのお菓子好きです。 …… 何にも埋もれずお互いに存在を主張していて、本来の味がそのまま生きてるマスターのお菓子は大好きです」

ありがとうございます、と微笑んだ彼女はそのあと何かを言いかけて口を閉ざし、再び口を開いた。

「私の名前、箒に希と書いてシュウキと言います。呼びやすいように呼んでください」

ニッコリと微笑む彼女に「じゃぁ、しゅぅちゃんで」と言うと彼女は照れたようにはにかみ「嬉しいです」と呟くように言った。

「そういえば、ふぅちゃんは今日も来てないんですか?」

「はい。実は昨日も来てないんですよ。 …… なにか事件に巻き込まれたりしてなければいいのですが」

 窓の向こうを見つめる彼女につられて私も窓の向こうを見つめる。

 すぐにでも「来るなら連絡一本くらいくれてもいのにぃ」なんて言いながらふぅちゃんがやってきそうな気がするのに、あぁ、きっと今日もこないだろうな、となんとなく感じていた。

 根拠があるわけではないが、なんとなくそんな気がした。

「ここ最近、なにか事件とかあるんですか?この街の雰囲気ががらりと変わってしまったような気がするんですけど…… 」

 私はあえてルコたちから聞いた事件の話を伏せてしゅぅちゃんに問いかけた。

 彼女は少し難しそうな表情を浮かべて悩んでから「私も詳しくは知らないんです」といい、例の事件の話を教えてくれた。もちろん、ルコから聞いた内容と同じだ。

 どうやらしゅぅちゃんは桃華さんとも仲がいいらしくプラネットについてもそれなりに情報があるようだ。

 例えばあそこは事件関係者の集いの場であることや、桃華さんと弥生さんの関係。桃華さんが抱く想いについても知っているような話し方だった。

 しかし、それは昼間に桃華さん本人から話しを聞いていて特別驚くようなことではなかった。

 しゅぅさんと桃華さんが仲がいいということにも別に驚きはしない。

 この人から聞ける情報はこれくらいか。

 諦めかけたそのとき、しゅぅちゃんは言いづらそうに口を開いた。

「プラネットに通うってことは …… もしかしたらプルメリアさん、事件に巻き込まれたのでしょうか」

 その言葉に私は頭が真っ白になる。

 そうだ。確か「兄ちゃん」は一時期プラネットに足を運んでいた、と聞いた。

 弥生さんとの対面にすっかり忘れていた数少ない情報。

 あの時は、お客としてか仲間としてかどっちだろう?くらいの軽い考えだったが、プラネットのこと、桃華さんの話を聞いたあとだとだいぶ考えが変わる。

 もしかしたら、事件に巻き込まれたのかもしれない。

 考えだしたら不安は募る一方だ。

「出来る限りの情報を集めます。だから、リーネさんはリーネさんにできることをやり切ってください」

 彼女が周りをよく見れるタイプなのか、私が顔に出しやすいタイプなのか、いつだってしゅぅちゃんには私の考えがお見通しのようだ。

 そんな彼女に「ありがとう」と伝えて、私は勢いよく席を立つ。

 いってらっしゃい、と微笑みながら手を振る彼女に小さく手を振り返すと私はプラネットへと向かった。



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